第一八〇二話 VS ライバル 六
篩の迷宮R。三つの試練を乗り越え、隠しボスさえ打ち破り。そうして見えた最奥の、ボスと思しき一四の個体。
ライバル個体、と仮称される彼ら、或いは彼女らとの対決もいよいよ佳境へと差し掛かっていた。
ここまでに一三個体を撃破したチームミコバト。残すはソフィアのライバルに当たる、遠距離からの魔法を得意とした一個体のみ。
されども、そいつがここに来てとてつもない変容を見せていたのである。
『デ…………っ』
誰もが見上ぐるは天空。首が痛くなるほどに仰け反って、ようやっと見えるのが奴の下顎である。それはもはや、霞がかった先の景色。
全長にして、数千メートル級。そのスケールたるや、何の大袈裟も抜きにして正に巨山が如し。
『デカすぎるパワ……』
直前、アグネムのライバル個体を撃破したすぐ後に、それは生じたのだ。
人は不思議と、行き過ぎた「盛り」に迫力を覚え、やがては恐怖すら感じるものだが。このライバル個体の膨張がそれだった。
凄まじい勢いで体積が増し、巨大化していくソフィアのライバル個体。
ダメ元で攻撃をけしかけつつ、眺めていられたのは最初の頃くらいで。
それはドンドンドンドンドンドンと、際限というものを知らぬかのようにどこまでも膨らみ続けていき。
挙句の果てが、このザマである。
これにはもはや、呆れるやら、途方に暮れるやら。脅威の質量格差に脱帽。ともすれば武器を取り落とし、堪らず戦意を喪失したとてきっと、誰も責めることは出来ないだろう。それほどの「差」を、小さな彼女たちは感じ取っていた。
が、それで心折れるようならば、わざわざこのようなところに立ってはいない。こんなものと相対してはいない。
事実、あまりにバカバカしい光景に笑みを浮かべるものこそあれ、心がへし折れた者など一人としていなかったのだ。
『いいね、楽しくなってきた』
『ガウラ!』
『山のように巨大、とはよく聞くが』
『いっそなんだか笑えてくるわね』
『ココロ、不思議と燃えてきたのです!』
『分かるパワ。山を相手に喧嘩を売るようなものパワ。燃えるパワ!』
『熱いぜ熱いぜぇ!!』
『だからといって、自己強化や闘気は使うなよ? あの巨体で向こうもバフを使ってきては、流石にどうしようもないからな』
『それは地獄絵図……』
『気絶したくなってきました~……』
戦意にこそ違いはあれど、誰も逃げ出そうなどとは考えもせず。頭にあるのは唯一つ。
『それで、どう攻略するの?』
『切り崩すにも凄まじい労力が掛かりそうですね……』
『プチフリーズも効かなそう』
そう、如何にして彼の敵を攻略するかという、その一点であった。
差し当たっては元気な前衛組が、血気盛んに挑みかかっていくけれど。
もはや足元でじゃれつく子犬のよう、という形容すら虚しい。それどころか、蟻が象に喧嘩を売っているという表現すらも、この光景を前にしては大いに不足を感じるところ。
これから山登りにでも臨もうかという、テンションの高い登山家。さながらそんな有り様だ。かつてこれほどまでに山小屋が似合う敵が居ただろうか。いや居ない! 身体の五合目だの八合目だのにぜひとも宿泊可能な山小屋を設置し、数日掛かりで頂上を目指したい。
それほどの体躯。もしかすると足元と頭部では大きな気温の隔たりすら生じているかも知れない。甚大なる体格。
そんな、「途方もない」という言葉を具現化したかの如き化け物を前に。一人、キラキラと目を輝かせているものが居り。
『ああ……皆さん、御覧なさい。来ます、来ますよ! 彼女の魔法が!!』
それはまるで、降り注ぐ流星群を生まれて初めて目の当たりにしたような。そんな無邪気さでもって、彼女は降り注ぐ絶望の雨あられを予言したのである。
チームミコバトのスキル狂い。そう、スキル大好きソフィアさんとは正に彼女のことであり。
そしてそんなハイエルフの言葉通り、直後にそれらはやって来たのである。
敢えて月並みな言葉で表すのなら、それは正に……世界の終わりが如き光景だった。
天から落ちてくる、幾つもの巨大な火球。
それらはいっそ、巨大隕石さながらであり。内包する熱量は絶大。と同時、共に迫るのは無数の岩石だ。
ソフィアのライバルを巨山に譬えるのならば、これはもはや噴火にも等しいか、或いはそれ以上の事態と言えよう。
なにせ、その山が確かな殺意を持ってして襲い掛かってくるのだから。意図的な狙い、確かな標的を定めた噴火など、大災害という表現すら生ぬるく感じかねない、異常事態そのものである。
『う、うわぁあああああ!!』
『バカじゃないの? ねぇバカじゃないのぉ!?』
『とにかく避けろ! もしくは迎撃か防御だ!!』
念話上で相次ぐ悲鳴と混乱。勇ましさなど何処へやら。阿鼻叫喚一歩手前の狂騒だ。
ソフィアのライバルからしてみれば、恐らくはほんの小手調べ程度。大魔法でもなんでもない、ウォーミングアップにすらならない程度の、ほんのお遊びだったのかも知れない。
が、スケールの差というのは如何にも残酷であり。そのちょっとした準備運動が、小さき者たちにしてみれば致命的であった。
尤も、それが本当に致命をもたらすかと言えば、それはまた別問題なのだけれど。
何故なら彼女らには、抗う術が備わっているのだから。
地上から天へ向けて打ち上げられるのは、迫る星を打ち払わんとする迎撃の光。
或いは天蓋めいた障壁が傾斜のついた屋根のように設置され、受け流しも敢行される。
極めつけがおなじみの疑似転移だ。
それらを駆使することで、やはり難を逃れてみせたチームミコバトの面々。されども、こんなものはほんの序の口に過ぎなかったのである。
『どうやら、こちらの位置を大雑把にしか捉えられていないようですね。その分やることも雑です』
『でもでも、規模がいちいち狂ってるのです!』
『狙いを付ける必要すらないってことパワな!』
『デタラメ過ぎます~!』
ぬっとライバルが地を見下ろせば、たったそれだけで山が動いたも同然の迫力。不気味さたるや、ここに極まったようにすら見えた。「山がこちらを見ている」だなんて、これほど恐ろしい事もなかなかないだろう。あまつさえ、そこに確かな殺意があるのならば尚更だ。
幸いだったのは、それが物理アタッカーのライバルでなかった点だろうか。仮にそうだったとすれば、この規模の巨体が動き回るという、VFX盛り盛りのパニック映画が如き光景が繰り広げられていたことだろう。
尤も、流石にこの馬鹿げた巨体で従来の機敏な動きが出来るとも考えにくいのだが。
ともあれ、ソフィアのライバル個体は後衛型。ソフィア自身は動きも軽妙な、身軽なタイプの後衛であり、必要なら弓も扱えるし軽い近接戦闘もこなせるオールラウンダーな側面すら持ち合わせていたのだけれど。しかしライバル個体の方はと言えば、どちらかと言うと固定砲台型であるらしく。殆どその場から動く素振りというのは見受けられないでいた。
尤も、なればこそ繰り出される魔法の威力はほぼ青天井なのだけど。
どうやら先の魔法では仕留めきれなかったと見て、いよいよ本腰を入れた攻撃を開始する巨山。
その数々を、なんと形容したものだろうか。きっと週末戦争でだって、こんな光景は望めないだろう。
頭上を、或いは空を覆い尽くすような、一面の「破壊」。それが滝のごとく落ちてくるのだ。
かと思えば、それらは足元、地面を食い破るように、或いは変質させるように襲い来ることもあり。天地だけでなく、横から殴りつけるように、薙ぎ払うように襲いかかることもあって。
まるで巨大なドラム式洗濯機にでも突っ込まれたかのような、途方もない目まぐるしさに苛まれるチームミコバトの面々。
が、それでもしっかりと生き延びている辺り、大抵の戦いを無傷で乗り切ってきた実力がうかがい知れるというもの。
けれど。ソフィアのライバルからしたなら、それが気に食わなかったようだ。
『! 注意して下さい! なにか大きな攻撃が、来ます……!!』
それはソフィアから発せられた、珍しく緊張を孕んだ警告。それでいて興味と興奮もきっちり孕んでいる辺り、実に彼女らしいことではあったけれど。
ともあれ、彼女のライバルはいよいよ大技を繰り出さんと決めたらしい。
暴風が如き魔力のうねりは、驚いたことにほんの余波に過ぎず。その巨体のうちに流るるは、大河めいた魔力の本流。
それらは天井にて、一つの終演を形作るかのようであり。
『これが奴の、全力か……』
『うん……ちょっとムキになってるみたい』
『大人げない』
『言ってる場合!?』
『「終わり」が、落ちてくる……!』
ともすれば文明すら容易く消し飛ばしかねない。そんな魔法が、完成めがけて組み上がっていく最中であった。




