第一七七八話 彼女の安否
ニセ子の安否を確かめるため、仲間たちに背を押されてミコバトへとダイブした私。
やってきたのはいつものように、取り敢えずのトレーニングモードである。最早こここそがミコバトにおけるホームみたいなものだからね。
して、ニセ子がここに居てくれるなら、それに越したことはないのだけど……。
「…………」
地平まで続く白く平らな地面。ぽつんと立っているのは私と、それからトレモちゃんくらいのもの。
ニセ子の姿は……何処にも見当たらなかった。目視だろうと気配を探ろうと、彼女を見つけること能わず。どうやらここには居ないみたいだ。
他の何処かに居るのか、それとも本当に死んでしまったのか……。
トレモちゃんの姿を見ても、後ろめたい気持ちになる。彼女はサポートトレモちゃんとは別物だけれど、とは言え見た目は殆どそのまんまだし。再召喚が出来るようになったなら、余波に巻き込んでしまったことをちゃんと謝らなくっちゃならない。
っていうか、いい加減トレーニングモードのトレモちゃんと呼び分けるため、専用のあだ名とか付けてあげるべきかも知れないね。お詫びも兼ねて、何か考えておくとしよう……お詫びと言えば、彼女専用の装備を贈る、みたいなことって出来ないかな? それも含めて考えておくか。
と、思考が逸れてしまったけれど。
今はニセ子を探すことに専念しなくちゃ。
「トレーニングモードで見つけられなかったからって、諦めるには早いよね。何処か別のモードに潜ってる可能性はある。それを探そう」
展開したのはミコバト用のウィンドウ。各種モードへの移動や設定の変更などが出来る、一種のコンソールと言っていいだろう。或いは単にメニュー画面やオプション画面と表すべきか。
これを駆使すれば、概ね誰がどのモードに潜りプレイ中かを確認することが出来る。
それというのも、ネットゲームよろしくミコバトには「部屋を立てる」という概念が存在しており。ニセ子もまた、いちプレイヤーとしての扱いを受けているために、何処かのモードに潜っていれば部屋が立つ仕組みとなっている。
観戦許可設定の施されている部屋なら、観戦ウィンドウから中を覗くことが出来るし、参加可能な設定の部屋なら実際お邪魔することも出来る。
なので、何処かにニセ子の立てた部屋がないか、しっかりと確認していくわけだ。
「……ニセ子……どこ……?」
呟きながら、忙しなく操作を続ける私。
けれどなかなかそれらしいものは見つからず。そもそも、ミコバトを利用する面々は今、軒並み現実世界に居るのだ。だから部屋が立っていれば、それ即ちニセ子の立てたものである可能性が極めて高いのだけど。
しかし、どのモードを確認してみても、部屋自体が立っていない。
ということはつまり、ニセ子はどこにも居ないということ……?
「いや、可能性が潰えたわけじゃない。部屋を非公開設定にして立てれば、他者から確認できないようにすることも可能ではある……」
もしもニセ子が、そういうプライベート設定で部屋を立てて、何かしらのモードに挑んでいるのだとしたら、彼女を捕捉するのは不可能……いや、何か方法はあるのかも知れないけど、少なくとも今の私はそれを知らない。
なら、どうしたら良い……?
探すには探した、けれど見つからなかったって言って皆のもとに戻るべきだろうか。或いはもう少し粘ってみるべきか。
せめてなにか痕跡とかあれば、彼女がどうなったか推測することも可能だろうに、現実と違って仮想空間内では、存在を痕跡からなにから根こそぎ消されたりリセットされたり、なんてのは珍しくもないから。もし彼女が死んでいたとしても、ニセ子の遺体だって残ってやしない。
兎にも角にも、情報を確定させたい。彼女が健在で居るのか、はたまた息絶えて消えてしまったのか。それがハッキリしないことには、弔って良いのかどうかすら判断がつかないのだから。
「手掛かりでもあれば……あ、そうだ。ミコバトのログを漁れば……!」
例えば、このトレーニングモード内でポコンとトレモちゃんを叩いた場合、頭上にダメージ表記が生じる仕様となっている。
つまりは、ダメージすら数字というデータとなって現れる。ここはそういう空間なのだ。
であれば、ニセ子が私を庇い、大ダメージを負ったあの出来事も記録に残っているかも知れない。更には、その後どうなったかも。
ただ、アレは現実と結びついた、半端な状態のトレーニングモードで生じた出来事だ。本当に記録が残っているかも怪しいし、そうでなくたって記録が何時までも残っているわけじゃない。不要なログは消されるのが常。そうでなくっちゃ、どんな大容量の記憶媒体だっていつかはパンパンになってしまうから。
とは言え他に手掛かりらしきものも無いのだ。藁にも縋るような思いで、ウィンドウを操作しログを遡っていく私。
「! 【ネザースレッド・コード】で現実と繋がったことも、ちゃんとログに残ってるんだ……もしかして仕様に組み込まれてる、正常な挙動ってこと? いや、そんなことよりニセ子は……」
ログの中には、例の専用スキルでトレーニングモードが現実と接続、及び切断されたことも記録されているようだった。そのことから、【ネザースレッド・コード】による無理やりなミコバトへの介入が行われた、というわけではなく。もしかすると初めから、現実と繋がることも想定されたうえでデザインされたものだったのかも知れない、という推察が成り立つ。
が、そんな考察よりも今はニセ子だ。まるでターン制RPGの行動ログよろしく、箇条書きで様々な事柄が表記されている膨大な文字列。それらをザッと読み解き、程なくしてニセ子が力尽きた、というログを確認。
「やっぱりHP的にはゼロになったんだね。で、そのあとは……」
肝心なのはこの先だ。ニセ子はトレーニングモードの、延いてはミコバトの仕様に則り、復活を遂げることが出来たのかどうか、という部分。
もしも復活を示す表記が見つからないのであれば、彼女のロストは殆ど確定的になってしまう。が、もし復活したという表記を見つけることが出来れば、彼女がまだミコバト内に存在していることの証となる。
しっかりと目を凝らし、膨大なログに目を走らせる私。
すると……。
「あれ、お姉ちゃん何してるの。いくら鍛錬バカだからって、ハウスマスター戦直後に潜ってきたの? 流石に度が過ぎてない?」
「!?」
聞こえてきたのはそんな、私とそっくりな声。
バッと振り向けば、私にそっくりな彼女がそこには居り。なんだか呆れた様子でこっちを見ているではないか。
「い、い……」
「い?」
「生きとったんかぁ、我ぇ……」
「まぁ、生きてるけど。お姉ちゃんこそキャラ崩壊、大丈夫そ?」
そう、ニセ子である。こっちの気も知らず、なに食わぬ調子で顔を見せた彼女。
そんなニセ子を見て、思わずへなへなとへたり込む私。本当ならもっと、声を張って言いたかったよ。例のセリフをさ。顔芸とか含めてさ。
けど、実際にこういうシチュエーションがやってくると、思った以上に余裕がないというか。
なんか……心底安堵してしまった。
どうやらミコバトは、問題なくニセ子をリポップさせることに成功したらしい。結果として、当たり前のように彼女は存在している。
当たり前だからこそ、ニセ子側からすれば私の様子こそおかしく思えたのだろう。酷い温度差を感じる。感動もへったくれもありゃしない。
「……何処にいたのさ」
「そんなの、適当に部屋立てて戦ってたに決まってるでしょ」
「部屋なんて何処にも見当たらなかったけど」
「あー、邪魔が入るの嫌いだから、基本的に部屋は非表示設定にしてる」
「おぉぅ……まぁ気持ちは分かるけども」
ニセ子は私をコピーして生まれた存在。けど、性格って面では差異があるようで。いささか内向的な気が見て取れる。加えてチームミコバトメンバーと対面してから、まだ日が浅い。そうしたバックボーンもあり、基本的に立てた部屋が他の人から検知されないよう、非表示設定を採用しているらしい。
その結果として、私はニセ子の立てた部屋を見つけられず。今の今まで安否確認が出来ずにいたというわけだ。
私の脱力ぶりを目の当たりにし、何処か気まずげにしている彼女。
「めっちゃ、心配したんですけど」
「それは……なんか、ごめん」
ついと目を逸らし、ポリポリと仮面の上から頬を掻きつつ謝罪を口にする彼女。
悪いと思ってくれているのなら、これ以上責めるような真似も要らないだろう。
それより他に、言うべきことがある。
「それと、護ってくれてありがとう。正直、ニセ子のおかげで勝てたまである」
そうさ、大変にショッキングな体験だったとは言え、ニセ子が体を張ってくれたからこそ、あの光景を目の当たりにしたからこそ、私はオーラ体へと至ることが出来た。頭を真っ白にし、純粋にハウスマスターを倒すことだけに執着することが出来た。
結果として、『赫閃絶界・赤過両断』っていう超必殺技を繰り出すことも出来たわけだし。そういう意味においては、感謝しなくちゃいけない。
まぁ、メチャクチャ心臓に悪いため、二度とああいうのはゴメンなのだけどね。身内が自分を庇って命を落とすだとか、ホントに……それで言うと今なら少しだけ、イクシスさんの痛みが分かる気がした。
彼女の場合、魔王戦で力を使い果たしたところで魔王の悪足掻きに遭い。旦那さんに護られての別れだったって話。鬱憤を晴らす機会すら与えられず、さぞきつい思いをしただろう……想像するに余りある経験だ。
なんて思考を逸らしかけていると、ふとニセ子の発する空気がいささかドンヨリシていることに気づく。
「ホントは、もっと格好良く助けたかったんだけどね。正直力不足を痛感した……死ぬほど悔しい」
「ニセ子……」
独白。彼女が口にしたのは、私を庇った時のことだろう。
ニセ子の理想としては、私のピンチを華麗に救い、ミコバトには私が居るぞと力強くアピールするつもりだったのかも知れない。
実際あの時は、絶好の機会だったと思う。事実としてニセ子に救われたわけだし。
けれど残念ながら、ニセ子には力が足りなかった。ハウスマスターの一撃を退ける力も、耐久力も持ち合わせていなかった。だから倒れた。
そのことをニセ子は、存外重く受け止めているらしい。
……いや、もしも私が彼女の立場だったら、と考えたなら痛いほどに理解できてしまう。なればこそ、今しがたまで一人部屋を立てて戦っていたというのも納得の行く話だった。鍛錬せずには居られなかったんだろう。
だからこそだろう。
俯いていた顔を不意に上げ、ニセ子は私を正面に見据えると、まるで誓うかのように宣言したのである。
「私、強くなるから……見てて。私がお姉ちゃんの『切り札』になってあげる」
それはどこまでも頼もしい、彼女の野望。
実際、ニセ子は私と同等の力を発揮できるだけの、強烈なポテンシャルを秘めている。
ミコバト内にしか存在できないという曖昧な在り方ながら、しかし【ネザースレッド・コード】発動中に限っては、現実世界でもその力を振るうことが許されている。
であるならば、なるほど。確かにニセ子は私の切り札にだってなり得るのだろう。
「いいね、それ……わかった。ならニセ子が存分に暴れられるよう、私も【ネザースレッド・コード】の強化に努めようかな」
「そう、それ大事。私がせっかく強くなっても、スキルのせいで力を制限されるとか白けるから。お姉ちゃんも頑張って」
成長するニセ子に対応できるよう、私も負けじと専用スキルを育てて行く必要がある。なんだかそれって、非常にやり甲斐のある課題じゃないか。
互いの努力が互いの力を引き上げる。なんてロマンのある構図。
今回の体験を経て、新たな目標を得た私たち。転んでもタダでは起きないとは、正にこのことか。
コツンと拳をぶつけ合い、相互の頑張りに期待と激励をかける。
私たちは、どうやらまだまだ強くなれるらしい。




