47.王宮魔術師
「ネフィ!」
氷塊を魔族に降り注がせ、周辺地帯の温度を下げたネフィリスシアの下に窮地を脱したナタリアが走って向かい、周囲に控えている部隊を眦を吊り上げて睨みつける。
「お「いったーい!」」
そしてナタリアが命令を無視して逃げていなかった部隊の叱責を開始しようとしたその瞬間、後方で元気な声が上がると爆音がこちらに近づいて来た。
「っ! 話は後だ。今はこいつをどうにかするぞ!」
「殿下はお逃げください! ここは我々が……」
「何を言うか!」
「争っている場合じゃない」
ナタリアと部隊の隊員が衝突している間に敵はこちらに迫っており、ネフィリスシアが仕掛けた罠にはまって地に伏していた。
しかし、それも一瞬のことで魔王の娘であるサリーは次の瞬間にはネフィリスシアの懐に入っており、ネフィリスシアを後方へと吹き飛ばしている。
「ネフィ! くっ……」
天高く、そして激しく後方に吹き飛ばされたネフィリスシアを見てナタリアが悲嘆の声を上げるが、その凶行を実行した相手は今一納得がいかなさそうな顔をして首を傾げた。
「んー……やっぱり面倒そうだなぁ……」
「【アイスバインド】」
遥か後方から微かに聞こえた言葉、その言葉が聞こえたと思ったナタリアは気付けば自らも空を舞っていることに気が付いた。
「うぇっ!?」
「待、てぇぇっ! 【バーストオール】!」
氷が砕け、ナタリアたちは地面に投げ出される。辛うじて受け身を取ることに成功する部隊の面々だがサリーはそんな雑魚のことなど目もくれずに一人奥へと飛ばされたネフィリスシアを追いかける。
「殺す殺す殺すぅっ! 追ーいつーいたっ! 死ね」
「っ……!」
強烈な一撃と共にネフィリスシアの周辺にガラスの欠片の様に細氷が舞い落ちる。それを受けてサリーの笑顔が狂気に染まる。
「やったぁ! 壊れた! 思ったより簡単だったな~……これで殺せる」
「【アイスグレイヴ】」
「おぅぁっ!」
喜び勇んでネフィリスシアを殺そうとしたサリーだが、その喜びの一瞬の間にネフィリスシアの術により足を取られた上でネフィリスシアの体捌きに絡め取られ、自らの攻撃の勢いに任せるままにバランスを崩してしまう。
「うぅ~! ムカつく! 何で殺されてくれないの!?」
「……私にはやることがあるから」
サリーが体勢を取り直し、足の拘束具を一瞬で破壊するまでの間にネフィリスシアはサリーから距離を取って部隊に合流し、更に逃げることでネフィリスシアとサリーの間に人の壁が出来る。
「むぅむぅむぅ! 何なのさ! 邪魔だよ弱虫!」
「……邪魔扱いしてくれるなら歓迎だ。行くぞ!」
「あのお姉ちゃんが邪魔氷を作るでしょ! 早くどいて!」
見えなくなったネフィリスシアに対する怒りのままに攻撃を繰り出すサリー。圧倒的な力を前にして、歴戦の兵たちはもう慌てることはなかった。落ち着いて、冷静に相手を見ると受けと避けに徹す。
「……邪魔っ!」
障害物を吹き飛ばそうとするサリーだが、思う通りに動かなかったのを見て再び力を籠める。しかし、その一瞬の隙の間に奥から詠唱の声を聞き取って攻撃を中断して下がった。
「【アイシクルランツァー】」
「ほらぁっ!」
ネフィリスシアの攻撃を完全に避けたのはいいが、邪魔が入ったせいで本懐を達すことが出来なかったではないかと怒ったように邪魔者たちに声を上げるサリー。更にその直後にナタリアの攻撃に晒されて顔を顰める。
「……弱虫ぃ、邪魔ってば!」
「邪魔をしているのだから当たり前だ」
「サリー女王様なのに! 皆あたしの言うこと聞けー!」
「奇遇だな、私も王女だ」
サリーは非常に不愉快そうな顔をして先に邪魔者を片付けることから始める。しかし、遠くからネフィリスシアが攻撃してくるため集中できずに致命傷まで与えることが出来ずに回復させる隙を与えてしまい中々片付かない。
「あうあうあうあうあう~! もー! 無駄なの分かってるでしょ!? 早く死んでよ! どうやってもあたしに勝てないんだから!」
(……その通りだ)
それでも人間側が優勢ということではなかった。上手く行かないことに対する八つ当たりのような一撃でさえ神経を尖らさなければ受けることさえままならない。ましてや攻撃が通るのはネフィリスシアだけであり、サリーからすれば彼女さえ警戒すれば怪我をすることさえないのだ。
対する人間側は回復役が欠けても盾役が欠けても攻撃役が欠けても致命的な損失になる。しかもそれぞれが脆弱であり、誰一人としてサリーと打ち合うことが出来ない。
(こんな場所では増援も見込めない……こんなことは無駄なあがきだと分かっている。だが!)
「……王家たる者、国民のためにも易々と命を投げ出す訳があるか!」
「ん? みんなのために命を投げ出すのが王族じゃない? 女王様は別だけど~……てか、隙あり! やったぁ!」
「ぅグっ……」
気合を入れるために叫んだナタリアだがその隙を突かれて負傷してしまう。痛みで顔を顰める中で追撃を何とか捌くともう一人の壁役と入れ替わるようにして回復役であるキサラの世話になるが思いの他傷が深く、回復にまで時間がかかるようだ。
(ダメだ! 持たない!)
目の前でもう一人の壁役の首筋から血が上がるのを見てナタリアは傷も構わずに立ち上がる。そんな彼女の後ろから凛とした声が響いた。
「【アイシクル】」
その言葉と共に氷が生み出されたのはナタリアの傷口だった。鋭い痛みが一瞬身を襲うが、次第にその感覚もなくなっていく。その様子を見てキサラがまさかと思い後方に叫んだ。
「メディシス様! もしや……」
「行ってください。もう少しで来ます」
王家の、しかも直系の王女に対して無茶なことを! と言わんばかりの非難の声を吐くキサラだが、ナタリアにはネフィリスシアが言った言葉の意味が理解できた。そして笑う。
「そうか……来るのか!」
「ナタリア様、ご無理をなさらず!」
「ここで無理をせずにいつしろと? ここで死ねば永遠に機会はやってこない!」
強制的に傷を凍らせることで痛みを気にせずに動くことは出来るが鈍化している状態でナタリアはもう一人の盾役と入れ替わってサリーに挑む。
「なぁに? いきなり元気になって……サリーもう飽きてるんだけど」
「そうか、出来れば完全に飽きて帰って欲しいところだがな」
「ママに怒られるからだめー……それに、運動したからお腹空いたし」
ナタリアはサリーから出てくる多くの情報に僅かに気を取られつつも彼女に食らいついて何とか時間稼ぎをする。先程までとは違い、終わりがあることを知って彼女の士気は上がった。だが、逆にペース配分などに対する雑念が生まれることでそこまでプラス作用には働かない。
「何でみんな邪魔するの? サリーはじめてのおつかいなんだよ?」
「市でリンゴでも買え、我々を巻き込むな!」
「リンゴぉ? あんな美味しくないのよりあんたの頭齧りたいよっぉ……痛い! 【リョウセソル】!」
ナタリアの攻撃が初めて通った。しかし、明確に攻撃であると判断されたナタリアの攻撃はサリーに受け止められるどころか完全に防御されることでこれまでの力加減で引くことが出来ない。
だが、ナタリアはそれで問題がなかった。既に、彼女の魔力感知範囲に強大な魔力が入っているのだ。初代勇者の血を引き、尚且つこの世界の強力な魔術師と幾代にも亘って婚姻した結果生まれたという特徴的な魔力。この世界の人間で最も強大な魔力を持つ一族のそれ。
「終わりっ!」
その魔力が地を這って今、ナタリアとサリーの間に割り込んだ。再び宙を舞うサリー。それとほぼ同時に現れるのは―――――
「間に合った! よかったぁ~……ネフィちゃん大丈夫?」
ウエノ フミヤ……の、妹。ウエノ ココだった。




