第一七七七話 説教
『────うん、敵の気配は感じられない』
『同じく。倒せたと見て間違いないと思う』
そのように太鼓判を押したのはオルカとクオさん。勿論私もオーラ体の感知能力を活かして索敵を行ったけれど、ハウスマスターは疎か、その他の敵性存在を感じ取ることは出来なかった。
このことから、どうやらようやっと隠しボス戦、というかハウスマスター戦は終りを迎えたと見て間違いないようだ。
それを裏付ける、最も明確な要素として、すっかりシッチャカメッチャカになったこの空間、その最奥に扉が一つ出現したのである。
さながらそれは、ダンジョンにおける特典部屋へ通ずる入口が如し。同様のものであるとするなら、きっとあの奥にはご褒美が用意されているに違いない。
ともあれ、安全を確かめた皆はようやっと肩の力を抜き、闘気や維持していたスキルなどを解除して脱力した。
私もまた、オーラ体や【ネザースレッド・コード】など、諸々を収めて戦闘態勢を解き、ふぅと一息。
ミコバトと現実の結びつきが解かれたことで、トレーニングモードめいていた一部の空間は消え去り、元のボス部屋へと姿を戻す。
そんな変化を見送りながら、胸中に漂うのは喜びでも安堵でもない、なんとも複雑な思いだ。
「ニセ子……」
戦いの中で、仲間に犠牲を出してしまった。私にとっては初めての経験だ。
そのことがショックで、とても気を取り直すことなど出来そうにない。
うっかりサポートトレモちゃんを巻き込んでしまったのも大きな反省点だし……今回は本当に酷いものである。
まぁトレモちゃんに関しては、明日になれば再召喚も可能らしいから、問題無いと言えば無いのだけれど。それでも申し訳ないことをした、という思いはある。さっさと送還しておくべきだった。
ため息を吐きつつ、すっかり変わり果てたボス部屋を見渡す私。皆もまた、私を気遣ってか敢えてニセ子については触れず、別の関心事をチラホラと口に出していた。
「最後の一撃、とんでもなかったわね……オーラ体はここまでのことが出来るわけ?」
「もしかすると、流石の迷宮も修復不可能かも知れないのぜぇ」
「底も果ても見えない斬撃跡ですからねぇ~……ぱないです~」
最も注目を集めているのはやはりと言うべきか、私の超必殺技、その余波で生じた大規模な破壊跡であり。幅にして十数メートル、奥行きは何処まで続いているとも知れない、深々とした亀裂、或いは隙間が悍ましいまでに刻まれていた。
こんなことを成して、反動は受けなかったのか、身体に影響はないかと案じてくれる声もチラホラと掛けられるけれど。
「うん……特に身体に影響は無いかな。生身では絶対撃てないだろうけど、思ったとおりオーラ体なら平気みたい」
自身の調子を確かめつつそのように答えてみれば、関心半分羨望半分。追いつけ追い越せの精神、実に結構なことである。
そんな彼女らを微笑ましくも頼もしく感じつつ、されどもやはり気持ちは晴れず。
私の内心が察せられてか、皆も何処か気まずげだ。
実際ニセ子と皆の関わりというのは、そこまで深いものではなかった。というのも、誰に似たのかニセ子は鍛錬バカであり、殆ど常にミコバト内で何かしらのモードに籠もって戦闘を繰り返していたのだ。
そのため彼女と遭遇した、という話は殆ど聞かず、すっかりレアキャラ化する始末。
それでも、仲間であるという意識は皆ちゃんと持ってくれていたのだろう。心眼は彼女らの中に、確かな悲しみを見て取った。そのことだけが、今は少しだけ嬉しい。
と、そんな時だった。
何時までも凹んでいる私を見かねてか、声を掛けてくるものが一人。イクシスさんだ。
「なぁミコトちゃん。ニセ子ちゃんは、本当に死んでしまったのだろうか?」
「!」
「現実と繋がったとは言え、ニセ子ちゃんの死はミコバト内での出来事である、とも言えるだろう? ならば、もしかすると彼女は仮想空間内で復活を遂げているかも知れない」
「……たし、かに」
彼女の言うことは分かる。というか、私自身その考えには既に至っており。なればこそ心折れずに済んでいるわけだけれど。
しかしだからこそ、怖くも感じているのだ。
「でもさ、もしもニセ子を探しにミコバトへ潜って、それであの子を見つけられなかったら……」
「ミコトちゃんはそれを恐れているんぱわな」
「ガウラ……」
まるで爆弾低気圧の直撃でも受けたように、ずんと重たくなる空気。ますます気も滅入ってくる。
なかなか誰も、発するべき言葉を見つけられないのか、沈黙が数秒続いた。
するとそんな中、不意に凛と声を響かせるものがあり。
「だったら、もう二度とミコバトには立ち入らないって、そういうワケ?」
「! リリ……」
「鍛錬バカのあんたに、そんな選択肢があるわけ無いでしょ」
波一つ内水面に石を投げ込むように。まっさらな雪原に爆弾を投じるように。リリは私をまっすぐに見据え、言葉を紡いだ。
「あんたの気持ちも分からないじゃない。けど、それじゃダメだって私は思う。あんたはあの子を探しに行くべきよ」
「…………」
「見つけたなら喜べば良い。もしも見つからなければ、ちゃんと弔うべきよ。違う? 確かめもせず宙ぶらりんにしておくなんて、それこそ身を挺してまであんたを護ったあの子に対して、一番失礼な態度だとは思わないわけ?」
「っ!」
説教。それはまさに、リリによるお説教であった。
ガツンとぶん殴られたような衝撃、なんてよく言うけれど。彼女の言葉に私は、正しくそれを体感した思いであり。強い納得を手にしたのである。
リリの言う通りだ。宙ぶらりんの今の状況は、謂わばシュレーディンガーの猫も同然。確認しさえしなければ、彼女が生きている可能性を損なわずに済むという消極的な希望を大事に抱えているような状態だ。
けど、本当にニセ子が生きているのであれば、そんな彼女を私は放置しようとしてるってことになる。
逆にニセ子が死んでしまっているのだとしても、彼女を弔いもせず、お礼を言うことも、謝罪をすることも出来ないまま放ったらかしだなんて、そんなのはあんまりじゃないか。
どちらにせよ、確かめに行かなくちゃならない。それはきっと、私に課せられた義務なのだろう。
そのことに、気付かされた思いだ。良い仲間を持ったって心底思うよ。
「だね……リリの言う通りだ。私が間違ってたよ」
「ふん。分かったのなら、さっさと行ってきなさいよ。現実の身体は、私が責任を持って見ててあげるから」
「リリエラちゃんがこれみよがしに好感度を稼いでる!」
「抜け駆けとは許せませんねぇ……」
「処すのです? 処すのです?」
「ええい、絡んでくるんじゃないわよ! 空気を読みなさい空気を!」
今しがたまで格好良かったのに、崇拝組に取り囲まれてコメディサイドへ呑まれていくリリ。締まらないな……。
とは言え、私のやるべきことは決まった。
と、そこへ。
「守護と聞いては私を頼ってもらわねばな!」
「クラウ……って、誰よりボロボロだけど大丈夫?」
「ぶっちゃけ大丈夫ではないが……まぁ、ダイブ中のミコトを守護るくらいはやってのけるさ。今強がらずしていつ強がるという話だしな。私にも格好をつけさせてくれ」
「って言っても、敵影はないから平気。それに私も見張ってるから」
「オルカ……うん、ありがと」
クラウは『赫閃絶界・赤過両断』の余波から皆を護るために余程頑張ったらしく、何時にないほどボロボロの姿を晒していた。装備も傷んじゃってるし、暇を見て修復してやらねばなるまい。完全装着と治癒を組み合わせた、装備メンテサービスは私の得意とするサポートテクの一つだから。折を見てきっちりケアさせてもらうとして。
オルカも見張りに立ってくれるというのなら、頼りになるどころではない。っていうかあんまり守護だの見張りだのと主張されると、逆に変なフラグが立ちそうで怖いんですけど。
しかし彼女たちに限らず、すでに先へ進む扉は出現してるって言うのに、そちらへの好奇心をそっちのけにして、気遣いを見せてくれる面々。
そんな皆の厚意を暖かく感じながら、ストレージよりマイベッドを取り出す私。
徐ろにそこへ身を横たえてみれば、それを取り囲むチームミコバトメンバーたち。
「……なんか、囲まれてると居心地悪いんですけど」
「いいから、さっさと行ってきてください。あの扉の先には未だ見ぬスキルが待っているかも知れないのですから、巻きでお願いします」
「ガウガウ」
「あ、はい」
ソフィアさんに急かされながら、いよいよミコバトへと潜る私。
ニセ子……無事だと良いのだけど。




