48.素直に喜べ
ネフィリスシアの緊急コールを受けて急いでこの場に飛んできたココだったが、ナタリアから発される微妙な雰囲気を感じ取って首を傾げた。
「……何で微妙な感じなんですか?」
(……いや、フミヤと思ってたから……)
勝手にテンションを上げていたナタリアは想い人ではなかったことに微妙にがっかりしていた。危機的な状況である王女を助ける勇者……という演劇をウエノ家のご先祖様をモデルにした演劇で見ていたことから勝手に期待を抱いていたのだ。
そんな個人的な感情はさておき、助けられたのだからということでナタリアはココにお礼を言う。しかしここでナタリアには別の疑問が生まれた。
「ココ、相手は魔王だ……逃げられそうか?」
真剣な表情で尋ねられた質問。しかし、ココは先程のナタリアの微妙な反応のお返しと言う訳ではないが微妙な顔になっている。
(……何か下の名前でかなりフランクになってる……)
ココはココでナタリアに対して微妙な感情を抱いていたのだ。緊急事態だからこうなったのではなく、幾度となくシミュレートして結果こうなったという気配を感じた。これはもう兄との縁談を逃す気がなさそうだ。
しかし、この問題についても今はさておく必要がある。ココは親友であるネフィリスシアの安否を気遣いつつナタリアの問いかけに応えた。
「えぇと……はい、多分倒せます……」
「いや、そんなに気を遣うことはないぞ。君の兄から既にフランクな子だと聞いている。将来は義妹になるのだからな」
(……ネフィちゃんが怒るから止めてよ。面倒くさくなるんだから……まぁ面倒くさ可愛いんだけど、戦う時には流石に邪魔だから……)
ナタリアがココの正しい噂を聞いてそう判断するのは別に構わない。ただ、ココの方は噂で聞くナタリアとは大分違う印象を受けつつちょっと感情表現が苦手で色々と不器用な友人のことを気遣う。
「あの、とにかく先に新領の方に行ってください。あっちの方から後続部隊が来るので誘導を……」
「む、積もる話は後だな……後続の誘導はこの姉に任せろ!」
自身が来た方向とは別の方向を指すココにナタリアは元気になって宣言した。ナタリアの見立てでは魔力量に関してココとサリーは互角であり、身体能力に関してはサリーが上。しかし、戦闘慣れという点ではココが遥か上を行っているということで少しの間この場を離れることは問題ない。
「……あ、ネフィちゃんはちょっと手伝って。流石に一人じゃ厳しいかも」
付き合いが長い者だけが分かる本当に不機嫌な顔になっているネフィリスシアにココが声をかけると彼女は無言で頷いた。
そして止せばいいのに余計な一言を周囲に聞こえるように付け加える。
「えぇ……貴方のお兄さん……フミヤから将来のために、ウエノ家の戦い方はしっかり教えてもらってるから任せて……」
(どういうことだ……? フミヤが、ネフィに将来のためにウエノ家のやり方を仕込むとは……まるでいずれネフィがウエノ家の中に入るというニュアンスにも……?)
「あの! 早く行ってください! 急いでるので!」
「あ、あぁ……」
既に目の前に魔王は戻って来ようとしている。ナタリアは色々と言いたいことがあったが軽くネフィリスシアの方を見据えるようにして目つきを悪くしてすぐにその場からここが差した方向へと馬に乗って駆け始めた。
「……何か人間の癖に面倒そうなのが。あんた、もしかしてウエノ?」
戻って来るなり攻撃を仕掛けてくるのかと思いきや訝しげな顔をして少し離れたところで立ち止まってココを見上げて尋ねたサリー。ネフィリスシアは先の人魔大戦から大して活躍していないはずのウエノの存在が生まれたばかりであるはずの魔王の娘に知られていることに不可解な印象を受けた。
「うん……間違いないかな……だって変だもん。どうしよ? 遭ったら逃げた方がいいってママは言ってたけどやんなきゃいけないこと出来てない……」
ココが答えることもなく勝手に自己解決して悩み始めるサリー。そんな彼女から目を離さずにココは地面に魔力を通して大量の罠と自陣を作り上げていく。
「ほら、もう面倒そう! しかももっと向こうからちょっと面倒な数の人来てるし……どうしよ? あ! いいこと考えた! サリー、お使いの内容ちょっと忘れたことにしよ。邪魔者たちのお喋りでそこにいるちょっと面倒な人がママに言われてた人だからちょうどいいや!」
先程まで遊んでいた雰囲気が一気に狩りをする肉食獣のような雰囲気に変わる。サリーの瞳孔が縦に開き、爬虫類のような眼になると彼女は一瞬でその場から消えた。
「ッ!」
ネフィリスシアが瞬く間に懐に潜り込んでいたサリーは物も言わずに彼女の腹部に仕込まれていた氷の板を砕き、その柔らかな内部を炸裂させるべく二撃目を叩き込む。ネフィリスシアが気付いた時には腹部に強烈な衝撃、そしてせり上がって来る不快感に思わず身体がくの字に折れ曲がる。
「っ!」
「あっぶな……」
だが、サリーの攻撃は完全には通り切らなかった。ネフィリスシアの身体の表面に入り込んだ砂の層とサリーの足元が急激に窪み、更に高温で機動力を奪おうとして来る術式が組み込まれているのを見て彼女は慌ててその場から離脱する。
「……ごめん、ネフィちゃん。ちょっと前には出て来ないで補助だけに徹してくれる? フミ兄ぃにはちゃんと頑張ってたって報告するから……」
「……今のダメだったのはマズいかなぁ……あぁもう。!さっきの邪魔だった人たちマジムカつく!」
奇襲失敗に腹を立てて近くに転がっていた【地獄の料理人】こと大剣使いのルイスの亡骸を蹴り飛ばすサリー。その一瞬の隙を彼女は見逃さなかった。
「【アースバインド】!」
「ふふん、こんなの「【イローション】!」うんにゃっ!? こ、こんなの、こんなのぉっ!」
土の縄が地面より生え出で、サリーを拘束したかと思うと土は砂に変わり彼女を細かい無数の触手が絡め取る。力任せに引き離すサリーだが、その場からは逃れられない。
「この、この!」
「【ダークアビス】」
「ひっ……やだぁ! 足が変! 助けてよぉ!」
身動きできなくなったサリーの足元にサリーをこの場から遥か彼方へと弾き飛ばした間に作り出したココの罠で絡め取り奈落の底へと誘う。涙目になって悲鳴を上げるサリー。あまりにも一方的に宮廷魔術師が数十人がかりで扱うような術式を決めていくココにネフィリスシアは少し尊敬の念を抱きつつその成り行きを見守る。
そして、サリーの周辺の異変に気付いたのは大規模な術に集中しているココよりもネフィリスシアの方が先だった。
「ココ! あの子の足元!」
「……? 男の人が消えて行……」
「もう怒ったんだから!」
この場で最初に被害を受けた唯一の死傷者でありサリーの八つ当たり対象にされていたルイスの死体が巨大な肉食獣に骨ごと喰われたかのように半分消し飛んだ。ココがそちらに意識を取られた一瞬の間にサリーの声が後方から聞こえる。
「くっ……!」
辛うじてそれを砂の盾で防ぐことに成功するココ。ついでに刺々しい岩を満遍なく生やしておくことで相手への牽制とカウンターを入れておく。
そのココの策は見事に決まった。砂の盾にサリーの人体を簡単に貫くことが出来る拳がぶつかると一瞬勢いが止まる。
それでも、サリーは先程までの様にその場から飛び下がることはしなかった。
「うっ……! あたし怒ったって言ってるの!」
そのまま力任せにぶち抜くサリー。その拳はココに届いた。肉をひしぎ取る確かな手応えに思わず猟奇的な笑みを浮かべるサリーは直後にココから放たれたローキックでその場から後退させられる。
「うふふ……治す人はもういないよ……? これでババ様の仇っ!」
後退したサリーだが、勢いを殺すことなど考えずにココに対して再特攻を仕掛ける。再び目の前に大きな砂の盾が生み出されるがそれは先程と同じことだ。サリーはお構いなしにそれをぶち破り、
柔らかな感触がするものを貫いた。




