第九四二話 VSヴァルキリーナイト二
面白いもので、ただ背後に立つというそれだけの行為が、場合によっては酷く邪魔で、厄介に思えることがある。
きっと今の私たちがそう。ヴァルキリーナイトの背後、攻撃の届かない絶妙な間を置いて、得物を構えたまま傍観している。
それだけだというのに、アグネムちゃんと攻防を続けている彼女は明らかに集中を乱していた。
無理もない。いつ背後から仕掛けられるとも分からないのだから。であるならばさっさと距離を取れば良かったのに。
しかしそれをしないのは、彼女が一騎打ちを好むが故だろうか。一対一でやり合っている今の状態を、手放すのが惜しかったとか。
実の所がどうかは分からないにせよ、変わったやつであることは確かだ。
ああいや、でも待てよ……? そういえばヴァルキリーナイトがポップする様子を、私たちは目撃していない。
それにあのガチャ、あたかもいろんなボスの種類が居ますよー、と仄めかしていたけれど。
しかし実際にそうであると、誰が言い切れるっていうのか。もしやミスリードってやつなのでは……?
ヴァルキリーナイトが、実はモンスターではない説。とか、そんな可能性って無いだろうか? えらく突拍子もない考えではあるけども。
しかし気になったのだから仕方がない。彼女の注意を逸らすという意味合いに於いても、ここは一つ試してみようか。
「もし、そこの羽の生えた白いお方。貴方は本当にモンスターなのか? それを証明する手立てはお持ちか?」
「「「!?」」」
おっと。ヴァルキリーナイトのみならず、スイレンさんやアグネムちゃんまで、一緒に驚かせてしまったみたいだ。計算外だ。
内容も然ることながら、変な口調で語りかけたのが失敗だったかな? だってヴァルキリーの上にナイトだもの。騎士だもの。なら、それらしい口調のほうが通りやすいかなって思うじゃん。
などと内心で言い訳を考えていると、アグネムちゃんがバックステップ。一旦様子を窺おうというのだろう。
が、しかし。これに対するヴァルキリーナイトは、問答無用で踏み込み彼女へ斬り掛かった。
あわや得物の餌食にならんとしたアグネムちゃん。されどそうはさせじと、念力を行使する私。
アグネムちゃんを刃の軌道上からずらし、反撃のタイミングすら演出してみせた。が、彼女の拳は空を切る。
滑らかな体捌きでもって、後隙を見事にキャンセルしたヴァルキリーナイト。流石の身のこなしだ。
どうやら、私の言に対する返答は『無視』であるらしい。様子見を選んだアグネムちゃんへ仕掛けたのが、その表れだ。
されど肯定しない代わりに、否定もしない辺り、彼女らしさとでも言うべきか。まぁ、私がヴァルキリーナイトの何を知ってるんだって話だけども。
どうにもただのモンスターと考えるには怪しい存在のように思える。考えすぎ、なのだろうか……?
確かめるためにも、もう少し声を掛けてみるとしよう。
「卑怯だぞー! 様子を見ようとしたアグネムちゃんに斬りかかるだなんてー! それでも騎士かー!」
「…………」
ぬ。無反応。私を無視して戦闘に集中している。アウトオブ眼中ってやつか。目にも耳にも入れなければ気にもならないって。
実際問題、聞こえていないんじゃ何を言っても無駄だろう。困った……と言うより、残念だ。
もしも彼女が本当に、ただのモンスターでないっていうんなら、意思疎通なんかを図りつつお話を伺ってみたところなのだけれど。
上手く行けば、ワンチャン興味深い情報を得られたかも知れないのに。
どうにかして対話の形に持ち込むことは出来ないものか。私のこの突拍子もない考えが、ただの的はずれなのか、それともいい線いっているのか。もう少し判断材料……出来れば確信が欲しいところだ。
「あ。もしかしてメッセージウィンドウの文章を考えてたのって、貴方なんじゃないの? だとしたら、意図的なのか何なのかちょいちょい説明が不足してる点に文句を言いたいんですけど!」
「…………」
カマをかけてみた。けれど、反応したのはスイレンさんくらいのもの。歌いながらも、目を丸くしてこっちを見ている。
アグネムちゃんの方は、戦闘で手一杯。リアクションする余裕もないみたいだ。
ヴァルキリーナイトめ、無視を決め込んだせいかアグネムちゃんへの攻撃が分厚くなっている。このままでは劣勢だ。已むを得ない、横槍を入れさせてもらうとしよう。
「背後から失礼します!」
言いつつ、びゃっと白枝を展開。細く絞ったレーザー状の魔砲も併用して、彼女の背中を狙い撃つ。
大きな翼を背負っているせいで、的も体格以上に大きく狙いやすい、のだけど。
さりとて、羽虫さながらの鋭い危機察知能力でもって、素早くその場から飛び退るヴァルキリーナイト。
お返しとばかりに光の剣が飛来したけれど、しかしそのくらいは予想の範疇。来ると分かっていたのならば、対処も苦ではない。
さっと身を躱しつつ、追撃に備える私。されど、未だヘイトはアグネムちゃんに向いているようで。
それでいて、時折こちらにも牽制の攻撃が飛んでくるようになった。実際手を出しちゃったことで、立ち回りに変化が生じたらしい。
今は私たちに背を向けぬよう、立ち位置を変えながらアグネムちゃんとやり合っている状態だ。
スイレンさんを背に庇いつつ距離を取る。それでいて、援護も差し挟む。
アグネムちゃんと前衛を入れ替えた今の状態は、一応作戦のとおり。
ヴァルキリーナイトの技量が想像以上に高かったため、まだあと一押し足りていない状態ではあれど、状況は悪くない。
なれば、支援射撃に加えて、妨害も積極的に仕掛けていこう。
ことバチバチの近接戦闘に於いて、最も厄介な妨害行為は何かと言えば、念力で得物の動きを邪魔することではなかろうか。
喩えるなら、長い棒を持って扉を潜ろうとしたら、つっかえて歩みが止まってしまった、みたいな。
そんな、思いがけぬ得物の挙動。殊更熟達した剣士であればこそ、手足の如く操る己が武器に異変が生じれば、戸惑いも一入。思い通りになって然るべきことが、思い通りにならぬ苛立ちというのは決して小さくないはずだ。
ヴァルキリーナイトの振るった剣が、コツンと一瞬何かに引っ掛かったかのように、不自然に動きを止める。
そんな、当人からすれば奇妙な出来事が、もう何度も彼女の身に襲い掛かっては、挙動を執拗に阻害してくるのだ。
剣だけならばともかく、それが彼女の身につけている甲冑にも起こるというのだから、生じるストレスは大きいだろう。
ただ、念力は魔法抵抗による威力減衰を受けやすい部類の能力である。対象の身体に直接作用させるというのは難しく、装備品であっても十全に効果を発揮するものではない。
だからこそ、瞬発的な運用でもってチクチクと行動阻害を行っているわけだ。
費用対効果的に言っても、少ない魔力消費で大きなストレスを与えることが出来るっていうんだからお得である。
これにより、流石のヴァルキリーナイトも動きに乱れが生じ始めており。ちらりとこちらを向いた兜のその奥からは、何とも忌々しげな視線が感じられたのである。
私の仕業だってことは看破されているようだ。或いは察しているだけか。何れにせよ、その苛立ちを切掛に情報の緒でも晒してくれたなら御の字なのだけど。
だが、未だもってそれらしいものは見受けられず。けれど、これが普通のモンスターであれば、いい加減私にヘイトを向けて襲い掛かってくるものではなかろうか。
それでもアグネムちゃんと正面からやり合うことに固執を見せる辺り、やっぱり普通じゃない、と思う。
そんな彼女へ向けて、果敢に攻撃を行うのはアグネムちゃん。彼女の一撃がしっかりと入れば、そこを起点に一気にフルボッコという予定だもの。
はっきりと言ってしまうなら、王手は既に掛かっている。持ち前の技量でヴァルキリーナイトが回避を続けているからこそ、戦況は大きな傾きを見せていないけれど、破綻はもう間近。
ばかりか、ここでスイレンさんがワンマンカルテットを発動し、時流の調べにブーストを掛けたなら、多分それで勝負は決まる。
それをしないのは、私が様子を見たがっていると察してのことだろう。あとは、まだ切っていないカードがあるって点も加味しての判断か。
しかし、余裕とも取れるようなこちらの動きから、自らの窮地を理解したのだろう。とうとう新たな動きを見せるヴァルキリーナイト。
背の大翼を勢いよく広げたかと思えば、瞬時に空へと舞い上がったのである。念力での妨害もなんのその、力ずくで振り払われてしまった。
かと思えば、天空より振ってきたのは槍。光で構成された無数の槍が、雨あられの如く闘技場を埋め尽くす勢いで降り注いだのだ。
どうやら一対一の構図を捨て、多対一の立ち回りに舵を切ったらしい。或いは単に、私の妨害にキレたか。見事な範囲攻撃、ないしは全体攻撃である。
対し、素早く反応したのはアグネムちゃん。
水面下で次なる局面に備えていた彼女は、ヴァルキリーナイトと攻防を続けながら、【神気顕纏】の発動準備を進めていたようだ。
そして槍の雨が降ると同時、アグネムちゃんは動いた。私たちを庇うように跳び、頭上より落ちてくる鋭き槍の尽くを、その拳でもって打ち払ったのだ。
身に纏うは金色の衣。動きは先程までと比にならぬキレを有し、絶大な頼もしさを宿して見える。
惜しむらくは、ヴァルキリーナイトが飛び上がってしまったことか。彼女は空の只中にあり、アグネムちゃんの拳は残念ながら届かない。
ばかりか、である。
あたかも太陽がもう一つ生じたかの如き、強烈な後光。膨れ上がる気配。パワーアップの予兆だ。
ほんの一瞬、アグネムちゃんと視線を交わす私。アイコンタクト。それで十分だった。
スイレンさんの護りは彼女が引き受けてくれる。空に上ったのならば、そこは私のフィールドだ。
アグネムちゃんが神気顕纏を見せたというのなら、私が出し惜しみ手札を隠す意味も無いだろう。
何より、潮時である。情報を引き出せないのは残念だが、これ以上は余計な危険を招くのみ。私だけならいざ知らず、これ以上二人に迷惑を掛けるのはエゴが過ぎるというもの。
だから、意識を切り替える。
雨を落とす天へ逆らうかの如く、ブースターに魔力を込め、力強く飛び立つ。引き伸ばされた体感時間の中、されどそれは瞬く間の出来事。
魔砲を放ち道をこじ開けたなら、ヴァルキリーナイトの懐めがけて突っ込む私である。
ブーツの裏を念力で全力固定。空を踏み込み、膨大な運動エネルギーを一太刀に乗せる。
一閃。
辛くも反応する彼女。しかしそれがやっと。構えた剣の上から叩き斬るつもりで、私は月日を振るった。だが。
(! 堅いっ!)
彼女が身に纏う甲冑の、想像以上の頑丈さ。身体を両断するつもりで振るったにも拘らず、結果は右腕一本。
されどこれにより、彼女から発せられていた力の高まりは途切れ。一撃を受けた勢いのまま、弾かれたように吹き飛ぶヴァルキリーナイト。
反対に私の身は、徐々に金色を帯び始め。ステータスは軒並み、夥しい程の増加を開始する。
ブースターの末端に生じている、エンジェルヘイローが如き輝きの輪が、一瞬爆ぜたように大きく膨れ上がる。
刹那、悍ましき加速が発生。私の身体は容易くヴァルキリーナイトへと追いついてみせた。
しかしながら流石の反応速度だ。光の盾が私と彼女の間を遮ったのである。一刀で斬り裂くも、次々に生成される盾。埒が明かない。
かと思えば性懲りもなく、盾の向こう側で再び力の高まりを感じる。何が何でもパワーアップを成功させるつもりのようだ。
けれど、それを許さないのが私であり、チームミコバトのスタイルというもの。一体幾度、私たちがそれでSH魔王を屠ってきたことか。
構えるのは左腕。展開するのは光の白枝。神気顕纏のブーストを乗せ、力任せに魔力を注ぎ込む。
するとどうだ。爆ぜるように広がった無数の白枝は、無秩序に枝分かれを繰り返し。かと思えば、目の前の盾諸共にヴァルキリーナイトを包み込まんと、曲線を描き始めたのである。
その様を遠くから眺めたなら、どう見えただろうか。枝というよりは蔦が幾重にも絡みつき、侵食するかの如く敵を呑み込んだ。そんな光景だろうか。
これを受けては一溜まりもないだろうと。さしもの私も、生半なモンスターが相手であれば、そう考えていたに違いない。
されどヴァルキリーナイト。伊達に篩の迷宮にてボスの一角を任されているわけではない。
力の高まりこそ再度潰えたものの、それでも彼女の気配は健在。ばかりか、分解を上回る生成速度にて光の武具を操り、白枝を押し返す動きすら見せている。
かと思えば、次の瞬間である。眩い白光が白枝を突き破り。彼女はまんまと脱出を果たしたのだった。
これがアニメなら、なんやかんやで光の中からパワーアップを果たしたボスが出現して絶望……!
みたいな場面だろうけれど。しかしそう都合のいい話はない。むしろ脱出に力を使い、多少なりとも消耗したはず。
そんな彼女の背へ回り込み、靴裏で弾く私。脚部に仕込まれたブースターユニットが火を吹き、輪光が爆ぜ。
弾丸さながらの勢いでもって、堕天。闘技場への帰還を果たす。向かう先に待ち構えるのは、目をギラつかせたアグネムちゃんである。
待ってましたとばかりに構える彼女の、渾身の拳が今、ヴァルキリーナイトの右横腹へ突き刺さった。
誤字報告、いつも感謝です。
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