第一八一〇話 大きな戦いを終えて
それは、これまでに見たどんなモンスターの最後よりも豪快で、凄まじい光景だった。
生前、ついぞ実物だなんてお目にかかる機会もなかったけれど。きっとエベレストにだって引けを取らないか、下手をするとそれ以上のサイズ感を誇っていた、最後のライバル個体。
その巨山が如き姿が崩れ落ち、黒い塵へと還っていく様は、映画でだって見たことが無いくらいに壮絶で。
そうした様子を私は、ソフィアさんと共有した視界で確かに見届けようとしていたんだ。
しかし油断はない。これで決着。これでライバル戦は終了。そう信じたくはあるけれど、そう決めつけてはならない。
例えばこれが漫画とか映画なら、ようやく最大の敵を倒したと思った次の瞬間、より圧倒的な絶望が降りかかる……なんてよくある展開だからね。それを知っていればこそ、気なんて抜けるはずもなし。
今の状況に照らし合わせるのなら、そうだな……遥か遠くに設けられたこの空間の天井。それが砕けて、途方も無いほどに巨大な何かの「目」が、こちらを見下ろしている、とか……。
『……ちょっとミコトさん。何て不穏なことを考えているんですか』
『おっと、ソフィアさんには筒抜けだったか』
『融合していますからね、当然考えていることくらい分かります。お互いにね』
たしかに。実際ソフィアさんの考えていることもまた、私には手に取るように分かってしまう。言ってしまえばこれもまた、【キャラクター操作】や【2P操作】のデメリットであり、メリットなのかも知れない。
して、実際私がうっかり想像してしまったような、おっかない出来事は起こり得るのか、という話なのだけど。
『…………ふむ。どうやら杞憂のようですよ』
『みたいだね。正直ホッとした』
恐恐と天井を見上げてみたけれど、幸いにして惑星クラスの大ボス、なんていうのは存在しなかったようだ。
それどころか、である。
『見て、何か現れた……多分扉』
『『!』』
響いたのはクオさんによる念話。彼女の促しに視線を彷徨わせてみれば、直ぐにそれらしきものを発見。
出現位置は、ここから随分と遠い。恐らくは私たちがこの空間に足を踏み入れた、最初の地点と推測。スケールの桁が幾つか外れている相手とドンパチやり合っていたせいで、自分たちが知らぬうちにどれほど移動したのかも分かりやしない。
しかし扉か。
『扉ってことは、次へ進むルートが開けたってことだよね。それってつまり……』
『ガウラ』
『ああ、今回の戦闘に決着がついた証拠、である可能性が高いな』
『それと見せかけている可能性、ってのも一応は疑って掛かるわよ』
『……とりあえず、敵の気配は今のところ感じられない』
オルカの索敵に反応がないというのなら、信憑性は高いだろう。
一先ず私たちは、敵がまだ隠れているかも知れない、という可能性を念頭に置いたまま、扉のもとへ向かうことにした。あれ自体が罠である可能性、というのも考えられるため、斥候組にきちんと調べて貰わなくてはならないから。
というわけで、移動と調査を行ったわけだけど。結果としては問題無し。トラップの類は検知されず、どうやら本当に今回の戦いは終結したと見て良さそうだ、との結論を得たのである。
そうしてようやっと肩の力を抜く面々。私とソフィアさんも融合を解除し、身体にどっと伸し掛かってくる疲労感に、思わず尻餅をついてしまった。やはり融合系のスキルはめっちゃ疲れる……もっともっとスキルレベルを引き上げるべきかも知れない。
「ふぅ、ようやっとひと息つけるな。皆、損耗の確認と回復に努めてくれ」
イクシスさんの号令により、各々自身が受けた被害や消耗具合をチェックしに掛かる。
ことさら負担が掛かったのは、なかなか無茶をしたクラウと、連続で【2P操作】を行った私だろうか。
しかしそれ以外の皆も、自己強化を控え、素の状態での立ち回りということで、普段とは違った苦労を経験した。心身ともに疲れを溜めたのは間違いない。
せっせと聖女さんとココロちゃんが、ヒーラーとして皆の回復を補助し、オルカが軽食なんかを用意し始める。
彼女の補佐をさせるために、トレモちゃん……じゃなくて「サトっち」を呼び出そうかな。でも、万が一それに呼応して新しいライバルとか出現したら嫌だな……一応皆に相談してみよう。
「ねぇ、サトっち呼び出しても大丈夫だと思う?」
「良いと思うぱわ! 勝利の喜びを分かち合うぱわ!」
「だが、リスクもあるか……ふむ」
「流石に、扉を出現させておいて追加のボス、なんて無いと思うのぜぇ」
「でも万が一、ってことも無いとは言い切れないわよ」
やっぱり意見が割れた。まぁ、呼び出しを見送るのが安全っていうのは間違いなさそうだ。
感情面だけで言うなら、すぐにでも呼び出してあげたいところではあるんだけどね。もしもそれで、さっき想像したような惑星級の巨大ライバルが出現、なんてことになれば目も当てられない。
話し合った末、今回は控えることが決まった。
そうこうしている間も、オルカはテキパキと配膳を進め、皆の手元には軽食と飲み物が行き渡ったのである。疲れているだろうに流石の手際だ。
「ミコト、気遣ってくれてありがとう」
「いやいや、こっちこそ。いつも世話を焼いてくれてありがとうね」
オルカには、私がサトっちを呼び出そうとした理由などお見通しだったらしい。
彼女のありがたみを噛み締めつつ、軽食と甘い飲み物に舌鼓を打っていると、不意にまろび出るのが反省の言葉。
「それにしても、単純に巨大な敵があんなにも厄介だとは」
「ですね~、ちびるかと思いました~」
「まして自己強化が使えない状態での立ち回り」
「思ってた以上に不自由を感じたよね」
「気づかないうちに、スキル頼りの戦い方になっていたのかも知れないのです」
「スキルを上手に使い熟すことと、スキルに頼りすぎないこと。これもまた、取り組み甲斐のあるテーマですね」
今回の戦い、確かに滅多に無いと言うか、初めてと言っていい経験だった。
巨大な敵といえば以前、「厄災級アルラウネ」だなんてモンスターを相手にしたことがあったけれど。綻びの腕輪っていう、今でも現役を張るほどに強力な装備を落としたヤバい奴なので、強く記憶に残っている。
今回のライバル個体は、そんなアルラウネを遥かに凌駕するほどのサイズ感とスペックを誇っており、まぁ大変だったよね。
質量の恐ろしさ、というものを改めて教えられた気がする。と同時、強化系スキルのありがたみと依存性の高さも。
それと闘気だ。
「なにげに一番大変だったのは、闘気が発動しないように抑えつけることだったのかも知れんぱわ」
「それ! すごい分かるのぜぇ!」
「グラァ」
「以前は発動すること自体が難しかった闘気ですが、現在ではむしろ抑制に苦慮している。果たしてこれは成長と言えるのでしょうか……」
聖女さんの一言に、何とも言えない空気が漂った。
それは如何にも哲学めいた問いかけであり。出来ないことが出来るようになり、出来ることが容易いことになる。未知が既知となり、既知が熟知となる。未経験が経験済みとなり、やがて熟練となる。
どれもこれも、なんだか一方通行めいているのだよね。何かを得るということは、何かを捨てるということ。熟達を欲するならば、未熟を捨てなくちゃならない。
結果として私たちは、闘気を簡単に発動できるようになり。私に至ってはオーラ体だなんてものにまで至り。行き着く果てはもしや、この肉体に戻れなくなる、なんて結末だったりするんだろうか? 無いとも言い切れない辺りが恐ろしいね。
「何とも、考えさせられる一戦だった、ってことだね」
「それも含めての、試練?」
「かも知れないな」
何となく神妙な空気を漂わせつつ、そんな言葉を遣り取りした私たち。
無論、こうしてリラックスしている間も、扉から注意を外したりはしない。
何せこの先には……きっと奴が居るのだから。
そうさ、この迷宮の裏にいる存在。私たちがここを訪れた、最大の理由。すなわち、「ウェブデ」だ。
なればこそ、扉を警戒しつつも、まだ先に進もうなどと言い出す者は出ない。相応に心の準備が要るから。
それと……。
「で。そろそろ確認しても良いんじゃないかしら?」
「「!」」
口火を切ったのは、リリ。
具体性に欠くその言葉ではあるけれど、この場の誰もが主語を幻聴した。
そうさ、私たちはまだ確認していないのだ。
何をって? 決まっている。
ライバル個体から得た、ドロップアイテムだ!




