第九五二話 土遊び
体の試練、和風ダンジョンも第四フロア目。
見た感じコレといった代わり映えはなく、どこぞの高級な旅館を思わせる内装と、薄からざる木の香りが漫然と続いている。
そんな屋内を一通り見回した私は、休憩を終えて探索を再開する。
前のフロアがそうだったように、このフロアに於いても次へ進むための鍵を求められる可能性は高く。
なれば、探索に於いて見つけ出すべき目標となるのは、次の渡り廊下のみならず、錠前による施錠を解くための鍵も手に入れなくちゃならないだろう。
あまつさえ、更に何かしらギミックが追加されている可能性も否めないのだから、正直気が休まらない思いだ。
第一フロアは簡単だった。何せ廊下にモンスターが居ないんだもん。罠にだけ気をつけつつ、忍び足で探索していればそれで突破できてしまった。
第二フロアは、廊下にモンスターが現れるようになり、ちょっと困った。何せ基本的には戦闘を避けたい状況だ。
まして廊下で戦闘なんて始めようものなら、物音を聞きつけて他のモンスターが寄ってくる恐れもある。
一対一でだって普段よりずっと神経を使うっていうのに、多対一だなんてシチュエーションは勘弁願いたい。
んで、第三フロア。鍵を見つけるために、とうとう部屋の中も探索しなくちゃならなくなった。
戦闘を避けるのにとても苦労した……思えばこの体の試練、執拗に『ステータスを持たないお前はこんなに無力なんだぜ!』って語りかけてくるような、そういう嫌味な印象を受ける。
そんなこと、初めからわかってるんだよなぁ……でも、私以外の皆はきっと、大苦戦しているに違いない。
一部例外も居そうだけどね……オルカとか、サラステラさんとか、イクシスさんとか……。
(それで言うと、ココロちゃんはどうしてるかな? 鬼の力がどう働いているのかにも依るんだけど……みんなと同じ様に、無力な状態になってるのか、或いは鬼の力で無双してる可能性もあるか)
心配なような、頼もしいような。それで言うと、特に心配なのはスイレンさんと聖女さん、それにソフィアさんだ。
スイレンさんと聖女さんは普通に、戦力的な心配がある。だって後衛でサポートで、なけなしの自衛手段だって魔法に頼ったものだもの。
後衛専用に内容が調整されてる、とかそういう措置でもなきゃ、まともな試練にはならないと思うんだけど、その辺りどうなんだろう。不安しか無いんですけど……。
そして何より、ソフィアさんだ。あの人もしかすると、準備室に引きこもって先に進まない、なんて可能性すら濃厚なんじゃないだろうか。
だって、「今からスキルとステータスを取り上げますねー」なんて言われて、彼女が黙ってるはずがないもの。
正直、何を仕出かすか想像もつかない。心配を通り越して、恐ろしいまである。せめて無事ではいてほしいところだけど、大丈夫かな……?
(……うん。心配ではあるけど、だからって今の私に出来ることは無い……無いよね? 何かあるかな? 例えば、フロアが別のメンバーのそれとこっそり繋がってるとか、そういう可能性って考えられないかな?)
仮にそういう仕掛けが施されているとして、それをわざわざ見つけ出し、他のメンバーと合流することにどんなメリットがあるだろう。
先ず戦力的には助かる。何せ純粋な足し算でも倍。連携によるシナジーを考えれば、それ以上だ。
戦力の他にも、シンプルに心強いっていう精神的な助けにもなるし、罠を見落としづらくなるっていう部分も大きい。
困ったときに意見交換できるっていうのも良いよね。……やっぱり仲間の力は偉大だ。
けれどその反面、デメリットもあるはず。
先ずそもそもの話、合流を目指そうとすると、それ自体がリスクなんだ。何せ、合流が可能ですよ、だなんて何所にも明記されてなかったし。何ならソロで攻略する旨が、説明には記されていたくらいだもの。
それを思うと、合流が可能だなんて考え自体がナンセンス。出来ないとは言ってない、っていう屁理屈に縋るようなものだ。
探索には当然危険が伴うわけだし、普通に攻略を進めるよりも時間だって掛かるだろう。
それに、もしも体良く合流が果たせたとして。唐突に現れた仲間を、果たして本当に味方であると信じられるのか? って問題もある。
尾を引くのは心の試練。更にこの、無力な状態が警戒心を煽るだろう。
そもそもこの試練、先にも述べたようにソロでの攻略が想定されているわけだ。そこに合流だなんてイベントが生じること自体、怪しいと考えるのが普通。
とどのつまり、仲間を心配して行動を起こす、というのはこの試練に於いて、必ずしもメリットとはなり得ないと見るべきだろう。
というわけで、ソフィアさんたちのことは心配ではあるけれど、彼女たち自身がどうにか乗り越えてくれると信じ、私は私のダンジョン攻略を全うすること。それこそが恐らくは、ベスト……少なくともベターな選択ではあるはず。
その様に自らへと言い聞かせながら、第四フロアの攻略を進める私である。
幸いなことに、前の第三フロア攻略、及び鎌鼬戦を経たことで、概ね要領は把握することが出来た。
注意するべきは、このフロアのモンスターには恐らく、スキルを使ってくる輩も存在するであろうという点。鎌鼬はその兆しだったに違いない。
言わずもがな、スキルは別格の脅威だ。持たざる者に甘んじる他ない現状に於いては、殊更に。
つまりは一層戦闘を避けるための、スニーキングに力を入れなくちゃならないってことだ。
特に恐いのは、感知系スキルの存在。これを用いられては、スニーキングも関係なく位置を気取られてしまうかも知れない。
が、前にも挙げたように、わざわざ渡り廊下に避けては通れない戦闘イベントを配置した以上、フロア内での戦闘は理論上全てスルーすることも可能なはず。
そうでなくては、ボス戦に至るまで一切戦闘を起こさずクリアが可能、ということになってしまう。いや、それはそれで良いのかも知れないけども。
戦闘することも試練である、と定めてある可能性はとても高いんじゃなかろうか。何せ『体の試練』にはぴったりな課題だもの。
だから避けて通れない渡り廊下に、わざわざモンスターを配置した。逆説的に、その他の戦闘ならスルーすることが可能であると。
であるならば、感知系スキルに関しては、仮にそれを有するモンスターが居たとしても、然程性能の高くないものである、と予想して良いように思う。
生前、ネットを散策していると、動物系のショート動画を目にする機会は少なからずあり。ニヤニヤしながらそれを眺めたものだけれど。
その中に、人間よりずっと耳や鼻の優れているはずの動物が、なぜだか人間の稚拙な隠蔽工作にあっさりと引っかかり、間抜けで可愛らしい姿を見せる、なんて内容のものも沢山あった。
そこで私はふと思ったのだ。人間の数百倍感覚が優れてるって言っても、案外大したことはないのでは……? と。
そしてそれは、感知系スキルにしたところで同様だ。そりゃ、スキルを持ってない者に比べたなら、余程敏感ではあるのだろう。
だけど、「感知系スキルを持ってるから問答無用で私の勝ちです。対戦ありがとうございました」みたいな、そういう一方的な展開にはならないんじゃなかろうか。
と、実際感知系スキルを多数取得させられた私などは、浅からず思うわけで。
(とは言え、“違和感”は感じやすくなるんだよね……そこら辺をどう誤魔化すか。鬼門はやはり音と匂い)
ぶっちゃけ、匂いに関してはもう仕方がない。誤魔化しようがないっていうか、誤魔化し方を知らない。
強いて言うなら、庭園で土にでもまみれて来れば、多少の誤魔化しにはなるんだろうか。
……うん……じゃぁやるか。よしやろう。
ピタリと足を止め、踵を返す私。一旦渡り廊下まで戻り、庭園に降り立ったなら、地面をゴロゴロ。
絨毯のように苔の蒸した、ふかふかしっとりの土である。サラサラの土でない辺り、忌避感が全く無いといえば嘘になるけれど。だからどうしたという思いもあり。
もっと効率よく土に塗れるため、槍をスコップ代わりに軽く地面を掘り返し、そこへダイブ。乙女にあるまじき蛮行だ……でも女児的には……うーん。まぁ、ギリギリセーフかな。
「……待って。これ、服脱いでやらないと意味なくない?」
思い至ってしまった。いくら服の上から土にまみれようとも、体臭はあまり誤魔化せない気がする。
ならばと、直ぐ様その場で脱衣を始める私。すると案の定、服の内側は全然汚れてないもの。土が……土が足りん!
下着まで全部脱ぎ捨て、再び土の上でゴロゴロ。ひんやりする。迷宮の外は冬真っ盛りだっていうのに、ここは暑くも寒くもないっていうんだから有難いことだ。風邪を引かずに済みそうである。
あとは、そう。衣類の内側にもしっかり土の匂いをつけておかねば。下着を汚すっていうのには流石にちょっと抵抗があるけど、背に腹は代えられないからね。
そうして、一頻り土と戯れたなら、満足して服を着直す私。うん……無茶苦茶不快。不快指数がヤバいことになってる。
獣よろしく体をブルブルと震わせてみたなら、ボロボロと飛び散る土塊たち。服の中にもザラザラゴロゴロとした感触があるし、正直「私、何やってんだろう……」と虚無感が襲ってこないでもない。
けど、これにより位置バレしにくくなったってんなら、それは何ものにも代えがたいメリットだもの。こっちは命懸けなんだから! たとえプラシーボ効果だろうと、メリットが有るならそれで良し!
これで、とりあえず匂いの誤魔化しはある程度利くはず。後は音だけど、これに関してはとにかく気をつけるしか無い……。
ああいや、待てよ? 音で一番厄介なのはやっぱり“衣擦れの音”なんだよね。つまり……。
「ここからの攻略は、下着で行くのが最適解。つまりはそういうことか……!」
言って、今着直したばかりの服を再び脱ぎ、バタバタと叩いて大まかに土を落とすと、畳んでリュックの中にねじ込んでおく。
結果として今の私の姿は、ブラとパンツ、靴下と靴、腰にはベルト(ナイフを身につけるため)。手にはグローブ、背中にはリュック、そして右手には槍、左手には小石を三つ握り込み。何より、土に汚れた肌と髪。
うん。蛮族かな!?
後は仕上げに、靴底を手で払って綺麗にしておく。廊下を歩く時、ジャリッて音がしちゃマズいからね。
「よーし、これで大丈夫なはず。攻略再開だー!」
気合を入れて、第四フロアへと舞い戻る私。下着姿でダンジョンを闊歩とか、普通じゃ絶対やらない行動だ。
何せ、【完全装着】の効果的に、普段ならステータス低下の観点から薄着すら論外だしね。
なので、この姿はこのダンジョンだけの特殊フォーム! ……とか言えば、少しは格好がつくだろうか? 無理だろうか……そうですか。
それにしても、下着姿で徘徊するとか、なんか……背徳感っていうのかな。妙にドキドキソワソワするんですけど。
モンスターに見つかるとヤバいっていうシチュエーションも相まって、うっかり変な趣味に目覚めそうだ……気をつけよう。
ここまでやったんだ。これで見つかろうものなら、間抜けどころの騒ぎじゃない。スニーキングにも一層気合が入ろうというもの。
慎重でいて大胆に、どんどこ探索を進めていく私。幸いにして、ここまでやった甲斐があったのか、それともそもそも感知スキル持ちが居る、というのは杞憂だったのか。一向に気取られる気配はなく。
あれよあれよと鍵を発見し、次なる渡り廊下へ続く戸の前へとたどり着いたのである。が、しかし。
「錠前が二つ……だと!?」
地味な難易度調整である。なんて鬱陶しいんだ……。
とは言え、癇癪を起こしても仕方がない。鍵がなければ進めないっていうんだから、探してくる他無いだろう。
ため息を吐きつつ踵を返して探索を続行。それから暫くして、無事に二本目の鍵を発見。
そうこうして、やっとこさ第四フロアを突破したのだった。
さて、次に待ち受けるモンスターとはどんなやつだろうか……ゴソゴソと服を着ながら、戦闘に備える私である。
ああ、もうクリスマスの時期ですか。メリクリ!
今年ももう一週間ほどですね。お疲れさまです。
誤字報告感謝です。




