49.呪い
「次はこっち!」
岩棘を貫き、痛みで鈍った感覚になっている腕を引き抜いたサリーはそのまま下がっていたネフィリスシアの下へと駆け抜けてその血濡れの腕を振り下ろす。
(……あれ? 手が、遅い……?)
そこでようやく彼女は自らの身体に起きた異変に気付いた。振り下ろしたはずの腕が視界に入ってこないのだ。代わりに視界の端に映る赤黒いそれに迫るのは今、目の前にいる人間の氷刀。サリーが赤黒いそれを自身の腕であると認識したのは間もなくだった。
「ハッ!」
短い気勢と共に振り下ろされるネフィリスシアの氷刀。それは見事にサリーの片腕を斬り飛ばした。
「ぅううぅうぅっ!」
「【地縄地爆】っ!」
唸るサリーの後方から先程から聞き覚えのある凛とした声が響く。今度の彼女の反応は早かった。刀で掌が傷付くことも厭わずに氷刀を掴むとその持ち主ごと自身と声の直線状に放り投げ何らかの術式に対処し、身を縮ませる。
ただ、それでさえも意味を成さない。爆発したのは先程サリーを縛り付けた砂の触手であり、決して大規模ではない爆発だが、全ての砂と土塊が内側にいるサリー向かって炸裂した。
「痛、い……」
「ネフィちゃん、こいつは生け捕りにするから」
土中から姿を現したココの言葉にネフィリスシアは頷く。ココはそれに一瞥をくれるだけで黙って土の縄を組み上げて泣いているサリーを縛りつけた。
(……こうして見ると本当に人間と大して変わらない気が……いや、やっぱり違うか……)
斬られたサリーの右肩辺りの黒さを見て違いを観察するココ。その時だった。唐突にサリーの首が捻曲がり後方から捕縛をしていたココと目が合う。
「痛い……なんでそんなに酷いの……?」
180度首が回転して薄気味悪い様子のままサリーが問いかけてくる。その整った顔立ちは右肩からの出血のせいか、青白く人形のようだ。ココは無言でサリーを厳重に縛りつける。
「ねぇ……痛いってば……? 何でわからないの? ……もういい……」
最後に消えゆく幽鬼の様にそう呟いたかと思うとサリーの周辺にとんでもなく巨大な魔力の膨れ上がりが生じた。ココがそれを封じ込めようとするも時既に遅く、ココとネフィリスシアはヘドロを浴びせられたような不快感に陥る。
「アハハハハハ! サリーに意地悪する方が悪い! もうその呪いは解けないよ!」
「……術者を殺せば!」
「サリーの話ちゃんと聞いて!」
突如笑い始めたサリー。ココは異常な不快感を覚え、これ以上何か起きる前に生け捕りを諦めるべきだと判断し襲い掛かるもサリーの慌てる声で一瞬の躊躇いを生んだ。
(術が深まるかもしれないけど仮に呪いのタイプがこの子の言う通りだったら……)
そんなココの動きが止まった様子を見て縛られて動くことは出来ないサリーだが、安堵してみせる。
「ふー、危なかった。せっかくサリーの命かけて作った呪いなのに説明もなしに本当に共倒れするところだったよ……あのさ、人の話はちゃんと聞くこと!」
「……魔族でしょあんた……それで、何が言いたいの?」
(……というより、この言い回し的にやっぱり魔族たちは人間社会に紛れ込んでいる可能性が高い、か)
ココは現在話している話題以外のことで苦い顔をする。しかし、サリーは自分がかけた術式のせいでココに不快感を与えることが出来ているとしてやったりの笑みでココの問いかけに応えた。
「んっふっふっふ……よく聞いてくれたね! あたしがかけた呪いは王家の呪いだよ! あたしの王位と全魔力を剥奪する代わりにあたしのいた王家が存続する限りは対象を苦しめ続けるの! 後、あたしを殺したら道連れになる殉死の呪いもかけたから変なことしないように!」
衝撃の言葉だった。ドヤ顔を決める今の彼女の発言が示唆するのは彼女の、魔王の一族の生き残りがまだいること。そして、王家が他にもあるということだ。
(あたしのいた王家……まさか、まだ他にも魔族には王族が……? じゃあなんで魔族はここまで人間にいいようにやられたの……? もう大陸の半分以上を失って、勇者様の征討軍まで送り出されたのに……いや、過去の戦いから既に魔王はいたけど中心となる存在以外は大したことがなかった?)
疑心暗鬼に駆られるココ。目の前の小娘は正直お世辞にも頭がいいとは言えない存在に見えるがここまですべてが嘘である可能性も無きにしも非ずだ。
「……拷問にかけるしかないか」
「うえっ? 拷問って痛いのだよね? 何でそんなことするの? サリー正直に話したのに!」
「必要だからよ」
目に見えて怯え始めるサリーに罪悪感を抱くココだが、後ろからネフィリスシアが冷徹極まりない目でサリーを見下ろしながら近づいて来た一言に下がることにした。
「待って、そうだ。サリーに酷いことしたら二人にも酷いこと起きるよ? ほら!」
サリーの合図と共にココとネフィリスシアに痛みが走る。しかし、それでも二人は無言で表情一つ変えずにサリーを見下ろす。
「あれ? おかしいよ! ちゃんと術効いてるのに! やだ! サリー痛いのヤダ!」
「……魔力がないと言ったのに、どうして術式を操れるのかしら? 嘘つきだから拷問が必要なのよ」
「嘘じゃないもん! サリー、もう呪いかけた二人以外には何にもできないよ! ホントだから! 信じてよぉ!」
「また嘘吐いたわね? あなたの力は魔力だけじゃなくてその身体能力もよね?」
「ごめんなさいぃ!」
喚いているサリー。こういう部分に関しては人間の子どもと大して変わらない気もするが、そんな生易しい存在ではないということはいつの間にか消えてなくなっているルイスの遺体が物語っていた。
「呪いに関して、魔族に関して……あなたには聞きたいことが山ほどあるわ。覚悟しなさい」
「いやぁ!」
騒いでいるサリーと問答を続けているネフィリスシアを尻目に、遠目に見えて来たウエノ家の騎士団を見つけたココは先程より強い疲労感を覚えつつ虚勢が効いている内に勝つことが出来た喜びを噛み締めて将来の義姉が率いている自分の側近部隊をこちらに呼びつけるのだった。




