第一八〇七話 VS ライバル 一一
それはもはや、人とモンスターの戦いと呼んでいいかすら不明な、凄絶なぶつかり合いだった。
巨山が如き体躯のライバル個体。核の位置を相手に知られたのだと感づいた彼女は、先程繰り出したような天災が如き巨大な一撃ではなく、出の早い魔法でもって小さき敵対者を駆逐せんと猛威を振るった。
出が早いと言えども、そのスケール差はとてつもなく。込められた魔力量の桁もいちいちバカげた数値を叩き出している。結果、生じたる現象の尽くが大袈裟なまでの殺傷力を孕んでおり。
されども、チームミコバトは果敢に攻めた。その様はひたすらに勇ましく、勇者と肩を並べるのに相応しい力強さを体現している。
……だが。
『ぐぅ、回避に忙しくて攻撃を入れられるタイミングが少ないのぜぇ!』
『障壁もやたら分厚いパワ! 腹立たしいパワ!』
『せっかく与えたダメージも、治癒魔法で修復されちゃう!』
『これじゃあ、核の位置が分かっても届かないじゃない!』
『私の一撃も、核まで至らない可能性があります』
あらゆる方向から容赦なく襲ってくる殺意の波を、あらゆる手段で掻い潜り、やっとこさ見出したる隙にて可能な限りの攻撃を繰り出す。
狙うは当然巨山の鳩尾。核を守護する肉の壁を、出来うる限り取り除こうというのだ。そうでなければ、ソフィアの準備している「最後の一撃」が必殺たり得ない可能性がある。
だが、思惑は残念ながら思うように軌道に乗れず、ライバルによる激しい抵抗により、難航を余儀なくされていた。
どうにか与えたダメージとて、治癒魔法を駆使されては修復されていく。
『人の身体がそうであるように、欠損級の損傷を与えることが出来れば、修復にも相当な消耗が伴う気がする。元が私たちと同等の「ライバル」なら尚更』
『問題は、それだけのダメージをどうやって稼ぐか……』
『現状では、軽傷を即座に修復される、というようなことの繰り返しですからね……』
『ガウゥ』
通常の治癒魔法では、失った血液までは戻らない、というのはよくある話。欠損級の損傷であれば、失った箇所を身体の別のパーツから少しずつ拝借し、形状を取り繕うような処置を施すというのが普通で。或いは「普通」というのなら、欠損パーツの断面を繋ぎ合わせる処置こそが、欠損回復で最も一般的な手法と言えた。尤も、どうあれ非常に高度な治癒スキルやアイテムが必須にはなるのだけど。
その点この巨山はどうかと言えば、高度でこそあれども普通の治癒系スキルでもって傷を修復しているようだ、と見て取った聖女クリスティア。
なればこそ、欠損級のダメージを与えることが出来れば、大きな消耗を与えることも出来る、という読みも正しいのだろう。
しかし、それだけのダメージを叩き出せるのならば苦労はないのだ。
嵐のような猛攻をくぐり抜け、数千メートル級の巨体へと挑みかかる。打ち込まれる技はいずれもが絶大な威力を孕んでおり、これがもし通常サイズのモンスターであれば、それだけで必殺たり得たかも知れない。
けれど今回ばかりは、相手が悪い。それほどの攻撃だとて、軽傷にしかならないというのだから酷い話である。
『これは、作戦が必要なようだな』
『どうするんです~?』
『ミコトちゃん、良い案はあるか?』
『おおう、急に振るね……そうだなぁ。こういうのはどうだろう』
現在もオルカと融合したまま活躍を続けているミコト。されども念話への参加に支障はなく。むしろオルカに身体の操作権限を預けていればこそ、得意のマルチタスクも相まって、ぽんと案を出すことが出来た。
彼女が提案した作戦は、チームミコバトを四つの班に分けてフィニッシュに繋げようというもの。
『まずは後衛班。スイレンさんや聖女さんには、引き続きバフを撒いてもらい、ソフィアさんは最後の一撃を準備。クラウはそれを守護』
『承知しました!』
『じゃんじゃん歌います~!』
『任せてくれ!』
『後衛は現状維持という感じですね』
激しい魔法の嵐が吹き荒れる中、ミコトに憑依したオルカの活躍は目覚ましい。神出鬼没の特性をフルに活用し、巨山の眼球や鼻の穴など、デリケートかつ防御の難しい箇所へ重たい攻撃を叩き込んでは、凄まじい逃げ足でどこぞへ消えるのだ。
これにより失敗した術もあれば、生まれた隙も大きく、ライバル個体にしてみればあまりに邪魔、邪悪な存在に思えていることだろう。譬えるのなら、やたら鋭い針を持つすばしっこい羽虫のようなものだろうか。
そんな活躍のさなか、ミコトによる説明は続く。
『次に妨害班。技の試練で会得した「ホールドパーツ」。これを奴に叩き込んで、決定的な隙を作ってもらおうと思う』
『『!』』
『奴の魔力のカタチに干渉しようってわけ?』
『そんな事出来るの?』
『ほんの一瞬で良いんだ。瞬発的に術の組み上げを阻止して不発を誘えれば、どうしたって隙にはなる。例えばそれが強力な魔法であればあるだけ、不発に終わったときのアドバンテージは大きなものになる』
ホールドパーツ。それは、魔力のカタチが引き起こす現象を、発動させぬまま維持するためのパーツ。すなわち、特殊な魔力のカタチ。
そも、スキルとは魔力のカタチが織りなす様々な現象を組み合わせることで、一つの「技」を形成する現象の集合体であり。
そんな複雑な仕組みであるからして、スキルシステムは自動的にそれらの現象を再現するようデザインされている。要はオルゴールのようなもの、とでも言おうか。予め設定されていた命令を完璧になぞらえることによって、緻密で高度な楽曲を奏でるのがオルゴールだ。それと同様スキルシステムも、複雑なスキルを手軽に、魔力や体力の続く限り何度だって再生することが出来る、というようなカラクリとなっている。
で、あるならば。ホールドパーツにより「滞り」が生じればどうなるか?
オルゴールに譬えるなら、突起がなにかに支えて回転が止まってしまうようなもの。プログラムに譬えるなら、命令式の一部にエラーが生じ、正常に実行されなかったような状態。
ミコトはそんなバグを、意図的に作り出そうと目論んでいるわけだ。
尤も、ソフィアのライバル個体が操る魔力は膨大。ましてソフィアのライバルと言うほどなのだから、魔力制御能力にも長けているだろう。ホールドパーツを外部から差し込もうにも、決して容易いことではないはずだ。
が、一瞬ならばと。たったの刹那に大きな力を込めてやれば、奴の繰り出す魔法の一つくらい不発に出来るのではないか、と考えたようだ。そしてそれが成れば、決定的な好機を生み出せるはずだ、とも。
『この妨害班には、魔力のカタチの操作に長けたメンバーを割り当てたいと思う。リリ、レッカ、クオさん、オルカ、ゼノワ、それと私……なんかが適任かな?』
名を呼ばれたメンバーたちは、いずれもが小気味の良い返事で応じ。
次いでミコトは次なる班を挙げた。
『三つ目はアタック班。役割は至極単純。妨害班の作った大きな隙に攻撃を叩き込んで、ソフィアさんの一撃が核に届くよう道を切り開くこと』
『よっ! 待ってたパワ!』
『担当はサラステラさんにココロちゃん、アグネムちゃんとイクシスさん。更に妨害班も、もし余裕があれば加勢して欲しい』
妨害班の手で上手く隙を作り出すことが出来たなら、今度こそ一斉攻撃のチャンス到来。主軸となるのはアタック班の四名であり、妨害班も可能な限りそこへ加わって巨山の鳩尾へ大きな損傷を与えようという作戦である。
『そして最後、フィニッシュを務めるのがソフィアさんの役割。上手く行けばこれで決着をつけられると思う』
『なるほど……良いな、賛成だ。皆はどうだ? なにか意見があれば述べてくれ』
『では一つ』
と、直ぐに声を上げたのは他でもない、トドメを担当するソフィアだった。
彼女は率直に、要望を伝えた。
『私もオルカさんのように、ミコトさんの身体をお借りしたいのですけれど。如何でしょう?』
『つまり、2P操作状態で最後の一撃を叩き込むってプランなのぜぇ?』
『確かに、それならより強力な一撃が出せそうではあるわね』
『けれど懸念もあります。2P操作状態での攻撃が、果たして「ソフィアさんの一撃」として通用するかは不確定ですし』
『妨害班からミコトが抜けるのは、正直不安要素』
『魔力のカタチを一番上手く操るのはミコトちゃんだからな……ふむ』
極端なことを言うのなら、もしもソフィアの繰り出す一撃だけで巨山を葬ることが出来るというのであれば、それだけで済む話ではあるのだ。
2P操作状態で繰り出される「最後の一撃」なら、当然絶大な威力になるだろう。仮にアタック班の攻撃が不十分に終わったとて、一発でひっくり返せる可能性すら秘めている。
が、挙げられた懸念もまた尤もなもので。2P操作を駆使することでソフィアは、ミコトへ憑依する形となる。つまり外見上はほぼミコトなのだ。そんな状態で繰り出されたトドメの一撃が、果たして本当にトドメたり得るのか。それはなんとも、確信の持てない部分であり。
更にもう一点。妨害班からミコトが抜けてしまう、というのも不安材料ではあった。
何せ、他者の魔力に干渉し、ホールドを噛ませるというのは非常に高度な技術となっており。そんな所業を、その分野でトップを突っ走るミコト抜きに実現する、というのは難度を大きく引き上げる結果になるのではないかと。
しかし、仮に2P操作状態で最後の一撃が有効に機能するのだとしたら、これほど頼もしい選択もない。
自己強化を制限されている状況下において、トドメとなる一発だなんて、強力であるほど良いに決まっているのだから。
要はミコトを妨害班に置くか、それともフィニッシュ班に置くかという話。
皆が一瞬考え込む中、いち早く主張したのはリリエラだった。
『バカ仮面を抜いても、妨害班は五人。それだけ居て、なに弱気になってんのよ!』
『だけど、妨害班は作戦の起点を作るのが役目だよ。ここで失敗したら、最悪取り返しがつかない』
『んなことは分かってんのよ! でもそれが何。バカ仮面抜きじゃ重責の一つも負えないって? 冗談じゃないわ!』
『……そのとおりなのぜぇ。ミコトの力は確かに頼もしい。けど、頼り切るつもりなんて毛頭ないのぜ!』
『ガウガウ!』
『ミコトにより重要な役割があるのなら、そっちに集中させてあげるのも私の役目』
事実、2P操作だなんてへんてこなスキルはミコト以外に使い手がおらず。なればソフィアの要望に応じられるのはミコトを置いて他にない、ということになる。一方、妨害班での役割ならばミコトが必須ということもないのである。
その点に鑑み、負けん気を漲らせ始める妨害班の面々。
『仮に2P操作状態でソフィアさんの一撃が、トドメにならなかったとしても。それでも間違いなく、核をガッツリ露出させるところまでは行けると思うんだよね。そうしたら急いで2P操作を解除し、最速で一発叩き込めば済む話だったりしない?』
『む。確かにそうかも知れないな……二の矢を差し込む算段もあるのなら、2P操作の実行はより有力な選択肢のように思える』
ソフィアが時間を掛けて繰り出す一撃の破壊力。その凄まじさはチームの誰もが知り、認めるところであり。
まして2P操作を踏まえた上でのものとなれば、核の露出まで持っていけるという確信は、もはや共通のものと言えた。
であれば、万が一トドメとして機能しなかった場合のリカバリーにも希望が持てる。よしんば猛烈な妨害があったとて、それこそアタック班が全力で道をこじ開ければいい話だ。
『相わかった。私は2P操作の使用を支持することにする。皆はどうだ?』
イクシスの問いかけに、いよいよ反対の声は潰え。
斯くして作戦は決定した。
ソフィアのライバル個体、巨山を打ち倒すための算段は、ここに整ったのである。




