第4話
1月3日。
支度をして部屋を出ると、啓輔も寝起きの顔で出てきた。
「おはよ。」
明日香は声をかけた。
「おはよ、仕事?」
「そっ。行ってきます。」
「いってらっしゃい。夜にこっち戻るから。」
「わかった、気をつけてね。」
明日香は下に下りていった。
家を出ると、大地が出てきた。
「おはよ。」
「おはよ。」
二人はいつも一緒に出勤している。
「忙しいかな。」
大地がため息まじりで言った。
「どうだろ?まだ三日だからね。」
「なぁ、今夜飲まないか?新年会しようぜ。」
「いいよ。」
バイト先は、洋食屋さん。
大地は厨房で、明日香はウエイトレス。
出勤時間も、休憩時間も、上がる時間も、いつも一緒。
明日香は気づいてないが、大地が全部明日香のシフトに合わせてシフトを出しているのだ。
休憩中。
「そういえば、従兄弟帰ったのか?」
大地はまかないをほお張りながら言った。
「なんかしばらくこっち居るみたいよ。」
「そうなんだ。」
「なんで?」
「いや、よくわかんない。」
「そういう大地がよくわかんないよ。」
明日香は笑って言った。
二人が働く洋食屋は、リーズナブルでおいしいと評判のお店。
新年早々、満席だった。
夕方からのバイトと入れ替わり、二人は上がって駅前の居酒屋に入った。
二人が職場の店を出て、楽しそうに歩いて居酒屋に入るとこをみていた啓輔。
啓輔は、早く戻れたから最寄の駅まで明日香をバイクで迎えにきていた。
楽しそうな二人に距離を感じた・・・。
啓輔はそのまま明日香の家に帰った。
ああやっていつも一緒にいるのに、なんで大地さんは気持ちを伝えないんだろう。
明日姉のことを好きなのは間違いないようだ。
不安な気持ちが苛立ちに変わる。
啓輔はビールを一気に飲んだ。
その頃、明日香と大地は居酒屋を出て帰る途中。
「飲んだな。」
「うん。気持ちいい。」
明日香は欠伸をした。
「なぁ、明日香。」
「ん?」
「お前、従兄弟のこと好きか?」
大地の突然の言葉にびっくりした。
「なんで?」
「この前、手つないで歩いてたから。」
見られてたんだ。
「た、たまたまだよ。あたしがすぐ迷子になるからって」
「ふ〜ん」
大地の返事はそれだけだった。
二人は、小学生のときによく遊んだ公園に通りかかった。
「久しぶりに寄ってく?」
「うん、いいよ。」
明日香が答えると、大地は笑みを見せ公園に入っていった。
この公園には、回るジャングルジムがある。
よく二人で遊んだものだ。
「懐かしい!」
明日香はジャングルジムに乗っかった。
大地が軽く回して自分も乗った。
「こんなに小さかったっけ?昔は大きく見えた。」
明日香が言った。
「そうだな。身長が伸びたんだ。」
「うん。」
しばらくくるくる回ると、
「なぁ、明日香。」
「なに?」
「好きだ!」
「え?」
明日香はキョトンとしている。
「お前が好きだ!」
大地は間違いなく、明日香に好きだと言った。
少しスピードが落ちてきたとこで明日香はジャングルジムから降りた。
続いて大地も明日香の前で降りた。
「うそ・・・」
「うそじゃないよ。初めて会ったときから明日香が好きだったんだ。」
「だってあの時・・・」
中学3年
明日香は、大地に恋をしていた。
その想いを伝えるために、手紙を書いて大地のカバンに入れておいた。
放課後、忘れ物を取りに教室に行くと・・・。
「お前どーすんの?」
クラスから男子の声が聞こえた。
明日香は教室を覗いた。そこには大地と、クラスの男子がいた。
「好きですだって!」
クラスの男子の手に明日香が書いた手紙があった。
「どーするも何も、明日香のことはなんとも思ってねぇよ。姉貴見たいな感じ。」
『姉貴』
あたし世話役?
“ガタッ”
大地は音のする方を見て硬直した。
明日香が立っていたのだ。
「明日香・・・」
明日香は涙を浮かべてその場から走り去った。
「あたしをフったじゃない。」
「あれは違うんだ。あの時、友達と放課後残ってて、カバンに入ってるマンガ出そうとしてカバン掴んだら中身ごと落としちゃったんだよ。止めに入る前に読みあげられてた。みんなに冷やかされて恥ずかしくて、ついあんなこと言ったんだ。」
明日香は黙っていた。
「ホントはすっ飛んで明日香のとこに行きたかった。オレも好きだって言いに。」
大地はまっすぐ明日香をみつめて言った。
「好きだ。」
「なんで今更・・・。」
「従兄弟が現れたから。」
「啓輔?」
「そうだよ。仲良く手つないでたし。」
「啓輔じゃなくたって、今までだってそんなこといくらでもあったじゃない!」
明日香とてだてに年は重ねていない。付き合った人が何人いてもおかしくない。
実際に、大地にも紹介したことある。
「いつも苦しかったよ・・・明日香に彼氏が出来るたんび。」
大地は振りたくて振ったわけじゃない。
明日香に口も聞いてもらえなくなって、自分の気持ちを伝えられないまま中学を卒業した。
高校受験のときは、こっそり明日香の志望校を盗み見て自分も受けた。
高校でもクラスが一緒になったのを機に明日香と少しずつ話すようになって仲が元に戻った。
何度も自分の気持ちを言おうと試みたが、彼氏がいたり、そんなこと言ってまた明日香に口聞いてもらえなくなてしまうんじゃないかというのが、何よりも今日までのトラウマになっている。
そんな大地を動かしたのは、啓輔の登場であった。
明日香を見る目は兄弟愛ではないことはすぐにわかった。
「従兄弟のこと、好きなのか?」
「わからない・・・好きなような気がする。」
明日香は言った。
大地はため息を一つはいて、
「いつもそうだ。俺が好きだって言おうとすると、お前には好きな奴がいる。」
明日香は何も言わなかった。
「もう帰ろう。」
大地は明日香を促し歩き出した。
「明日香に初めて彼氏が出来たとき、同じサッカー部の部長で悔しくてさ、自棄起こしてたまたま告られた子にOKしたんだ。1週間したくらいで、明日香は先輩と別れたよな?そしたらお前が気になって彼女とうまくいかなくなった。」
「あたしのせいだってか?」
明日香はむくれた。
「違うよ、嬉しかったんだよ。チャンス到来!みたいな。」
そう、あたしに彼氏が出来てしばらくすると、大地に彼女が出来て・・・もう吹っ切れたと思ってたのに気になって気になって、先輩と別れちゃったんだった。
結局、大地に対する気持ちが中途半端なまま今に至ってるんだよね。
気にしない振りしてるだけで・・・。
明日香の家に着くと、
「おばちゃん!遅くまで明日香連れまわしてごめん!」
すると、母が居間から出てきて、
「いいのよ!大地くんなら全然心配してないから。」
ニコニコで言った。
大地はおやすみと言って帰って行った。
明日香は部屋に入ると、ベッドに寝転びふぅとため息をついた。
何かしら?
今年は随分モテるのね。
気持ちが揺らぐ。
忘れてた小さな恋心と、一緒にいすぎて透明化しちゃった恋。
“コンコン”
「はぁい?」
「俺・・・」
「入りなよ。」
静かに戸を開け啓輔が入ってきた。
どことなく元気がない。
「どしたの?」
「ううん。大地さんと一緒だったの?」
「うん。新年会。二人だけど。」
「それだけ?」
明日香に一瞬だけ間があいたが、
「それだけ。」
「そっか。」
いまいち納得いかないような顔している。
「なに?」
「大地さんのことどう思ってる?」
どうって・・・
大地にも聞かれた・・・。
啓輔のこと好きか。
“好き”なんて言われたら、キモチ揺らいじゃうよ。
「大事な・・・」
「大事な?」
啓輔が不安そうな顔をした。
「大事な・・・幼馴染かな。」
目を反らしていた。
「明日姉、やっぱ好きなんだね。」
「好きっていうか、好きだったから。」
「やっぱそれだけじゃなかったんじゃん。告白されてキモチ揺らいじゃった?」
「啓輔。」
見透かされてる。
「俺だけ見てよ。」
「・・・・」
「こないだは嫌って拒否したのに、次の日はなんも言わなかった。今も。期待しちゃうよ。気持ちが動いてるんじゃないかって。」
「よくわかんないの。」
「俺、自信あるよ。明日姉のこと幸せにできるって。大地さんとの時間のが長いかもしんないけど、俺だって子供の時に明日姉と過ごした時間で大地さんに負けないくらい明日姉のこと見てる。ずっと憧れてた。俺を守ろうとする明日姉の後ろ姿。大人になったら今度は絶対俺が明日姉のこと守るって。なのに、簡単に取られてたまるかよ!」
啓輔はグイっと明日香を抱き寄せた。
「俺だけ見てよ。」
啓輔は明日香を離すと、何も言わずに部屋を出た。
啓輔は部屋に戻ると、布団に潜り込んだ。
あの明日香の困った顔。
当たり前だ。
10年ぶりに会って突然、“好きです”言われて、時間かけていくようなこと言って“俺だけ見てよ”なんて言われたら。
今、明日香の頭と心の中はぐちゃぐちゃだろう。
自分に告られて、大地に告られて。
啓輔は頭をグシャグシャにかきむしった。
俺は何がしたいんだ。
翌日。
啓輔が下におりると、明日香がキッチンに立っていた。
啓輔に気づき、
「おはよ。」
と言って、コーヒーをいれた。
「おはよ。おばちゃんは?」
出されたコーヒーに牛乳と砂糖をたっぷり入れて一口飲んだ。
明日香のいれたコーヒーはその辺の高いコーヒーよりうまい。
「土日はお母さんの仕事お休みなの。だから、自分でご飯作って洗濯して掃除するの。朝からパパとでかけた。」
「そうなんだ。おばちゃんにだって休みないとな。」
「うん」
明日香は二人分のハムエッグをテーブルにおいた。
「俺の分?」
「うん。食べるかなって思って。」
「サンキュー!うまそう。」
明日香は少し微笑んでご飯をよそいに炊飯器を開けた。
ご飯と味噌汁と漬物が並んで、食べ始めた。
「いただきます。」
「どうぞ。」
好きな女の作るのはなんでもうまいのか、
ただ、明日香は料理がうまいのかわからないけど、すげぇうまい。
「うまい」
「よかった。」
明日香はホッとしたように言った。
少し沈黙があった。
「昨日はごめん。」
「え?」
「無茶なこと言って、ごめん。明日姉の気持ちも考えないで。」
明日香は黙って首を横に振った。
また少し沈黙があった。
「ねぇ、でかけない?」
「え?」
突然の明日香の誘いで行った先は、水族館。
隣には海岸もある。
二人は、水族館を見て海岸へ出た。
「なんか飲む?」
「うん。」
ホットココアを買って、浜にでた。
「用意いいでしょ!」
明日香がカバンからレジャーシートを取り出した。
「ホント。」
「やっぱ寒いね!冬の海は。」
「うん。」
ホットココアを一口飲んで思わずため息。
「温まる・・・」
「うん。」
「啓輔、口数少ないね。」
「そうか?」
「うん。少ない。」
水族館でペンギンやイルカを見て喜ぶ明日香。
思い悩んでいることを吹き飛ばしているかのようだった。
俺のせいか・・・?
「あたしね、何か忘れてる気がするの。それが、啓輔の言ってた別れの日のことだと思う。
子供ながらに決心して言った啓輔のプロポーズ。それに“うん”と言った、子供だったあたし。啓輔に気を使って言ったんじゃないと思うの。啓輔のこと好きだったから“うん”って言ったんだと思う。でも、なんで忘れちゃったんだろうね?こんな大事なこと。」
明日香は啓輔を見て言った。
「明日姉・・・」
「ごめんね。一大決心して言ってくれたのに忘れちゃって。」
明日香の目に涙があった。
啓輔は、明日香を抱き寄せた。
「気にすんなよ。明日姉が振り向いたらまたちゃんと言うから。泣くなって。明日姉、ありがとう。」
「啓輔のこと大好きだからね。」
「明日姉・・・」
「なんで従兄弟なんだろうね。あたしたち。」
わんわん泣きながら言う明日香。
「俺は従兄弟なんて思ってないよ。」
啓輔は明日香にキスをした。
「ダメだよ・・・」
明日香はすぐに離れた。
「俺のこともっと好きになってよ。」
啓輔は強く明日香を抱きしめた。
「俺、明日香じゃなきゃダメなんだ。何年経っても、明日香のこと忘れることできなかった。」
しばらく二人はくっついて海を眺めた。
手をつないで。
「ずっとこうしていよ?」
啓輔は言った。
明日香は答えることができなかった。
何かが引っかかっている。
それがなんだかはわからない。
でも・・・キモチは走り出していた。
「またどっか行こうね!」
明日香は言った。
「ん。」
啓輔は言った。




