第一七八七話 心臓
思えば、技の試練で見つけた石の扉。そこに仕込まれたギミックを解き明かし、ハウスマスターだなんておっかない敵を妥当せしめ、ついには【マイハウス】だなんて特殊なスキルと、『鏡像の仮面』っていうとんでもアイテムをゲットする、っていう。
何ともイベント盛りだくさんだった探索も、ようやっと一区切り。
通路を通って無事、一人の欠けもなく技の試練フィールドへと戻ってくることが出来たわけだけど。
しかし、よくよく考えてみると「次」が示されていないことに気が付く。
「結局通路の奥にはポータルも何もなかったけど、これから私たちって何処へ向かえば良いんだろうね?」
疑問を皆へ投げかけてみれば、返ってきたのは難しい顔。誰も答えを持ち合わせていないらしい。まぁ、それはそうか。
というか……考えてみたら今の状況、結構際どいのかも知れない。
だってそうだ。これが普通のダンジョンだって言うんなら、出入り口へのルートが確保されており、ポータルなんて無くても頑張れば脱出できるようになっているのが常。
ところがこの迷宮の場合、事情が大きく異なっており。特にこの技の試練フィールド、入るのも出るのもポータルによる転移だとか、或いは扉を潜っての転移とか、そういう感じで行われたわけで。
要するに……今の私たちの状況を端的に表すなら、「得体の知れない空間に閉じ込められている」ってことになりやしないだろうか?
もし出口が存在しないのだとすると、最悪の場合このフィールドで一生を終える、なんてことも……?
なんて、嫌な想像に仮面(鏡像の仮面を早速愛用している)の下で顔を青くしていると、口を開いたのはイクシスさんだった。
「まぁどうあれ、我々には一先ず休息が必要だ。ハウスマスター戦での消耗は大きいからな、一度しっかりと休みを取るべきだろう」
「となると、向かうべきはゲストハウスですね」
聖女さんが一つ頷き、次なる目的地を示唆した。勿論誰からも異論は出ない。確かに疲れたし。
けれど、異論の代わりに出たものがあった。
それはオルカから。異変を告げる報であり、ともすれば警告のようにすら聞こえる、思いがけない言葉。
「マップを見たんだけど。そのゲストハウス……無くなってる」
「「!」」
これには皆が一様に目を丸くし、次の瞬間には自らもマップウィンドウを展開。そして、彼女の言葉が本当であることを認めたのだった。
ゲストハウス。この技の試練フィールドにおける私たちの活動拠点にして、仮の住まい。大変にお世話になった場所。
それがどうしたことか、マップの上では影も形もなくなっているのである。
まさかと思い、誰からともなく駆け出した。実際に自分の目で現場を確認するためだ。
不規則に立ち並ぶ木々をすり抜け、雑木の織りなす林を抜け出したなら、ゲストハウスの裏手に出るはず。
ところが、だ。
「これ、は……」
ようやっと視界の開けたそこにあったのは、私たちの見慣れた光景にあらず。
マップの示した通り、忽然とゲストハウスの消え失せた、ガラリと広い平らな土地。馴染の広場も相まって、やけに広大に見える。
驚き、と言うよりは……なんだろう。形容の難しい衝撃が胸中を駆け、誰もがしばし言葉を失っていた。馴染の建物が跡形もないっていうのは、それだけショッキングなものなのだ。
が、いつまでも呆然と立ち尽くしているわけにも行かない。
「ねぇあれ、見て」
そう指し示したのはクオさん。皆もそれに気づいてはいただろうが、こうして注目を促されたことで、それを話題にあげる切っ掛けとなる。
私たちの視線が集まった先。そこにはぽつんと一つ、白い石碑が立っていた。私たち冒険者にとっては今や馴染みの深い、ワープポータルだ。
思いがけない形で、「先へ進むための道」が示されたことになる。恐らくあのポータルから次のエリアへ進めるってことなんだろう。
そのことに安堵を覚えつつ、しかし何故にゲストハウスが消えたのかと、不思議がる声もチラホラあり。
「やはり、ハウスマスターに関わりがあった、ということだろうか?」
「まぁ事実として、ゲストハウス滞在中に使ったスキル類は、軒並み網羅されたわよね。それで無関係ってこともないでしょ」
「名前もハウス繋がりですしね~」
「ハウスマスターが居なくなったから、ゲストハウスも無くなったってこと?」
「何なら、ゲストハウスがハウスマスターの一部だった可能性すらあり得ます」
「グゥ……」
「それは何だか、キモいのぜ!」
実態がどうであれ、きっとハウスマスターがゲストハウスの管理者だった、っていうのは間違いないのだろう。だから奴を倒したことにより、ゲストハウスも消滅してしまった、と。
……あ。ちょっと待って、大事なこと思い出した。
「ハウスマスターの一部って言えばさ……ドロップアイテムについて、ちゃんと調べてなかったね」
「「!」」
なんやかんや衝撃的なことが続いたせいで、他の皆も意識から抜けていたらしい。回収忘れ防止って意味でも、ストレージが使える環境下でなら勝手に収納されちゃうし、その仕様も相まって失念していたようだ。
特典部屋で一度話題にあがったものの、結局また意識から外れていたというのだから間抜けな話である。
が、こうして思い出してしまえば居ても立ってもいられない。
「言われてみればその通りぱわ!」
「確認だ! 今直ぐ確認するぞ!」
「チーム共有のPTストレージに自動収納されてるはず」
「あ、ありました~! 多分これですよね~!?」
「名前は、『クリスタルハート』ですか」
今回も鑑定を担当するのはイクシスさん。ということで、代表して彼女がPTストレージよりそれを取り出してみたなら、一斉に皆の視線がそこに集中し。そして、誰も彼もが釘付けとなった。
クリスタルハート。名前こそ然したる飾り気もないシンプルなものだけれど、それの示す品は世にも美しい何かだった。
一言でそれを言い表すのなら、名前の通り水晶で出来たハートでしか無いのだけど。その内部には星空さながらの小さな光の粒子が無数にたゆたっており。正しくハウスマスターを彷彿とさせるような代物と言えるだろう。
漠然と、凄まじい力を感じるそれは、されども見た目から用途を察することは出来ず。よもやこれを心臓の代わりに移植すればとんでもない力を発揮できるようになる! なんてことは無いと思いたいが……いかんせん出自も出自なら、不思議で溢れているこの世界基準に鑑みても、絶対に無いとも言い切れないか。
して、これに一体どんな力があるのか。そして気になる使用用途とは如何に。早速イクシスさんが鑑定を開始し、結果をじっと待つ私たち。その間も自然と視線はクリスタルハートを気にしてしまう。まるで極上の宝石を前にしたご令嬢の如し。
実際、どんな宝石と見比べたところで、これに優るものなど無いだろう。そう思わせるほどには美しい物体である。売ったらめっちゃ高そう。
いささか俗物的なことも考えつつ、鑑定が終わるのをじっと待っていると、やがてその時は訪れた。
訪れたのだが……なんだか、鑑定を担当したイクシスさんの様子がおかしい。
その表情は晴れず、首は傾げられていた。
「うーむ……ぶっちゃけ、分からん」
飛び出したセリフは、まさかのお手上げを示すものであり。これにはギョッとする私たち。
イクシスさんの鑑定スキルと言えば、チームミコバト内に限らず、恐らく世界的に見たって最上位クラスのもの。まして普通の鑑定持ちなんかとは比較にもならないほど様々なものを目にし、肥えまくった鑑定眼にかかれば正体を暴けないものなどあり得ようはずもなし。
と、言いたいところなのだけど。実際そんなイクシスさんの鑑定を持ってしても、このクリスタルハートは得体が知れないのだという。
「少なくとも、武器ではないようだ。それくらいは分かる」
「武器でないなら防具ぱわ?」
「或いは消耗品の類でしょうか?」
「スキルキューブの一種かも知れません!」
「普通に飾っておくためだけのアイテム、とか」
飾っておくためのアイテム……なるほど。ハウスマスターが落としたアイテムだから、拠点に何らかの効果をもたらすタイプのアイテム、って可能性もないとは言い切れない。案外的を射てるのかも。
とは言え、他の可能性も現状では否定しきれるものでもないし。これは一つ一つ可能性を潰す作業が要るかも知れないね。
もしそこまでして正体が分からないようなら……本当に、飾っておくくらいしか無いのかな?
まぁ、何にせよ。
「一旦ミコバトに潜るためにも、ポータルを使って先に進むためにも、一度何処かで休息を取りたいところではあるね」
話はここに戻るわけだ。
ゲストハウスで休憩するつもりだったのが、ご破算となってしまった現状、代案として用いるべきは……やっぱりアレかな。




