第九三九話 警戒心の強いミコト
もしや純金製だろうか。ああいや、それなら破壊も容易だろうからそんなことはないか。それにしても、金ピカな錠前である。
売ったら良い値がつきそうなそれを、左手で軽く持ち上げ。
これまた装飾の凝った、如何にも値打ち物って感じのヴァルキリーナイトの鍵を、ゾリゾリッと挿入。
鍵を差し込んだ時特有の手応えを感じたなら、後ろで固唾を飲んでいるアグネムちゃんたちへ向けて、
「それじゃ、開くよ……!」
一声かけた後。了承の返事を耳にして、私はとうとうそれを時計回りに捻ったのである。
ガチャっと、小気味良い音。と同時、生じた変化は劇的で。パッと黒い塵へと還ったのは、大扉を封じていた幾本もの鎖たち。
次いで起きたのは驚きの変化。扉の色が、黒っぽい金属の色から、鍵と同色の純白へと瞬く間に染め上げられたではないか。うーん、特殊演出。
三人で「おおー……」と、その様子に驚きを漏らしていると、どうやら変化はそこで打ち止め。
無事に解錠は成ったと見て良いだろう。っていうか……。
「あ。手元に錠前と鍵は残るんだ。やったね記念品ゲット! 帰ったら鍛錬室にでも飾っておこうか」
「その場合、他のPTの皆も持ち帰ってくるでしょうし、四つ並ぶことになるかもですね」
「皆はどんな鍵を手に入れたんでしょうね~。っていうか何なら、ちょっとコンプリートしたくなってきました~」
「「わかる……っ!」」
かっこいいデザインの鍵。ガチャ。他にも種類があるときたら、どうにかして全種類集めたくなるのがオタク……っていうと主語が大きすぎるけども。
しかしスイレンさんの言葉には、深く頷く私である。アグネムちゃんも何気にこくこくと頷き理解を示していた。コレクターの集いかな?
と、まぁそれはいいとして。扉が開放されたのであれば、いよいよボス戦の時。技の試練も大詰めである。
私は二人へと向き直ると、最後にもう一度打ち合わせを図る。何せ今は念話が使えないからね、戦闘中は作戦とアドリブで動きを決定しなくちゃならない。話し合える内に話し合っておかなくちゃ、ひょんなタイミングで混乱が生じやすくなってしまう。
「結局のところ、作戦は至ってシンプル。極端な話、『こかして囲む!』それだけだよ」
「野蛮ですね~。でも、事細かにプランを決めると、不測の事態が生じた時に隙が出来ますし~」
「だね。敢えて果たすべき目標と、大雑把な道筋だけ定めたことで、あとはその場の判断で動いて良いっていう遊びが出来たんだもん。正直気が楽かも」
「役割もおさらいしておこう。スイレンさんは例によって、後衛で演奏。私は機動力を活かして、スイレンさんの護衛をしつつアグネムちゃんが突っ込むタイミングをこじ開ける係。んでアグネムちゃんは、隙を見て相手の懐に飛び込み、ローディングで動きを鈍らせてからインファイトでタコ殴りにする役、と」
ぶっちゃけ、ボスであるヴァルキリーナイトがどんな動きをするのか。どんなスキルを有しているのか。
それが分からない現状、こうやったら確実に勝てる! と断言することは出来ない。そりゃ、モンスターの核を壊せば勝てる! とか、HPを0にすれば勝てる! っていうのは間違いないとは思うけどさ。そういうことじゃなくて。
私たちの手が通用しなかったり、こちらの攻撃を上回るような猛攻だとか、一点突破を図ってくる可能性もあるんだ。
そうした相手の動きには、柔軟に対応する他ない。その際に困るのが、綿密な作戦ってやつで。
これが情報もバッチリ足りてて、人数も大規模な、大掛かりな作戦だって言うんなら話は全然違うけども。
割りと出たとこ勝負みたいな要素が強い今回、アドリブと作戦行動の比率って大事だと思うんだ。話し合ってスキルの内容を決定した手前、尚の事ね。
結果として、私たちはざっくりとした方針のもと行動することを決めた。
なれば後は、そのスタイルに於ける利点を十二分に活かしきれるかどうか、というところ。
アグネムちゃんもスイレンさんも、己が役割をよく理解している様子。きっと期待通りかそれ以上の働きをしてくれるに違いない。
私も自らの役目に準じ、何が何でもスイレンさんを護り、かつアグネムちゃんが突っ込めるだけの隙を切り開く所存。
ブリーフィングも済んだなら、いよいよ本番の時間である。
真っ白な扉に手を掛け、押し開けんと腰を落とし……ふと思う。この先にあるのは十中八九、闘技場の舞台だ。
闘技場って言ったら、正々堂々とした場。こと戦闘になれば、奇襲不意打ちなんでもござれの私たちだけど、流石に闘技場でそれはどうなのかと。
いつもの調子でポップ狩りとか、不躾な真似を働いて良いものだろうか。ちょっと悩みどころである。
逆に、向こうが既にポップを果たして待ち構えており、この扉を開いた瞬間攻撃を撃ち込んでくる、なんて可能性もあり得ない話ではないわけで。
殊更警戒するべきは、相手のスキルだ。作戦会議中も話に上がったけれど、守備面に於いては相手のステータスや技量なんかより、スキルにこそ気をつけるべきであると。
ランダムエンカウントで出現する一般的なモンスターですら、エンドクラスに於いてはとんでもない威力のスキルを行使してくるのだ。
ならばそれが、ボスモンスターであったならどうか。その脅威度は有象無象の比ではないだろう。
そんなヤバいスキル攻撃が、この扉を僅かにでも開いた瞬間、問答無用に浴びせかけられるかも知れない。
その様に思い至った私は、扉にかけた手を一旦引っ込め、二人にちょっとした作戦の変更、と言うかプランの追加を提案した。
「私たちが奇襲を得意とするように、相手も先手必勝で攻撃してくるかも知れない。具体的には、この扉を開いた瞬間とんでもないスキルを叩き込んでくるかも」
「ひぇ、な、なんですかそれー。そんなマナー知らずはチームミコバトメンバーくらいのものですよ~」
「でもここは、何が起こっても不思議じゃない篩の迷宮。ミコト様の仰ることがあり得ないだなんて、断定することは出来ないよ」
「じゃ、じゃぁどうするっていうんですか~? 防御系スキルなんて持ってませんけど~!?」
「うーん……とりあえず、扉から距離を取ったまま念力で開扉してみようか。んで、様子を見つつ私が先行してみるよ。二人はタイミングを見て後に続いて」
私の言葉に、何か言いたげなアグネムちゃん。されどそれを飲み込んでか、神妙な顔で頷いてくれた。スイレンさんからも了承の返事があったなら、そそくさと先ずは扉から距離を取る私たち。
そうして物陰に隠れつつ、いよいよ念力を使ってゆっくりとそれを押し開いていく。
今にも強烈なビームだったり、何ならヴァルキリーナイト本体が突っ込んでくるかと警戒していたのだけれど。
……しかし、果たしてその何れもが杞憂に終わったようだ。一先ず開扉早々に殺意に晒されるという事態は回避できたらしい。
とは言え、まだまだ安心はならない。と言うか、本番はここからだもの。
スチャッと、四機のブースターを構えてスタート姿勢に入る私。勿論今回が初お披露目、だなんてことはない。迷宮に入る前、イクシス邸時点で皆に軽く紹介してはいる。
けれど、強敵との戦闘で実際に使用するって意味に於いては、これが初となるだろうか。
アグネムちゃんもスイレンさんも、興味深げにブースターをしげしげと眺めている。あまり近くで見ていては、衝撃に巻き込まれるからと注意を促すと、慌てたように二人して後退った。
その様子を苦笑しつつ認めたなら、いよいよ魔力を注いで準備万端。
スイレンさんが【時流の調べ】を奏で始め、一気に体感時間が引き伸ばされる。お陰でブースターの制御も楽になるというもの。
二人に「それじゃ、お先に」と軽く述べたなら、いざ……発進である。
パ、パッと。あたかも転移を行ったかの如く、異様な速度で切り替わる視界。
大扉をくぐり抜け、即座に跳ね上がるように高度を取った私。闘技場の舞台を見下ろすかのような格好だ。
闘技場の舞台って言うと、かつて出場した闘技祭を思い起こすというのは先日も感じたとおりなのだけど。
しかし今回は、それと些か様子が異なっており。舞台とは言っても円形ステージがあるわけではなく。
あるのはただ、ざっくりと設けられた広場のような場所。石畳が敷かれており、ともすればただの中庭みたいじゃないか。
けれど、辺りを囲う客席からして、やはりただの中庭だなんてことはあり得ず。そして実際、中庭中央付近では既に、何者かの姿が一つ、凄まじい気配を纏い佇んでいたのである。
純白の甲冑に身を包んだ、白き影。背負うのは、天の御遣いが如き汚れなき大翼。得物は腰に佩いた剣か。
ヴァルキリーナイト。案の定既にポップは済んでいたようだ。奴こそがこの『技の試練』に於けるボスにして、最終課題の攻略対象。
果たしてどのような力を有しているものか。どうやら問答無用の先制攻撃を浴びせられる、なんて事態は避けられたようだけど。
と言うか、私を一瞥しながらも全く動こうとしない。得物を抜くことすらせず、佇むのみである。
そこでふと察する。もしや、開始の合図を待っているとか、そういう感じなんじゃなかろうか。だって闘技場だもの。
合図を待たずして先に攻撃したらダメとか、減点とか、或いはペナルティが発生するとか、よもやそんな事は……。
いやいや、そういった説明は一切なかったため、あくまで可能性に過ぎないのだけど。でも無いとも言い切れない。
もしくは、こちらをそう警戒させる事も敵の作戦、なんて可能性も考えられる。或いは単なる考え過ぎ?
早速判断の難しい事態。こんな時、念話が使えないっていうのは不便でならない。
試しに尻尾アラカミを魔砲モードに切り替え、その砲口をヴァルキリーナイトへと向けて反応を窺ってみる。
……微動だにしない。いや、こちらを見た。じっと見ている。見ている……だけ。じーっと。
心眼さん……! こんな時こそ出番だろうに、今回は使えない! 奴は一体何を考えているっていうんだ。理解が及ばない。
恐らくは一方的に精神的疲労を溜め込む私。まだ戦闘らしい戦闘なんて始まってもいないっていうのに、何たること。何たる体たらく。
すると、その時だった。ふとヴァルキリーナイトの右手が動き。ビクリと、空中にて浮遊したまま大袈裟に警戒する私。
そんなこちらの内心など察するはずもなく、奴は……ちょいちょいと、手招きのモーション。頭上に浮かぶクエスチョン。
それは一体、何の真似だというのか。スキル? 何かスキルを使おうとしてる? その割に、これといった魔力反応も感じないけども。
もしや私の背後に何か居るとでも言うのか? 勿論警戒はしてる。気配は感じない。だけど世の中にはオルカのような、隠密に長けたヤバい存在も居るもの。
気分はさながら、ホラー映画を見ている時のよう。振り向いたら怨霊や殺人鬼が居るかもっていう、あの状況。
背中に冷や汗をかき、心拍数も心做しか加速している気がする。私はほんの一瞬だけ、背後を確認することにした。
視線を切った際、奴が猛然と間合いを詰めてくる、なんて展開も警戒しつつ、前門の虎、後門の狼が如き心境にて、意を決し。いざ、バッと振り返ってみる。
何も居ないじゃない!
ということはやっぱりブラフか!
奴が突っ込んできたに違いないと、急ぎブースターの出力を上げ、瞬時にその場を退く。
このサンタさんにもらったブースター、何と加速に伴い重力制御だとか、風圧無効だとか、従来は全部マニュアルで行っていたあれこれを、全てオートでこなしてくれる優れもので。殊更スキル制限のせいで、それらの手動行使が行えない現状、非常に有り難い大助かりな機能となっていた。
お陰で、重力や空気の壁により、ぺしゃんこに押し潰される心配が無くなるっていうんで、気兼ねすること無く動き回ることが出来る。
そんなブースターの高性能ぶりに関心と感謝を懐きつつ、改めて敵の姿を捕捉せんとした……のだけれど。
地上にて、不思議そうに首を傾げているヴァルキリーナイト。
改めてちょいちょいと、こちらを手招きしている。攻撃を仕掛けてきた様子は、微塵もない。
え……なに? もしかして私、独り相撲してる?
それとも、やっぱりこちらの油断を誘ってたり……?
混乱する私へ向けて、ヴァルキリーナイトは手招きしたその手で、ススっと自身の正面を指し示したのである。
向かい合うように立ちなさいと、その様に示唆しているようじゃないか。試合開始の礼でもしようっていうのだろうか。
私は尚も酷く警戒したまま、されどこんなに精神的に締め付けられていたんじゃ仕方ないと、徐に地上へ下りるのだった。




