第九五三話 えいえい、石を投げてやる
体の試練も第四フロアを越え、モンスターが待ち構えていると思しき渡り廊下へと足を踏み入れた私。
全身土にまみれたため、一見するとあたかも激戦を繰り広げた後のように、ボロボロな姿に見えるだろうけれど。
大丈夫。私は元気です。そりゃ勿論、ここまで攻略を続けてきたことによる疲労の蓄積が、全く無いとは言わないけれど。
それでも、適切な休憩は取りながら進んできたし、エンカウントも避けまくってきた。
何所かの高級旅館を思わせる内装なのに、リアルにはあるまじき広さのフロアを、鍵を探して歩き回るっていうのは、なかなか体力の要る作業ではあったけどね。
それでも、鍛錬だと思えば苦にもならない。ああいや、苦になるからこそ鍛錬になるのか。でも、鍛錬だから苦には感じない……うう、なんという自己矛盾。
まぁ、ともかくだ。無事に第四フロアを抜けた私は、待ち受けているであろう戦闘に向けて、集中力を研いでいる最中である。
恐らくは、そこの角を曲がればモンスターの姿も見えてくるはず。次は一体どんなやつが相手なのだろうか。
正直な話、恐怖は大きい。それはそうだ、命のやり取りを強いられるわけだもの。まして諸々取り上げられたこの状態で、自力でモンスターを打ち破れだなんて、前世で言うなら「この槍で熊を倒しなさい。はい、レディーゴッ!」みたいな、そんな無理難題を押し付けられているようなもの。
恐ろしくないはずがない。帰れるものなら今すぐ帰りたいところだ。それだけ、ステータスやスキルに頼り切って過ごしてきたってことでもあるんだろうけど。
残念なことに、帰り道は前にしか無く。踵を返して、来た道を戻ってみたところで、あるのは行き止まりばかり。
帰るためにも進まなくちゃならず、そして進むためには戦闘が避けられない。だから、腹を括って集中力を研ぎ澄ますのである。
モンスターが待ち構えていると予想し、ゆっくりと遮蔽物の向こう側を覗き込んでみる。
すると、茂った木の葉の向こうにちらりと姿を見せたのは、まぁ何と不気味な姿か。
ぱっと見は、アレだ。ゲームではよく目にした、“陰陽師”を彷彿とさせる格好。確か狩衣って言ったっけ?
とまぁ、それだけなら不気味でもなんでもなく、何なら「生陰陽師だー!」って駆け寄ってもいいくらいなのだけど。
しかし残念ながら、狩衣を纏っているのはこれまた骸骨……しかもなんか、微妙に宙に浮いてるし、透けてるし、何なら火の玉まで周囲に浮かんでるしで、完全に亡霊だもの。
要は、死霊系モンスターってことだろう。謂わば和風レイスって感じ。十中八九、魔法の扱いに優れていると予想できる。
いよいよスキルを前面に押し出すタイプのモンスターとの対決だ。ここまでの戦闘は、全てリーチの差を押し付けてからの組み立てでどうにかしてきたけれど、今回はそれがあまり機能しないものと見たほうが良さそうである。
私こそが、相手の術を掻い潜って間合いを詰め、近接戦闘を仕掛けなくちゃならないと。
不利だ。どう考えても不利だ。喩えるなら、生身で火炎放射器と対峙するくらい無謀だと思う。奴が火炎放射をしてくるかは知らないけども。
いや、火炎でなくたって十分過ぎる脅威なんだよなぁ。砲弾のような勢いで飛んでくる氷、ないしは岩の塊。見えざる鋭利な風の刃。触れたら痺れる電撃。
どれ一つとっても、危険過ぎる。生身で対峙していい相手じゃない。いや、まじで。
どうする? どうしよう。どうしたら倒せるんだろう? いや、どうもこうもないのか。とにかく掻い潜って距離を詰めて、それで核を潰す。
言うは易く行うは難しとは正に。とは言え、これまでの迷宮のやり口を見るに、ここに来て突然バカみたいに攻略難度を引き上げてくるとは考え難い。
つまり、術の発動スピードや威力など、何かしら付け入る隙が用意されていると見て良いはず。
そうでなくともこれまでに戦ってきたモンスターたちは、どれも無傷で仕留めることの出来る程度の強さだった。
勿論、だから今回も大丈夫! とは言えないけども。それでも、脅威度はあまり高く見積もるべきではないだろう。
一先ず、渡り廊下上で戦うのは危険だ。何せ一直線だもの。範囲攻撃一発で詰む可能性が高い。
庭に下り立ち、緊張に固まりそうな身体をほぐす。十分なパフォーマンスを発揮することは、勝利する上での絶対条件である。
間合いを潰し切るまでに、飛んでくるであろう魔法は良くて一発。一応三発くらいは覚悟しておいたほうが良いか。
最悪、べらぼうに連射性に優れた術を用いて弾幕を張ってくる、なんて可能性も考えるべき? いや、その線は薄いか。難易度的に。
つまり、およそ三発の魔法を上手く避けることが出来れば、奴へ槍を届かせることも出来る算段である。
とは言え、死霊系モンスターに何の特殊能力も備わっていないこの槍が、痛痒を与えられるかは怪しいところ。
以前戦った足軽のように、物理が利く系のモンスターならば良し。しかしもし、物理攻撃がすり抜けちゃうタイプだとしたら……。
必要なのは核を的確に攻撃し、破壊すること。上手く攻撃が当たりさえすれば、砕くこと自体は難しくないはず。体はすり抜けようとも、核はすり抜けないだろうし。
問題は、その核がどこに隠れているかというところ。せっかく間合いを詰めても、核に当たらないんじゃ意味が無い。
(……となると、小石の出番かな。こういう時は投擲をして、相手のリアクションを見るに限る!)
モンスターにとって、核は最大の弱点だ。動物にとっての心臓や脳味噌のようなもの、と言っても過言じゃない。
なればこそ、そこに脅威が迫った場合、必然的に何らかの防衛反応を見せるはずなのだ。
この働きを利用して、先ずは距離を詰めつつ小石を投擲。狙うのは頭、胸、腹でいいか。
一番リアクションの大きかった部分が怪しい。或いは賢しい相手だと、こちらの考えを読んで、敢えてオーバーなリアクションを見せてくるかもしれない。
でも、大丈夫だ。心眼を介してこれまで多くを観察してきたからね。嘘の気配には敏感だもの。きっと誤魔化しは見抜けるはず。
というわけで、作戦は決まった。不安要素は……まぁ、色々あるけれども。一番はやはり、投擲が上手くいくかどうかというところ。
投擲に長けた骸とか居たら良かったのにな……無い物ねだりをしても仕方がないか。数撃てば当たるでしょう!
覚悟を決めたなら、左手に槍をギュッと握りしめ。右手には小石。ポケットには予備を幾つか拾い詰めてある。リュックは身を軽くするために降ろしておいて。
心の中でカウントダウン。三……二……一……レッツゴッ!
物陰から勢いよく飛び出した私。少し驚いた様子の亡霊陰陽師は、直ぐ様どこぞより御札を取り出し、術の行使を始めた。
驚いた様子を見せた、というのは良いニュースだ。リアクションにも期待できそうである。
反面、持ち出してきた御札には嫌な予感がしている。
それというのも、この世界には『スクロール』っていう、ゲームでもよく見るようなアイテムが存在しているわけだ。
効果としては、スクロールを消費することで、そこに収録されていた魔法やスキルを一回だけ発動できる、というもの。
一方で魔法というのは、道具を用いずとも発動できる、スキルの一種であり。使うとしても杖なんかの補助具が主。
んで、問題の御札なのだけど。御札はスクロールに近い、消耗アイテムだ。
とは言ってもスクロールのように、誰にでも使えるものではない。御札を用いるための専用のスキルが存在している。
発動する術に対して、何かしら強力な補正効果を及ぼし、役目を果たしたなら消え失せる。それが御札というアイテムである。
して、御札による補正効果についてだけど。
例えば術の発動を加速させたり、威力をグンと上昇させたり、不可視の特性を与えたり、弾速を強化したり、などなど。
術を単純に強化するだけじゃなく、術に対して何かしらの特性を与えるような効果を持つ御札もあり。
謂わば、ソフィアさんの魔術に近いと言えるだろうか。まぁ、あっちのほうが余程複雑で強力だけども……。
御札を持ち出してきたということは、何かしら強力、或いは厄介な術が行使されると見た方がいい。おのれ陰陽師!
とは言え、だ。私だって、ソフィアさんに強要されて御札制作及び使用のためのスキルは保持している。
まぁ、あまり私の戦闘スタイルとは相性が良くないから、御札に頼った戦い方はしてこなかったけれども。
相手がどんな御札を使おうとしているか、どんな術を発動しようとしているか、なんてことは、魔力のカタチに精通している私からすると看破も容易なわけだ。
結果として、奴が放とうとしているのが……火炎放射であることを察知した私。フラグ回収ってやつかな!?
一先ず、物陰から飛び出した拍子に小石を投擲した私は、亡霊陰陽師の繰り出さんとする術を分析しつつ回避プランを模索した。
火炎放射。大味な面攻撃である。反面、射程距離に難ありか。飛んで火にいるなんとやら、と期待してのチョイスなのか、はたまた射程距離にも自信があってのことか。
亡霊陰陽師までの距離は、およそ三〇メートル。これまでの渡り廊下に比べて、直線が長い。三倍くらい長い!
一気に間合いを潰されないための、迷宮側の采配なのだろう。小癪である。
しかしそれだけ距離があるなら、射程切れも狙えるのではなかろうか。
一先ず前進を止め、投擲に力を入れる私。二つ目の小石を投擲。残念ながら一つ目の小石は奴の脇を通り過ぎてしまったけれど、二つ目は上手く奴の下腹部へ吸い込まれていった。
気になるリアクションはと言うと……一瞬ビクッとしたけれど、その程度。多分核からは、それほど近くないのだろう。
っていうか普通にすり抜けた。やっぱり物理攻撃が効かないタイプのモンスターだったらしい。
と、観察していると、そんな私の視界を遮るように、勢い良く放たれた火炎放射。分析どおりの内容である。
問題は射程なのだけれど。幸い、これに関しては想定未満。精々が一〇メートルに達しているかどうかという程度だった。
術の発動速度も遅いし、脅威度を下方修正。侮りはしないけれど、警戒しすぎていたという事実は認めるべきだろう。
って言うか、なんだろう。下手くそな術を見てると、妙にモヤモヤするな……。
喩えるなら、ネット対戦で明らかな初心者とマッチングしちゃったような感覚に近いかも。
これが命のやり取りでないのなら、まだほっこりと見ていることも出来たのだろうけど、今はそれどころじゃない。
というか、スキルは確かに封じられているのだけど、これ魔力を直接操作して魔法を使うのって、やっぱり反則なんだろうか?
反則が恐くて闘気すら使用を躊躇ってるんだけど、出来ればその辺り明記しておいてほしかった。
あー……でも待てよ? 反則っていうのは、ルールブックで禁止されてないのならセーフ! って認識で良いのかな?
でも、「そのくらいわざわざ説明しなくても、普通にルール違反だって分かるだろ!」っていう、倫理的な、或いは暗黙の了解的な禁止事項もままある話。
それらを鑑みて、自力での魔法行使や闘気、或いは精霊術の使用っていうのは、果たして本当に禁止されていないと見て良いのだろうか?
先ず、利用規約的なあれこれは、何所にも記されていなかった。かなりの自由が認められている、と見ていいと思う。
ならば問題は、倫理的にどうなの? 暗黙の了解的にはあり? なし? みたいな部分での判断になってくるのだろう。
倫理的には、別に何も問題ないと思うんだ。誰に迷惑をかける訳でもなし。
でも強いて言えば、モンスターからすると「ちょっとそんなの聞いてないんですけど!?」っていう、寝耳に水的な驚きはあるかもしれない。
暗黙の了解的に言うと、これはあくまで『体の試練』であって、そこに特殊な術を持ち込むっていうのは、結構グレーな気はするよね。
だから、そこが最大の懸念点というか、ネックになってる部分ではある。無難を取るのなら、術は使わないに越したことはない。
あと、そもそもの話。魔法を使おうにも、今の私にMPってものは存在しているのか? について。
これに関しては、身体の内に魔力の気配は感じられるため、その気になれば魔法の行使も問題なく可能だとは思う。
でも、自分の体の内にある力なのだから、これも謂わば『体』の一部! 体の試練で用いても問題なし!
と言って良いのかどうか……グレーだなぁ。
などと、悶々としつつ小石の投擲を繰り返す私。
結果として、小石が奴の顔面に迫った瞬間、亡霊陰陽師は面白いくらいオーバーな動きで回避行動を取った。
決まりである。奴の核は、恐らく頭部に収まっているのだろう。
なれば後は、どうにか距離を潰して頭に槍を突き込むのみ。
火炎放射が途切れたのを皮切りに、私は再び地を蹴り駆け出したのだった。
メリクリ!!
聖なる夜、楽しんでますかーーーーー!?
私ですか? いつも通り執筆してますが何か!?




