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45.不気味な集団

 明けましておめでとうございます。

 メディシス家からウエノ家の特使が派遣されるのが決まってすぐ、勇者より前線が敵の手に落ちており現地で姦計に陥りそうになったところを何とか脱出することに成功したという報告が【魔通話】によって王国首都に上がって来た。


 それを受けた貴族は勇者を傘下におくメディシス家を袋叩きにすることに熱心であり、これからのことについては何の言及もせずに王都は不安に陥っている。しかし、貴族たちは勇者がまだ生きており、精鋭たちと共に在ることから民草に対しても混乱しないように呼び掛けると共に自分たちも勇者がいるからということでそこまで問題視していなかった。


 これを受けて、メディシス公爵はいよいよ怪しいと疑念を深めることになる。しかし、自身が周囲から叩かれている最中で少々思考に陰りがみられると共に周囲に何を言っても微妙な受け止められ方しかされないという状況に陥っていた。


(……謀られたか。それにしてもベイリー卿が率いる敗残貴族共め……! 自分らのことは棚に上げ、失態のことばかり追求しおって……!)


 自身は褒められた業績を出しておらず、現在勇者が失敗したことで自らの失態を過去に救ってもらった者ですら叩く材料としている貴族たちを思い出してメディシス公爵は苛立ちを強める。その苛立ちはなぁなぁで済ませて負け犬貴族共をのさばらせているベイリーにも向けられる。


(あの老害が……丸くなった、穏やかに場を済ませるようになったと言えば聞こえはいいが、何もできない無能に成り下がっただけではないか……!)


 平和の毒とはこのことか、とメディシス公爵は脳内で吐き捨てる。ベイリーが最初から無能であればメディシス公爵も割切って行動できるのだが、過去の栄光が今のベイリーの無能さを際立たせている。しかも腹立たしいことに自らの保身のための切り捨てだけは未だ一級品だ。


(ラッツケンプは軍を固め始めた。だが、平気で兵を見捨てる勇者と肩を並べるつもりはないらしい……かと言って、誰が先陣を切るのかと問われると先の勇者の敗退が頭を過って動けないか……)


 ライバル派閥の軍部を司るラッツケンプたちが勇者の敗退をこれ幸いと受け入れて自分たちが手柄を立てるための場として動こうとしている。しかし、旗頭になるのは誰かで上も下も揉めているためしばらくは動けないだろう。


(……どれもこれも、ウエノ家の報告書通りであれば容易に説明のつく話だ……勇者の側近が内応者だとすればこちらの懐も痛むが、勇者の名についての被害は既に甚大だ。もし、報告が真実であるとすれば我々があれほど魔族とは相容れぬと言っておきながら無理に受け入れ、コントロールできなかったあ奴には責任を取ってもらうとするか……)


 こちらから出すことが出来る切り札。先の大戦ではいいところがなかったが、それまで王国最強の私兵団と称されていたウエノ家。一度、縁は切ってしまったが中央に戻って来るための手助けを餌に呼び込むことが出来るか……仮に戻って来なかったとすればこちらの札はないということでラッツケンプを前線に押し出し、自分たちがどう動くべきか。


 メディシス公爵は様々な思惑を抱きつつ、本日出発する彼の娘たちの一団がいるである方向を仰ぎ見るのだった。





 その、メディシス公爵が仰ぎ見た先にいたメディシス公爵ご令嬢ことネフィリスシアは先日までの浮かれた様子から一転して非常に機嫌が悪そうに同行者を見ていた。


「ネフィリスシア、私の顔に何かついているか?」

「……いいえ」


 彼女の視線の先にいたのは王国屈指の人気者である王国軍第3部隊統帥司令官。王家の血を引く者であるキングスエン・パル・ナタリア第4王女殿下だ。彼女は軍服に身を包んで涼しい顔をしていた。


(何でこいつが……)


 そんな王女に対してネフィリスシアは内心でこいつ呼ばわりしつつ嫌そうな顔をする。一応、ネフィリスシアも公爵家ということで王族の血を引いており、家格としても最高位に近しいためそこまで不敬であるとは言えないが、それなりに不敬である。


「ナタリア様、ネフィリスシア様、出立の準備が整いました」

「そうか。ネフィリスシア、準備はいいか?」

「えぇ……」


 不機嫌さを隠そうともしないネフィリスシアを見ていた従者たちが出立が遅れていることに対する苛立ちかと気を利かせて急ぎ、出発を開始した。人数こそごく少数だが、その実力は王国軍の中隊に相当する実力だ。


 ただ、それも実力としての問題であり、権力には敵わないが。数名で100人を相手取れる勇士たちは今、不機嫌な一小娘の挙動に細心の注意を払っていた。


 その不機嫌なネフィリスシアだが、同じ馬車に乗っているのだから長い道中でずっと沈黙というのもどうかと思ったナタリアから声を掛けられた。


「ネフィリスシアとこうして二人きりになるのは何時ぶりだったかな?」

「さぁ? 存じ上げません」

「……二人きり、というのはなかったかもしれないか。君にはフミ……お付きがいつもいたからね」

「そうですね……」


(……感じ悪いな。いや、まぁ魔学者とはこういうものであるとは聞いたことはあるが……この年で、そんな感じになるのか……天才というのも難儀なものだね……)


 少し天然が入っているナタリアは妙な感心をしながらネフィリスシアを見ていた。透き通るような白い肌に長い睫毛。凛とした顔立ちは王国での異名である氷の美姫という形容がぴったりだ。


(ふむ……これもフミヤが育てたと思うと何だか複雑な気分だな。娘……にしては少し年が近すぎるか。少し嫉妬してしまいそうだ。待て、そう言えば少し拗ねて見せるのがいいとサロンで聞いたことがある。これをネタに接近してみるのはどうだろうか……)


 少し想像して、何か自分でやっていて違う感じがするがどうすればいいのだろうかと悩むナタリア。正面に座っているネフィリスシアからすれば自分の顔を眺めていきなり百面相を始められたため、凄い微妙な気分になった。


(軍部の介入が鬱陶しい……何でよりにもよってこの女と……!)


 ネフィリスシアからすれば恋敵のナタリアを見てこっそりと溜息をつく。自分より身分が上の相手では人払いが難しく、ウエノ家……ココ謹製の携帯型【魔通話】の使用の難易度が上がってしまい、逆に面倒だという実用的な問題とフミヤとの逢瀬の邪魔になりそうだという個人的な問題が生まれていた。


(……ナタリア様は基本的にロッシュさんとお話してもらいたいけど……名目上でも何でも、この部隊のトップには私が置かれてるし、メディシス家の特使として派遣されるのだから役目は果たさないと……)


 ネフィリスシアは少し先のことを考えて再び息を吐く。彼女が与えられた使命を果たしている間に目の前にいるこの女はフミヤのところに行くのだろう。それが気に入らない。


(……少し、探りを入れてみようかしら……)


 ネフィリスシアは色々と考えた結果、何故かそういう考えに帰結した。しかし、生来口下手な彼女が何も考えずに探りを入れた場合、詰問の様になってしまうのは自覚しているため少し考える。


 そして、結局この馬車の仲はしばらく沈黙のまま移動を続け、周囲の従者たちも気まずさのあまりに沈黙したまま進むという不気味な集団となったのだった。




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