第九四七話 和風ダンジョン
ふかふかの苔が、絨毯のように敷かれた庭園の中、飛び石を足場にして槍を構える私。
思ったとおり、骸の経験からしっくりと来る感じはあるのだけど。しかし、万能マスタリーが半ば自動的に身体を操ってくれるような、あの感じは失せており。
それでも日頃から、全部マスタリー頼りにせぬよう鍛錬に努めていた成果もあって、心配していた程どうしようもないってわけではない。
槍の扱い方は身体で覚えているし、理屈としても把握できている。やはり鍛錬。鍛錬は私を裏切らない。
他にも拳を構えてシャドーボクシングに興じてみたり、ナイフを軽く振り回してみたりしたけれど。
うん……ナイフに関してはまぁ、及第点ってレベル。拳の方はバッチリだった。
これなら多分、戦闘になってもそれなりには動けそうだ。ただ、無傷での勝利ってなるとやはり、難易度はかなり高いだろう。
あー……スニークのことを思えば、槍の長さは目立つだろうか。今更考えても仕方がないこととは言え、ちょっと不安になってきた。
「まぁ、既に後戻りは出来ないのだし。後は野となれ山となれ。取り敢えず先に進んでみるとしよう」
独り言ちつつ、庭園から渡り廊下へと戻る。その際、念のためにと手頃な小石を、予備含めて三つほど拾っておく。
そうして廊下の先を見据えたなら、ふぅと一つ息をつき。罠やモンスターの存在に警戒しつつ、努めて慎重に歩を進め始めたのだった。
ずっと気を張り続けていたんじゃ、すぐに疲れてしまうに違いない。と、分かってはいるのだけどね。
勝手が分からない内は、神経を尖らせてアンテナを張り巡らせ、とにかく情報や経験を拾いまくるくらいで丁度いいんじゃなかろうか。
それにしても、板張りの廊下を靴で歩くっていうのには抵抗があるな……足音も鳴っちゃうし。
いっそ裸足になろうか、とも思うのだけど。しかしそうすると、足元に小さな棘がピッと飛び出しただけで、それなりのダメージを負ってしまうからね。
あまつさえ毒でも塗られていようものなら、最悪それで詰むことも考えられる。トラップ恐い。
それに足を怪我しちゃうと、痛みで動きに支障が出ると思うんだ。今は痛覚耐性のスキルも無いのだし。
ってことで、裸足は論外。土足上等。合言葉は「ダンジョンだから許される!」だ。
突き当り。槍を握り、穂先を引き戸の取手に引っ掛けたなら、恐る恐る引いてみる。
滑りの良い戸だ。殆ど音もせず、スッとスライドしたそれの向こう。案の定和を思わせる内装が続いており。
板張りの廊下。壁は漆喰だろうか? 障子もちらほらと見えており、それらを突き破って何時モンスターが飛び出してくるかと考えると、肝が冷えてしまう。
或いはモンスターの代わりに槍や弓が飛び出してくるかもしれないし、もしかすると和風ホラーの定番で、障子から無数の手がザワワー! みたいな。
ああ、考えただけで気が重たい。帰りたい。こんな所をステータスもスキルもなしに進まなくちゃならないとか、マジで言ってるの?
……とにかく、命大事に。可能な限りの安全策を講じ実践しつつ、それでいてあまりちんたらしていても食料が尽きて、立ち行かなくなるかも知れないし。
ある程度急ぐことも心がけて、良い感じの塩梅で……難しいなぁもう!
内心で泣き言を叫びながらも、しかし退路など無いのだ。とにかくあらゆることに注意を払いながら、屋内へと踏み込んで行く。
差し当たっては、入口入ってすぐの壁や天井にモンスターが身を潜めていたり、トラップが仕掛けられていたり、なんて可能性を警戒し、先ほど拾った小石をポイと投げ込んでみる。
「…………」
反応はなし。気配も特に感じられないし、少なくともモンスターが隠れているって可能性はこれでグッと低くなった。
飛び込むように、かつ静かに入口を潜り、素早く構えて警戒。
うん……大丈夫。敵影はなく、トラップもない。流石に警戒し過ぎていたようだ。けど、備えあれば憂いなし。憂う暇もなく殺されるかも知れないってんだから、そんなの備えなきゃダメでしょ。
とは言え、迷宮がどういったレベルの仕掛けを施しているかも分からないからね。一口に罠って言ったって、「こんなの誰が気づくんだよ!」ってレベルのえげつないものがゴロゴロしてるダンジョンもあれば、素人目にも分かるような仕掛けばかりのダンジョンもある。
なので一先ず、何かしらトラップを見つけてその脅威度を、自分の目で見て判断することが必要だろう。
勿論、モンスターだってそう。どんなやつが、どんなふうに待ち構えているのか。
物陰に潜んでるやつが多いのか、それとも普通に徘徊しているのか。はたまた部屋でどっしり待ち構えてるのか。
ほんと、色んなタイプがあるからね。モンスターの種類によっても傾向が異なったり偏ったりするし。
そこら辺は、経験を活かして対応していく他ない。クマちゃんの依頼で、しこたまダンジョン巡りはこなしてきたからね、見極めにならある程度自信がある。
でも、待てよ?
メタ読みをすると、これってあくまで『体の試練』なんだよね。果たして私が警戒しているような不意打ちを配したとして、挑戦者の一体何を試そうっていうんだろう。
不意打ちで一撃喰らわせたなら、大抵の場合それでパフォーマンスは大きく低下。最悪の場合即死だもの。
考えられるとしたら、不意打ちに対する反応速度を調べるだとか、思考速度、動体視力、とか?
でも、それならそれで別にやり様は有るだろうし、回復手段の乏しい状態で仕掛けるようなものじゃないのは確か。
って考えると、罠や待ち伏せに関しては、あったとしても稀、それでいて見破りやすいものであると考えられる。
寧ろそうじゃなくちゃ、『体の試練』としては歪なように思うもの。
勿論、だからといって気を抜いて良いことにはならないのだけれど、それでも考察の一つとしては、頭の隅に置いておいても良いだろう。
それならば、もう少しだけ大胆に歩みを進めても良いのかも知れない。後は、とにかく小石なんかのオブジェクトを投げまくろう。
囮にもなるし、敢えて物音を立ててモンスターを釣ることも出来るかもだし。こういう状況下では、かなり重要な小細工だ。
慎重に歩を進め、スススとやって来たのは障子の脇。先ずは耳を澄ましてみる。
……物音はしない。ならばと、こっそり障子紙に穴をあけてから中を覗いてみることに。
指を突っ込むのは恐いので、小石押し当てて、ズボッとな。……うん。ダンジョン特有の修復力が働いて、あっという間に穴が塞がったんですけど。しかも紙一枚分の修復だもの、一瞬だった。
中を覗く暇もなかったため、観念して障子をちょびっとだけ引いて、出来た隙間からこんにちは。
(……モンスター居ないじゃん。トラップはどうか知らないけど。投げれそうな小物なら、こういう部屋で調達できそうだね。今は小石があるから別にいいけど)
というわけで、必ずしも障子の向こうにモンスターが居るわけではないみたい。
小石をロストしたなら、投げ物を得るために探索するのは有効。罠に関してはまだ未発見。
この情報により、多少は動きやすくなっただろうか。まぁ、この部屋が大丈夫なんだから、他の部屋だって大丈夫! とは言えないのだけどね。
そも、障子はただの飾りで、引いてみたら壁しか無い、なんて可能性も考えてはいたんだ。
全ての障子の向こうにちゃんと部屋があるとしたら、このダンジョンって想像以上に複雑かもしれない。
ともかく、地道にでも探索を進める他無いだろう。差し当たっての目標は、トラップの発見と脅威度の判定。
それにモンスターがどんな感じかも、こちらの存在がバレないように観察しておきたいところ。
努めて足音を殺しながら、廊下を突き当たりまで歩く。分かれ道だ。先を見渡してみても、モンスターの姿は未だに無く。
配置されているモンスターが多いダンジョンだと、結構頻繁にエンカウントしたりするのだけど、もしかしてここは少なめのダンジョン?
それならば有り難いのだけど、どうかな。ともかく、道が分かれているのなら、どのルートを辿るのかよく覚えておかなくちゃならない。
書くものがないため、脳内マッピングになる。しっかりと記憶しながら進まねば。
トラップらしきものを発見した。廊下の板の一部が、不自然に出っ張っているのだ。
多分踏んだら作動するタイプのやつ。罠の中では分かり易い部類だろう。他の罠もこれと同程度ならば、罠に関してはちゃんと気をつけていれば引っかからずに済みそうである。
試しにどういう罠か、わざと作動させて脅威の程を確かめてみるのも良いのだけど、しかし何が作動するか分からない以上、それは控えておいたほうが無難か。
探索を進めていると、不意に微かなれど音が聞こえた気がした。多分足音だ。
一気に緊張が増し、心臓の音が加速する。けれど慌てず、努めて冷静に。私はよくよく聴覚に意識を傾け、音の出どころを丁寧に探っていった。
すると程なくして、障子を一枚隔てた向こうにそれを特定。ほぼ間違いなく、モンスターが居る。数は多分二~三体。
ゆっくりと、薄っすらと、障子を引いて中の様子を窺ってみる。すると……居た。
小柄な体躯。痩せ細り、枯れ木のようになった手足。落ち窪んだ目。その癖下腹部は膨らんでいて、まるで飢餓状態の子供のよう。
一見するとゴブリンかとも思ったのだけれど、多分違う。だって肌の色が緑じゃないもの。亜種だろうか?
ゴブリンよりも更に背丈は小さく、灰色の肌。額には薄っすらと、角のような突起が見えた。
ここが和風ダンジョンであることも加味すると、多分……『餓鬼』ってやつだ。
ステータスやスキル、装備品を封じられているためか、恐怖は普段よりずっと大きい。
されど、餓鬼から感じられる脅威度で言うと、多分今の状態の私でも手に負えないことはない程度だと思う。
つまりこの試練、やっぱり戦闘も見越しての難度設定が施されていると見て良いだろう。
今は、それと知れただけで十分だ。
私はゆっくりと障子を閉めると、息を殺し、物音を殺し、気配を殺し、こっそりとその場を離れたのである。
慎重を期した探索と情報収集の結果、どの程度の警戒をもってこのダンジョンを歩むべきか、というのが段々と見えてきた。
これにより、進行速度は確実に上がり、上手くモンスターとのエンカウントを避け、罠をやり過ごしながら、概ね通路の全てを網羅したのである。
結果として、見つけてしまったのが渡り廊下。堪らず困惑が湧いてくる。
そも、私は何を見つければ良いのか。階段だろうか? それともボス部屋? 或いはこの渡り廊下こそが、通常のダンジョンで言うところの階段のような、フロアを渡る通路を意味しているのかもしれない。
だとすると、一フロア戦闘無しで切り抜けたって、なかなかすごいことじゃない?
よしよし、この調子でどんどん進もうじゃないか。
なんて、いい気になっていたのも束の間。
渡り廊下を真っ直ぐに歩み、かくんと曲がってやっとこさ見えてきた、次の入り口の、その手前。
待ち受けるようにぽつんと一体、餓鬼が獣のような前傾姿勢で、こちらを睨んでいたのである。
これ、戦闘が避けられないやつだ……!




