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43.密やかなる争い

 勇者ミヤケがジャゴックから魔族の残党狩りを頼まれた翌日。


 ミヤケは自身の側近4名と共に件のノート山に向かっていた。編成は主要アタッカーでありチームの要である勇者ミヤケ、魔術によるアタッカーであり勇者に最も近い愛人とされるシェリー、戦う斥候として諜報役としては勿論のこと、暗殺等にも優れる魔族のミミル、そしてチームのサポート役を担っている魔術師マリアンナ、最後にチームの盾であり、頼れる戦士であるダニアンだ。


 現在、ミミルが斥候として山の中を駆けて集めてきた情報を聞いていたところであり、彼らの強さが魔族に示されるところである。


「そっか、5人小隊で散発的にゲリラ戦を仕掛けてるわけか……目的は戦う事じゃなくて注意を惹きつけることだから連携はそんなに取られてないと」

「うん。全体で魔族は50ってところだけど、拠点からして集まっても3小隊が最大みたいだったね」

「……これは1日がかりだな」


 勇者一行である彼らからすれば多対1であっても何てことはない戦いだが、一般の兵士では魔族1人を倒すのに3人がかりでなければ厳しい。5人小隊の部隊で狼藉を働かれてもそれなりの被害が出た上、相手が欲を出さずに即時撤退を決め込んだ場合捉えるのも難しいだろう。


「……一先ず、ミミルに案内してもらって拠点を襲撃。音に釣られて出て来た魔族を狩る……これを繰り返していくのが基本で、襲撃した拠点には魔術で罠を仕掛けよう。ここが危険だってことを思い知らせて外に出せば後は軍で狩ればいいだけだ」


 酷く杜撰に思える計画だったが、異論はないようだ。それはミヤケのこれまでの実績に基づく信頼であり、彼の能力であればこの計画でも魔族を全滅させることが可能であると理解しているからである。


「じゃあ……【simulate】……開始」


 ミヤケの脳内にノート山の俯瞰図とミミルから得た情報に基づく魔族たちの拠点が3Dで浮かび上がり、同時に自身の部隊に関する数値情報が出てくる。

 これが彼の能力の骨子の部分にまつわる【simulate】だ。肉眼で補足した物体、またはミヤケの能力を知った上で受け入れた知的生命体か、ミヤケの魔力を著しく下回る生物の情報を数値化して一定範囲内において管理することが出来る。


 これを用いて彼は味方陣営の全ての能力を底上げして山狩りを始めた。魔族の情報は不明であり、ミヤケの脳内地図には出て来なかったが逆に言えばこの山の中で自身の、勇者であるミヤケの魔力にある程度近い範囲にいる存在を洗えばすべて狩り終えることが出来るだろう。


(魔力を使い過ぎるからあんまり長い時間はやりたくないけど……まぁそんなこと言ってられるような状況じゃないしね。信じてくれてる皆のためにも頑張らないと……)


 自分の能力を知った上で受け入れてくれ、どれだけ信頼してくれているのかすらも数値化して視てしまう自分の弱さに心が少し痛むが皆が気にしていないのに自分だけが気にして鈍ってしまってもしょうがないと割り切り、ミヤケは駆ける。


(……にしても、女の子たちの信頼と愛情値が高いのは嬉しいんだけどダニアンまで愛情数値が高いのは……まぁ、うん。ありがたいんだけど……ね)


 少し疑念が生まれたが、それでも彼はこの世界の人間のために戦う。強化された彼らのスピードは山中でも遺憾なく発揮され、既に目の前には最初のターゲットがいた。


(まず一つ!)


 勇者の襲来に驚愕する魔族の頭を叩き割り、ミヤケたちの戦いが始まった。





 斯くして始まった勇者たちの戦いだが、彼らに置いて行かれ、ノートル砦に残された兵たちはまた別の戦いが幕を開けようとしていた。


 その戦いは、決して騒がしいものではなくむしろ穏やかに、しかし激しく行われている物だ。その激戦区となるのが……砦の治療施設。そこではこの砦の治療兵たちが手当てに奔走していた。


「対魔能力の高い方はこちらでの治療が難しいため、奥の方へお進みくださーい」


 一般治療術士の朗々とした声が響き、高い魔力を持つが故に治療にもそれなりの魔力が必要な人々が奥へと進む。勇者たちが動員して来た兵士たちも道中で起きた少数の魔族の残党との小競り合いなどで負傷している者がそれなりにいたため、この場はそれなりに盛況していた。


「まったく……この程度の傷なんざ別にいいのによぉ」

「ま、治せるときに治しておくべきってのは大事なことだしな。それに弱卒どもを庇って怪我したのが原因で他の奴に庇われるようなことになったらシャレになんねぇぞ?」


 優れた歴戦の戦士たちが奥へと進む。彼らの能力からすればそれほど時間もかからずに完治する予定であったが、戦いを目の前にして癒される時は癒されるべきであると判断して休みに来たのだ。


「……これはこれは。ジャベール様とリンウッド様ではありませんか。御高名はかねがね……」


 中級治療術士の場所まで進むといかにもベテランと言うべき風貌である老人が歴戦の勇士を見て頭を下げて来た。褒められて満更でもないジャベールは破顔して頭を掻きながら軽く頭を下げる。


「あぁ、いや、どうも……高名って言えるほどじゃないんで止めてください先生」

「お前は高名じゃなくて悪名だしな……」

「んだとテメェ!」

「おい、ここは治療場だぞ? 静かにしろ」


 二人が率いる小隊では名物となっている掛け合いのようなものを行う彼らだが、治療士に促されてそれぞれ患部を出して治療士を挟み、ベッドの上に横になる。


「では、始めます……」


 治療士が行うのは魔術による局所活性化による急速な自然治癒だ。本人の素体条件にもよるが、治療後にすぐ違和感なく戦えることから長く戦場に立っている人々から好まれる手法であり、術者にもそれなりの力量が要されるものである。


(おっ、この人上手いな……)


 ぼんやりとした感覚で仄かな温かさを感じて大人しくしていたジャベールだが、魔術の使い方だけを知る新米治療士が行う際に感じる急速な回復に伴う引っ張られる感覚がないのを受けて風貌通りの腕前の主であることを感じ取った。


 しかし、その彼は急に小さく声を上げると回復を一度止めて苦々しい顔つきになった。当然、不安になる戦士たちは彼に問いかける。


「どうかしたんですか?」

「……毒が、儂でも治すことのできない厳しい毒が付与されておる」


 顔を見合わせるジャベールとリンウッド。その脳裏に蘇るのは勇者の側近であり、掠り傷程度しか負っていなかったにもかかわらずある日を境にして急に体調を崩したヴェロニカの姿だった。治療士は苦々しい顔で続ける。


「近頃の魔族は妙な技を覚えおったようでしてな……これにやられて、この砦も一時は危ないところまで陥りました。ジャゴック少将が毒にやられて数日して崩れましてな……最初は自覚症状のなさから毒だということにも気付けず、難儀したのですよ……そこを魔族に付け入られて砦を一度奴らに明け渡す作戦を取るという策に出なければならないところまで行きました」


 正直、今毒にやられている二人からすればこの砦の過去話など後で聞くからどうでもいいとしか思えない。しかし、この術士が言った毒にやられて最初は難儀したという文脈を読み解くと、今は何とかなると言っている。二人はそこを聞き逃すまいと彼の話に耳を傾けた。


「……そこで、活躍されたのがイザベラ……まぁ、今は大分昇進してしまいまして儂より階級が大分上がったので呼び捨てにもできませんが……イザベラ様でしてな。数日奇妙なまでに黙っていたかと思うと解毒方法を見つけてジャゴック少将の治療を見事にやってのけたのですよ。いや、あの時は不安でただ落ち込んでいるだけかと思いきや後から話を聞くと寝ずに研究してたとか。我が弟子ながら……」

「先生! 患者さんが押しているのですがまだですか⁉」

「……あぁそうか。すまんな、つい……と、と言うことでお二方はイザベラのところに行ってくだされ。案内状を書きますのでそれを持って入り口の者に言えばすぐに……」


 長話をしていた術士だが、外の声によって話を切り上げて二人に紹介状を書く。といっても、イザベラを名指しで指名する場合には魔族が使うようになった新型の毒に対処するということであるため病状などは特に記さずに本当に紹介状のようなものだけだ。


「それでは、よろしくお願いします」

「ありがとうございました」


 そしてジャベールとリンウッドの両名は治療場を後にしてイザベラの下へと案内を受ける。そこで見たのはそれなりの数が揃った砦の兵士たちだった。


「……ん? お前らもいたのか?」

「は? 何でおめーがここに? お前は掠り傷一つ負ってねぇだろうがよ【鉄壁】ウェルさん」

「お前らと同じだよ。見ろよアレ……」


 非常に高い魔力を持ち、並の攻撃では傷一つつかない様子から【鉄壁】の異名を持つ同僚を見てどう考えても怪我人じゃねぇだろと突っ込みを入れるジャベール。しかしウェルは同期のジャベールたちだけに見せる下世話な顔つきで薄い仕切りの奥をそっと見せた。


「おっ……」

「これは中々……」

「何が中々だこのむっつりが。お前らも評判聞いて覗きに来たんだろ?」


 仕切りの奥にいたのは真剣な顔つきで治療らしきものをしているイザベラの姿だった。彼女は怪我続きで治療術式にはそれなりに詳しくなった男三人でも全く分からない体系の術式を用いて兵士を癒しているようで、術を受け入れている兵士の顔はとてもリラックスしているように見えた。寧ろ、術が終わると残念そうな顔をしている。


「ふむ。中々の治療能力だな。これなら俺たちの毒も安心して見せられる」

「何言ってんだ。お前の下から出る白い毒なんざ見る価値もねぇよ。にしてもあいつはけしからんな。あの胸を押し付けられたら別の場所が腫れ上がるに決まってら」

「ふっ……残念だったな。俺たちは本当に治療の必要ありとしてここに来てんだよ」


 せせら笑うウェルに彼らは中級術士から渡された手紙をひらひらと見せて勝ち誇った笑みを浮かべる。


「なっ、ずりぃぞテメェら!」

「ふっ……新兵を庇って奮戦したのを神様も見てくれてご褒美をくれたんだろうよ」

「じゃあ俺たちはいろんなところ治療してもらいに行ってくるから」


 中級術士から毒の宣告を受けた時とは全く異なる浮かれた様子で彼らは治療を受けに行くのだった。




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