44.増殖する魔族
今年最後の投稿です。1年間ありがとうございました。
深夜のノートル砦。勇者たちが魔族狩りより戻って来て討伐完了の報告を行い、砦内でささやかな宴会が行われた日の夜。イザベラは可愛い我が子たちがすくすくと育っているのを魔力で感知しつつ艶やかな笑みを浮かべて中央に向けての報告書を認め終えた。
「これで仕込みは流々……後は仕上げねぇ……」
彼女は報告書を式神に乗せて飛ばすと昼間に出た砦の死者の亡骸の下に移動し、まだ残っている残留魔力を吸い上げて代わりに彼女の魔力と子どもを体に植え付けてあげる。
「うふふ……大きくなるのよ?」
そう言って彼女は階級が上がると同時に与えられた彼女の家の一部を改造して作り上げたカプセルホテルのような構造の……もっと言うのであればハニカム構造の、ハチの巣の如き子どもたちの寝床に子どもの入ったその亡骸を入れ、他の寝床を見る。
「あら、もう起きたの……じゃあ、行ってらっしゃい。あなたの弟妹のために頑張るのよ?」
「母、さまのため……頑張り、マス……」
微妙に嚙み合っていない両者の会話。これを受けてイザベラは内心でハズレか……と思うも取り立てて気にすることもなく異形と化し、魔族になった彼を闇夜に紛れ込ませて外に送り出す。研究者などの非戦闘属性の者たちが集うこの場所では亡骸から生み出された純粋な魔族が本気で隠密行動を行って外に出て行くことを見つけることは出来ない。
ましてや、今日は勇者が周囲の危険を払ったということで祝宴ムードに包まれている状態だ。実際に祝宴が行われているのは砦の上層に連なる者たちだけだが、そのムードに飲まれて同じように飲み会などを開いている者が多い中で警戒心など殆どない。
「……はぁ。子どもをたくさん作るのはいいのだけど……王女が欲しいわぁ~……やっぱり、その辺にたくさんいる人間程度じゃ難しいのかしら……?」
イザベラはそう言って憂い顔を作る。それなりに子どもを作ったのはいいが、新女王が中々生まれないのだ。そろそろ繁殖個体の生産をして巣分けをしたいという本能的な思考と魔王連合の役割として自身が受け持っているその使命を考えると少し憂鬱な気分になる。
(王魔を飲んでもダダ捏ねずにちゃんと出来る子じゃなきゃ分家の時に面倒だってお母様が亡くなる前に聞いていたからいい子を産みたいのだけど……やっぱり生餌がいいのかしら? それとも素体の問題? それなら両方とも丁度いいのがあるのだけど……)
そんなことを考えながらイザベラは砦の貴賓室を一つ貸し切りにして安置されているその素体のことを思い出す。今、彼女が期待しているのは勇者のパーティにいた貴族の娘だ。上質の魔力と肉体を兼ね備えており、強い抵抗を受けながら頑張っている我が子は生まれてきた時にどんな子になるだろうか。
(楽しみねぇ……もしも、我儘な子だったらラックラッカのところに送り付けるから、ちゃんといい子になるのよ?)
遠くで奮闘している我が子にそう、思念を向けたイザベラだったがふと砦にはその子の気配がないことに気付いた。
「……まさか」
穏やかな表情だったのを少し鋭いものに変えると彼女は砦の中にいるはずの他の子たちの気配を探る。しかし、その必要がない程に砦の気配は薄くなっていた。それを感知し終えたイザベラは一瞬だけ眉を寄せて先程送ったばかりの式神を呼び戻す。
「はぁ……逃げられたわぁ……もう少し食べておきたかったのだけど……」
イザベラが感知したのは急速に離れていく自身の子どもたちの気配とその後方に位置する勇者の気配。そして、それとは別に砦からこちらに向かっており、すぐそばまで接近している我が子の気配だった。
その子は勇者のパーティにいた貴族の娘に仕込む前にイザベラが最も期待していた砦の最高素体から生まれた者。
「お母様……ごめんなさい……勇者たちに逃げられましたぁ……」
その子は、イザベラの自宅に入ってくるなり泣き顔でイザベラにそう伝えた。その泣き顔はまだ素体となった男の物であり、壮年である男が子どものような泣き顔をしているのは見ていても奇怪にしか見えない。しかし、イザベラが自宅にその子を招き入れ、扉を閉めるとその姿はこの場に現れた男の膝上程度の大きさの、可愛らしい少女に変わる。
「……何があったの?」
「ふぇぇ……わ、私が生まれて、完全に意識を乗っ取ろうとした一瞬の隙に……餌が……うぇぇえん……」
「そう……大丈夫よ。ママが何とかするからね……」
イザベラは我が子を抱き上げて慰める。勇者が逃げたことよりも、この子が生まれた喜びの方が彼女にとっては大事だった。
(会話成立、砦からこの地まで私が感知してた時間での移動から考えて身体能力も……そして何より、魔力がしっかりしてるわぁ……ちゃんと謝ることも出来る。これはいい子ね……)
丁度戻って来た式神。イザベラは我が子を降ろして式神を開くと手紙の書き直しを行う。その後ろでは次期女王……人間からすれば魔王となる脅威が恐らく分家の際に参考となる家を怒られるのではないかという恐怖では抑えきれない好奇心で見ていた。
「クィラ、あのエサは美味しかった?」
「う、うん!」
「そう……よかったわ」
唐突に声を掛けられて反省していないのではないかという叱責の声が飛んでくるかと思った時期女王、クィラだが、別に怒られるということではなかったので息を漏らす。しかし、ふと考えると呼びかけられたクィラという名が気になった。
「あの、お母様……」
「何? クィラ」
「クィラは……その、私、ですか……?」
名付。それは魔族の中でも役割を持つ者ということで特別視される者だ。特に、まだ何も成し遂げていない生まれたばかりの子であり、娘である者に対する名付けが意味することを受けてクィラは真剣な眼差しで何かをしている母親を見た。すると彼女は手を止めてクィラを優しい視線で見つつ応える。
「そうよ。時期クィーンで、私……イザベラの娘ということでつけたわ。どうかしら?」
「!」
クィラはその場で飛びあがり、目を真ん丸にしたまま着地して硬直した。その様子を見てイザベラは苦笑しつつ彼女を再び抱きしめる。
「いい子に育つのよ? そうだ。ママがお仕事してる間に将来貴女を支えてくれそうな部下を見つけておいたらどうかしら? そこにいる子たちだったら誰でも持って行っていいわよ?」
「ママ、ありがとう!」
女王であるという自覚を持つや否やクィラは少女の姿を少しだけ成長させ、イザベラの腰の高さほどの位置にまで成長した。そしてまるでウィンドウショッピングの如き感覚で未だ床に就く彼女の弟たちのことを眺めてあぁでもないこうでもないと悩み始める。
(……将来有望ねぇ~……頑張るのよ)
そんなクィラの様子を尻目にイザベラは報告書の内容を書き換え始めた。勇者包囲網の構築中から、敵残存兵力を包囲の状態で敵将追討成功。そして新女王生誕と。
(手間が省けたわ~……これで人間どもに泡沫の希望を抱かせたまま、大量の兵を確保できる……折角作り上げた竜に見える蛇の頭ですもの。下手に手を出してのた打ち回られて本物の竜の頭と挿げ替えられては堪りませんわ……)
イザベラは彼女の母を殺した憎い人間の一族、先の大戦で勝利の詰め寸前で魔族の野望を打ち砕き現在行っているような迂遠な計画を行うことになった原因のことを思い出して苦い顔をする。
(当分は伏龍のままでいてもらいますわ……我が子たちが安心して暮らせる世の中のために……)
報告書を認めたイザベラはそれを再び送り直す。その時だった。後ろからクィラの驚いた声と、新たな子どもが生まれた気配がする。
「あら……これはまた……」
「かぁさま! あたしもクィーンなりたい!」
「だめー! クィラがクィーンなの!」
「あらあら……うふっ♪」
新たに生まれた個体を見てイザベラは本当に嬉しそうに笑って両者を抱きしめる。
「大丈夫よ~二人が立派なクイーンになって、王国を作れるようにママが頑張るからね」
思わぬ幸福が訪れたと喜ぶイザベラ。新女王が2人も生まれたと言うことは黙っておき、一族を絶やさないための保険としよう……そう考える彼女の下に新たな指令が届くのは数日後のことだった。




