第一八〇四話 VS ライバル 八
言ってしまうのならそれは、意図的に魔力災害を引き起こすようなものであり。
本来ならば決して、おいそれと実行できるような事柄であろうはずもなかった。
そも、大気中の魔力を意図的に変化させ、望んだ形に整える、という行為自体が至難なのだ。それは然しものチームミコバトにおいても同様で、ましてソフィアのライバルが制御している魔力に横入りしようというのだから、容易いはずもない。
ゆえにこそ、彼女たちは比較的簡単に再現できる魔力のカタチを選び、皆で集中的にたった一つの現象を起こそうとしたのだ。
火、である。
うねる莫大な魔力へと働きかけ、それらのカタチを「魔力の火」へと寄せてやった。
彼女らの試みは程なくして成果をもたらし、ライバル個体のまとめ上げんとしていた魔力の一部が、発火。
そしてそれは、徐々に周囲の魔力へとカタチを伝播させ、どんどんと燃え広がっていったのである。
同調圧力、というわけではないのだろうけれど。しかし不安定な魔力は時として、カタチの統一された魔力の塊に引っ張られ、同調するように自らカタチを変えることがある。
その結果が、これだ。
それはただひたすらに、壮絶な光景と言えた。
『まるで太陽が落ちてくるみたい……』
『言っている場合か! ここは私たちに任せて、PTストレージへ避難しろ!』
そう促したのはクラウ。
そんな彼女らの頭上には、正しく火の海が途方も無い厚みを伴って落下してくるような、そんな絶望的な景色が広がっており。
フォーカスしたなら狂おしいような炎舞。引きで見たなら一面の赤、或いはオレンジか。それはどこか、黄昏めいてもいた。
あれに巻かれて、何もかもが灰燼に消える。灰の世界が訪れる。それはあたかも、抗いようのない世の移ろいに溜息するような、そんな諦観を引き連れているようで。
だが、彼女は。いや、彼女たちは一切の怯えも諦めもなく、むしろ好敵手へ臨むかの如き心境にて対峙したのだ。
そうさ、今回彼女たちが「火」を選んだのには、カタチが比較的シンプルだったこと以外に、もう一つ理由があった。
クラウの後ろには、避難することなく四人、役割を抱えて勇ましく立つ者があった。
レッカとスイレン、更に聖女クリスティアとミコトである。
『はっは! 圧巻なのぜぇ……これ程の大火。きっと私の人生で一番の絶景!! 迸るその熱は、皆に代わって私が全て飲み干してやるのぜぇ!!』
チームミコバトの火力担当。攻めに加われば絶大な熱量を繰り出し。守りに転ずれば、あらゆる炎熱を無力化する。
すなわち此度の作戦、天より降り注ぐ滅日の火を、レッカの力で熱さを伴わぬただの爆風、衝撃波へ変換し。
そしてそれを、クラウが受け止め生き延びようという算段となっていた。
スイレン、聖女、ミコトに関してはバフ要員である。
『あっは~! こうなったらもうヤケクソです~!!』
『天使様に傷一つ付けるわけにはいきません。死に物狂いでサポートします!!』
『大丈夫大丈夫。まぁなんとかなるさ』
各々が意気込みを念話に乗せ、自分にできるベストを尽くす。
相も変わらず、真の意味で全力を出すことは出来ない、という縛りの中。立ち向かうべき手合は大厄災そのもの。
ソフィアのライバル個体が練り上げた術も思惑も、既にこれでもかと言うほどの破綻をきたし、当の彼女は身体の大部分を火炎に呑まれてしまっている。果たしてどの程度ダメージを負ったかは、今のところ未知数なれども、幸いにしてちょっかいを掛けてきそうな気配はなかった。むしろ火のもたらした熱と衝撃に、のっそり吹き飛ばされようとしているようにすら見え。山が倒れようとしている、というそれはそれで大変な有り様が、今にも間近で展開されそうになっている。正に世界の終わりめいていた。
『さて、では受け止めるとしよう……!!』
クラウによる号令。
そして、始まりである。
轟音、などと言えばチンケになってしまうだろうか。地面が振動するレベルの重低音が鳴り続き、聴覚を保護しなければあっという間に鼓膜など破裂してしまいかねない。
そんな音の中にあって、スイレンの奏でる音色だけは皆の耳へストレートに届くのだから大したもの。
もしもこの場にレッカが居なければ、とっくに彼女たちなど肌が燃え果てたか、はたまた血が沸騰したか。そんなレベルの熱波が、今は吹き付ける風、或いは巨大な圧力となって一点、クラウの盾へと伸し掛かるのだった。
彼女の足元にひび割れ。これでもミコトにより、床へ補強の地魔法を施した上でのこと。
周囲の炎熱を無効化しているレッカもまた、珍しく冷や汗など垂らし、余程踏ん張っていると見える。
聖女も災いを遠ざける聖域を全力にて展開し、炎熱と衝撃を和らげることに寄与しているものの、それでも尚この有り様である。
莫大な量の魔力を一点に集め、放出する。ただそれだけの行為も、極めたならここまでの事態が生じるものかと、流石に誰もが実感し、戦慄した。
だが、それでも。
『抗えている……見ろ、我々は……抗えている!!』
『っ……ぜぇ!!』
誰もが歯を食いしばり、汗水垂らし、血管すら浮き出るほどに力を振り絞る。
それでいて闘気を溢さぬよう、精神をコントロールしてみせる。その難題たるや、果たして如何ほどだろうか。
途方もない重圧を一身に受け、抗うクラウ。
莫大な熱量を無効化し、火傷の一切を遠ざけて見せるレッカ。
命の危機に誰より怯えながらも、懸命に歌い続けるスイレン。
聖域を展開し、皆の苦しみすら和らげる聖女クリスティア。
そんな全員の働きを、持ち前のマルチタスクにて同時に補助するミコト。
もしも星と星が衝突して、その激突に押し潰されるとしたらこんな感じだろうか、なんて。そんな想像をしたのは、前世の知識を有するミコトだけだろうか。はたまた他の皆も近いことを思ったかも知れない。
それほどに圧力、それほどの危機。
されども。
『……っし、ピークを抜けた!!』
『熱も、少し落ち着いてきたのぜぇ!!』
手応えから感じられるそれは、増すばかりだった負荷がようやっと衰えを見せたという、確信。波の類いでも、緩急でもなく。山場を乗り切ったという確かな実感があった。
されども油断はなく。むしろここまで来たのだから、力尽きてなるものかと。より一層の気合が活性化。真っ赤な天を一様に睨みつけ、後半戦へ移行しようとした、その時だ。
『っ! クラウ、魔法が来る!! 巨大な岩石!!』
『な、くぅ、こなくそぉぉぉぉ!!』
魔力察知などとっくのとうにバカになっていて当然。そんな嵐のごとく荒れ狂う濃密な魔力の乱れる中、されども気づいてみせたのはミコトであり。
彼女は遥か頭上より、それこそ隕石めいて迫る巨大な、岩盤めいた岩石が落ちてくるのを感知したのである。
誰の仕業か、など問うまでもない。ソフィアのライバルだ。火に巻かれ、ゆっくりと吹っ飛んでいる最中の彼女。あまりの質量がゆえ、スローにこそ見えるものの。しかしその身に受けた衝撃たるや、甚大だろう。
にも拘らず、岩石を生成し落としてきたのは、意地によるものか、はたまたサブプランでも予め用意していたのか。
何にせよ、対応を迫られ、最も大きな負担を強いられたのはクラウであり。そして。
『重量物には、重力魔法、ってね……!!』
ミコトである。
クラウの負担を少しでも減らすため、全力を傾け岩石の重さと勢いを軽減しに掛かる彼女。
が、それで殺し切れるほど軽いものであるはずもなく。
皆が身を低くする中、盾を傘のように構えたクラウが、とうとう岩石と接触。瞬間、これまでに輪をかけた重圧が彼女を襲った。
だが、それでも。
『ま、だ……まだぁああああ!!』
キツく歯を食いしばり、念話上では咆哮し。補強された足場へ靴を埋没させながら、クラウは力強く踏ん張ったのである。
ともすれば、激突の衝撃波により危うく吹き飛ばされかけた仲間たち。そんなことになれば、クラウの守備範囲やレッカの炎熱無効果範囲から飛び出し、あっという間に死んでしまう。それと分かっているがゆえ、誰もが死に物狂いでその場に踏みとどまった。踏みとどまって、自分にできるベストを尽くし続けていた。
そうして、どのくらい拮抗状態を演じただろうか。
数秒のようでもあり、数分のようでもあり、或いはそれ以上だったかも知れない。
ライバルが地面に倒れた拍子、生じたる衝撃もまた甚大なものであり。けれど彼女らはそれにも耐えて見せ。
そして、ある瞬間。
『ど…………っせえええええい!!』
岩石が派手に弾け飛び、一面を包むオレンジが冗談のように消し飛んだ。
発動したのは他でもない、クラウの有する盾スキル。受けた衝撃を数倍返しするという、シンプルにして絶大なる彼女の武器だ。
これによりとうとう状況は一変を見せたのである。




