第九四六話 いざ第三の試練!
防具職人ハイレさんの下着って、つけ心地が良かったんだなぁ、と。迷宮の用意したパンツの具合を確かめつつ、ふと思った。
白の紐パンである。布の感触もあまり良くはない。ブラに関してもまぁ、似たようなもの。
ただ、ズボンやシャツに関しては、黒を基調としたシンプルなデザインで、意外と悪くはないと感じている。上着には深めのフードがついてて、裾も長いし中二心が刺激されてグッド。
尤も防御力の観点から言うと、全くお話にならないのだけどね。靴や靴下に関しても、裸足よりはマシ程度のものだし。他に防具らしい防具は存在しない。
それに仮面がないって点が、ちょっと落ち着かない。ずっとマスクをしてると、素顔を見せるのが恥ずかしくなるっていうアレに近いかも。
と言うか、それより何より。まだ完全装着の効果が活きている状態でこれなんだ。
この後スキルが機能しなくなったなら、着心地に慣れるのに少し苦労するかもしれない……。
最悪の場合、いっそスッポンポンでのダンジョン攻略も視野に入れるべきかな?
裸を見られないために、スニーキングにも力が入るかもだし。ワンチャン妙案って可能性も。
でも、それでもし露出癖に目覚めちゃったら大変だからね、どうしても着心地に我慢できなくなるまでは、ちゃんと服は着ておこう。
そうして着替えを済ませたなら、次はリュックの中身を確認していく。
これから行うダンジョン攻略に於いて、武器を除くと私にとっての唯一の持ち物になるわけだからね。しっかりとその中身は把握しておく必要がある。
便利な魔道具の一つでも入っていれば良いのだけど。なんてワクワクしながら留具を外し、口を開けてみると……。
「保存食……と、水筒。中身は普通の水か。一応毒がないか、スキルが使える今のうちに確認しておこうかな」
まぁなんとも、残念な内容物である。日持ちしそうな食べ物と、大きな水筒が一つ。勿論魔道具などではないみたいで。
幸い毒の類いは仕込まれていないみたいだけど、食物と飲物が容量の大半を占めているとは思わなかった。そりゃ大事だけどさ……ストレージやマジックバッグに慣れすぎたせいかな。嵩張りってものに疎くなってるようだ。
迷宮の用意したものを飲み食いしなくちゃならないっていうのには、正直抵抗があるのだけど。しかし他に持ち込むことが出来ないというのだから、腹を括る他ないだろう。
飲料食料の他には、医療品と思しきものが幾つか。……それだけ。本当に最低限って感じ。
せめてマッピング用の紙とペンくらいは欲しかったな……記憶力で乗り切るしか無いってことか。それも含めて『体の試練』ってこと?
何にせよ、先行き不安。殊更心配なのは、怪我についてだ。
治癒魔法も無ければ、回復薬も僅か。それも治癒効果の薄い安物である。
これらを駆使してダンジョンを踏破だなんて、無茶振りどころの騒ぎじゃないよ……。
道中、もしも大怪我を負ってしまえば行動不能、からの死亡……全然有り得る話だ。寧ろ無事にクリアできる確率のほうが余程低いだろう。
もし、この劣悪な条件下でも、頑張ればどうにか倒せるレベルのモンスターしか出ないのだとしても、それでもなるべく戦闘は避けたほうが良さそうだ。
「やはりスニーク……スニークしか勝たん……! 命大事に!」
師匠たちに心配を掛けないように頑張るって決めてきたんだ。ここからは、そんな立ち回りこそが求められる。私の頑張りが試されるってわけだ。
ゴクリとつばを飲み、緊張をほぐすように深呼吸。過度な緊張はパフォーマンスを低下させるからね、ある程度力を抜いて挑むことも大切。頑張るけど頑張らない。
自らに言い聞かせながら、ゆっくりと落ち着きを取り戻し。一つ一つ取り出し確認したリュックの中身を、再度詰め直してから口を閉じた。
普段、バカみたいな量の荷物を当たり前のように持ち歩いているため、なんとも心細いったらない。
本当にこんな装備で大丈夫なんだろうか……。冗談でも問題無いだなんて、ちょっと言えそうにないや。
不安感に気を重たくしながらも、次に視線を向けるのは武器類。
壁際にずらりと、多種多様な武器が陳列されている。この中から好きなものを持って行っていいってことだと思う。
ふと頭を過るのは、何かの映画で見たワンシーン。ずらりと並んだ銃器を前に、「好きなのを持っていけ」ってやつ。ワクワクするよね、ああいうの。
それはそうと、持って行けるのって一つだけなんだろうか? 好きなポ◯モンを選べと言われたら、連れていけるのは一匹だけだものね。
でもポ◯モンじゃないし。二つ三つ持っていっても、別に大丈夫って気もしている。
ならば何を持っていこうか。視線を彷徨わせ、何が良いかと思案する私。すると。
パッと目についたのは、鞘に収められた馴染みのあるフォルム。そう、刀……いや、カタナか。
やっぱり使い慣れた武器が良いよね。骸の経験も活きるしさ。それで言うとカタナか、槍か、はたまた拳ってことになるのかな。
(拳……思い切り殴っても手が傷まないような、拳装備ってあるかな?)
探してみると、存外あっさりと見つかった。グローブである。これならまぁ、他の武器とも喧嘩しないだろうし持っていって良いだろう。
後は、刀か槍か。欲張ってどっちも……というのは流石に止めておいたほうが良いだろう。
完全装着の利いている今なら、別にそれでも構わないのだけど。しかしスキルやステータスが無効化されたなら、多分『重さ』がメチャクチャネックになると思うんだよね。
だから、あれもこれもって訳にはいかない。長い距離を移動することになるって考えると、尚の事論外だ。
それに音についても。武器を複数所持して歩くと、それらが移動中にぶつかって、カチャカチャと音が鳴るかもしれない。
それをモンスターに聞きつけられ、襲いかかられたんじゃ堪ったものじゃないからね。
そうしたあれこれを鑑みるに、やっぱりカタナか槍、どっちか選んだほうが良いだろう。
「慣れてるのはカタナ。でも、もし戦闘になった時、無傷で敵を制圧しやすいのはリーチに長けた槍かな? 懐に入られた場合でも、拳が使えるし……あ、そうだ。それなら念のため、ナイフを持っていこうかな。小回りの利く刃物って、やっぱり強いと思うし」
独り言ちながら、私は長槍を手に取る。背を比べてみたなら、私の身長よりもずっと高いノッポ槍である。
これなら戦闘でも、比較的安全に立ち回れそうな気がする。選ばれなかったカタナにはちょっと申し訳ないけどね。
それから後は、予定通り手頃なナイフを一本見繕い、腰の辺りに差しておく。
幸いだったのは、衣服と一緒にベルトも用意されていたことか。お陰で、ナイフの重みによりズボンがずり下がるようなこともない。
槍に関しては常に手に持っておくとして。リュックも背負ったなら、いよいよ準備完了だ。
「はぁ……支度整っちゃったよ。こうなったらもう、あとは出発するだけかぁ。嫌だなぁ、恐いなぁ……でもちょっとワクワクするなぁ」
これぞ冒険者の性とでも言おうか。確かにおっかないという思いは色濃いのだけれど。
しかしそれでいて、新たな挑戦に対する熱量というのも確かに感じるのだ。或いは単純に、新しい装備に身を包み、見知らぬダンジョンへ踏み込もうっていうこのシチュエーションに、どうしようもなく心が躍っているだけなのかも知れないが。
何れにせよ、恐いだけじゃない。だからこそ、私はゆっくりと歩を進め、ダンジョンに通じているであろう扉の前へとやって来たのである。
「ええと、やり残したことってないよね? お腹は適度に満たしたし、睡眠も取った。鍛錬は……いや、考え様によっては、これから行おうとしていることこそ、ちょっとハードな鍛錬のようなものじゃないか。良いね、やる気が出る。あとは、そうだね……最後に一回お手洗いに行っておこうかな」
用を足している最中に背後から襲われて死亡、とか。そんなマヌケな最後は勘弁願いたい。
なので、リスクを軽減するためにも今のうちに絞り出しておくとしよう。
「うぉぉぉぉ! 最後の一滴まで……絞り出せぇぇぇ!!」
などと、叫びながらお花を摘んでみた。スッキリスッキリ。
そうして、いよいよ出発の準備も完璧に整ったなら、ためらいがちに扉へと手をかける。
武器を複数所持しているけれど、果たして無事に開いてくれるかどうか。先ずはそこだ。
いけるかな? どうかな? と恐る恐るドアノブを捻って扉を押してみたなら……幸いなことに、それは問題なく開かれたのだった。
扉の向こう。目にした光景はと言うと、それは一風変ったもので。随分といろんなダンジョンを目にしてきた私ですら、目を丸くする様なものだった。
和風である。一言で言うなら、和風ダンジョン。
見回してみれば、美しい庭園がそこにはあり。秋を思わせる赤く色づいた紅葉が鮮やかに揺れる、雅な景色。
苔むした岩に囲われた池には、錦鯉……によく似た魚がゆったりと尾ひれを靡かせ。ふわりとそよ風に乗った葉っぱが、そっと水面に彩りを添える。
そんな庭を横切るように拵えられたのが、私の目の前に真っすぐ伸びている、木製の渡り廊下。
板張りの廊下に、背の低い柵。整然と並んだ四角い柱と、品よく渡された梁。
むせ返るような、和の匂いだ。これでもかと、執拗に見せつけてくるみたいじゃないか。胸がギュッと苦しくなった。郷愁を感じる。
私は誘われるように足を踏み出し、コツンと。靴裏で床板を叩き、そしてハッとする。
瞬間だった。自らの身体が、あたかも重力を思い出したかのようにずっしりと重たくなり。
どんなに強く踏ん張ってみたとて、きっと一メートルだって跳躍出来やしないんだと、感覚的に理解できてしまう。
煩わしいほどの、自身の重たさ。それを今、久々に実感した思いだ。
右手に携えた槍が、やけに重く感じる。腰に下げたナイフだって、じんわりと重量を主張している。
それにやっぱり、服の着心地。これにも案の定変化が感じられた。
これまでは精々が、「伸びすぎた爪や髪が煩わしい」ってのと同程度の違和感だったのに、今は明確に“着てる・穿いてる”って感覚があり。その上で、肌触りに違和感を覚えている。
それらの変化から、スキルやステータスが効果を失ったのだと、確信する私。
早速だけど、なかなかのストレスである。癇癪を起こすってほどではないけども、地味にムズムズするな。
なんだか酷く心細くなって、何気なく背後を振り返ってみる。
すると、そこにあったのは壁。板張りの、なんでもないただの壁。今しがた潜った扉は既に無く。
第二の試練の時と一緒だ。もう引き返すことは出来ないらしい。
突きつけられた現実に、ため息を一つ。湧いてきた弱気を一緒に吐き出してしまう。
顔を上げ、睨んだ先は廊下の伸びる雅な景色。奥には木製の引き戸があり、そこから屋内に入るようだ。
「……出発する前に、軽く槍を振っておこうかな。なんか、すごい嫌な予感がするもの」
顔が強張るのを自覚しながら、私はひょいと庭に下り。
徐にスッと、これから暫く相棒となるであろう得物を構えるのだった。




