第一八〇九話 VS ライバル 一三
巨山が如きライバル個体へ引導を渡すべく、今回ソフィアが用意した魔術。
そのテーマとなったのはズバリ「剥離」である。
剥離。すなわち、剥がれて離れること。
そも、この世界の生き物には強弱あれども往々にして「魔法抵抗力」というものが備わっており。身体の中に直接魔法的な要素が侵入し、悪さをすることを防止する、一種の防衛機能のようなもので。
この魔法抵抗力が最も届きにくい体の部位というのが、「表層」だった。皮膚でも肉でも骨でもなんでも、表層こそが最も魔法抵抗力の弱い場所であり、そこへなら魔法敵アプローチが届きやすい、というのは当然とも言える話。
であればこその、剥離だ。
次から次に表層を引っ剥がし、身体を崩壊させていくというコンセプト。それが、今回ソフィアの用いんとしている魔術であり。そのためのアレやコレやを、ミコトと手分けして術の形に落とし込んでいく。
より少ない魔力で最大の効果を発揮することが、魔術における基本にして真髄であり。なれば効率的な剥離を促すための仕掛け、というのもしっかりと組み込まれている。
例えば接合の緩みを作り出すために微振動を加えたり。熱変動によるゆらぎを作り出すなど、細々とした作用を仕込んだり。
一つの剥離が連鎖的に次の表層を引っ剥がす、強力な連鎖性を加えたり。
剥離の広がる方向をある程度コントロールできる仕組みを込めるなどなど。
それらを術式で管理し、実際の術として再現してみせるというのだから、難易度は当然ながら非常に高いものとなっている。
そうした、傍目にはむんむんと集中して魔力を捏ね回しているようにしか見えない、ミコトに憑依したソフィアだったけれど、ついに準備は整ったらしい。
『あとは我々にお任せを』
そのように宣言したなら、誰もが半ば勝利を確信する。何せ、無事にバトンが渡ったことの証左なのだから。実質的な勝利宣言に聞こえたのかも知れない。
が、本当にそれが成るかどうかは今から決まるのだ。であればこそ、誰も気を緩めたりはしない。サッと射線から退きながら、事の成り行きを見守りに掛かった。
が、その時だ。
妨害班の手で大技が失敗し、僅かに動揺した隙に鳩尾を深く抉られ、激痛に喘ぐ巨山ではあったけれど。しかしいよいよ己が命が危ぶまれていると知ってか、大慌てでとある行動に出たのである。
それは至極原始的であり、されども何より効果的な防御手段。
前のめりになり、両の腕で鳩尾を庇うという、なんとも情けなく見えるポージング。
されども、この大質量でそれをやられたのでは、チームミコバト側にとってご破算を招きかねない、非常に厄介な行動と言えた。
何せ凄まじい魔法抵抗力と、物理防御力によって成り立っている身体だ。巨山に譬えているけれど、単なる土塊などとは比較にもならない頑丈さを誇っている。ゆえに、鳩尾を抉るのにも大変な苦労が伴ったし、核を僅かに露出させるのがやっとの有り様。
だというのに、それを腕で庇われてしまえば、アタック班はさらに大技をバカスカとぶつけ、ソフィアのために道をこじ開けてやる必要性が出てくるだろう。
しかし幸いなのは、その巨大な質量が故の鈍さ。初動の遅さ。両の腕が鳩尾を遮るまでには、僅かばかりの猶予がある。
果たしてソフィアの魔術が間に合うのか、それとも防御が間に合うのか。誰もが固唾を飲み込む中、その術はついに放たれたのである。
「それではお見せしましょう。私とミコトさんによる力作です、遠慮なく受け取りなさい……【剥落連鎖】」
敢えての肉声。だが、余裕を見せてのものではない。それはミコトの有する、とあるへんてこスキルを動かすために必要なアクションであり。
スキルの名を【カットイン演出】という。
台詞を口にしている当人以外の時間が停止し、術の影響を受けている皆の視界には、術者であるミコトの姿がカットイン演出さながらに割り込むという、大変にふざけているようでいて、とてつもなく強力なスキルとなっている。
これにより何が起こったかと言えば、勿論巨山の動作もピタリと止まり、魔術を打ち込む暇が見事に捻出された形となった。
ミコトの身体を借りたソフィアが両手をふわりと構えれば、生み出されたのは黒黒とした一本の針。
その先端は迷いなく巨山の核をしかと捉え、次の瞬間には音もなく飛び出していった。
遠目には捉えることも難しいだろう。スケールの大きすぎるライバルからしたら尚更だ。
カットイン演出が終わり、動き出した時間の中。まるで吸い込まれるよう真っ直ぐに巨山の核へと向かい。それを庇わんとした巨腕は残念ながら間に合わなかった。
針は見事、核へ触れ、刺さり、深々と潜り込んでいったのである。
モーションやエフェクトとしては、たったそれだけ。彼女たちが集中して練り上げ、組み上げた術が発動したにしては拍子抜けを感じるほどに大人しい、とても静かな魔術だった。
直後、まるで巨大な門が閉じるかのようにして、鳩尾をガッチリとガードするライバル個体。こうなっては追撃を加えることも難しいだろう。なればこそ、魔術の効果に期待する他ないわけだが、果たして……。
『ど……どうなったパワ……?』
『術の概要は一応聞いていますが……』
『ちゃ、ちゃんと効いてるんですかね~……?』
ここに来て訪れたのは、沈黙。
腹を抱えるようにしてピタリと動きを止めた巨山と、それを注意深く観察するチームミコバトという図。
敵が動かないのならば攻め込むチャンスだと、彼女たちが再度の攻撃を行おうとした、その時だ。
『! 核を示す光が、揺らいでる!』
『てかあいつの身体、崩れていってるわよ!?』
『これが、剥落……!』
鳩尾を庇う二本の巨大な腕。もはや「地形」と形容すべきほど、巨大にして長大なそれらの奥に、匿われているのがライバル個体の核であり。オルカのスキルにより光を放って見える巨山のコアに、皆は等しく異変を見て取ったのだ。
力強い輝きを放ち続けていたそこに、ふと陰りが差す。
譬えるなら、風に揺られた蝋燭の火。或いは接触不良の豆電球。不規則に明滅し、頼りないその様は誰の目にも明らかな変調そのものだった。
それだけではない。
巨山が震え、轟くような呻き声は、やがて星を揺さぶるかの如き絶叫へと変じ。
苦しみからか両の腕は解かれ、寄る辺を求めるように、遣る瀬を探すように、当て所なく宙を彷徨った。
伴うのは暴風、轟音。天変地異めいた断末魔だ。
解かれた腕の先、鳩尾の辺りに見えたのは恐ろしい有り様であり。
剥落。「表層」となり得たものが、再現無く剥がれては落ち、次の表層を道連れとする。
核を中心に、その周囲も次々と崩壊の憂き目を見、既に黒い塵へと還りつつあった。
『こ、これはひどい……』
誰が漏らした感想だろうか。或いは誰もが抱いた共通の念か。
あまりの大音響にやられてしまわぬよう。振り回した腕に巻き込まれぬよう。障壁や疑似転移を駆使し、自衛に努めながら、ライバル個体の終わりを油断無く見守る彼女たち。
大崩落。それが仕舞うまでには、相応に時間がかかった。だがそれは、意外なほどに短時間でもあり。
それはまるで、数千メートル級の物質がこの世から綺麗サッパリ消えてしまうまでのタイムラプスを目の当たりにしているような、奇妙な体験だった。
最後の一欠片が、塵へ帰したのを見送って、ふっとため息をついたのは他でもない、ソフィア。
彼女は徐に憑依を解除。自らの肉体へと戻り、その疲労感にいささか顔色を悪くしながらも、言ったのである。
「グッドゲーム、というやつですか。良いスキルを見せてもらいました」
感慨を帯びたその言葉が、この戦いの幕引きを担い。
斥候組をはじめとした皆が、他に敵の気配のないことを確かめ。
そうしてぽつり、虚空に扉が一枚出現したことで、チームミコバトは自分たちの勝利を確信した。
斯くして、ライバル戦は終結。
次への道が開かれたのである。




