42.魔族の動き
「……【賢き魔物】め、あいつであればもう少しでウエノ家を滅ぼすことが出来たのに何故引いた……!」
王城、東の小さな部屋にて白髪の老人が苦々し気に報告を受けてそう吐き捨てた。しかし、その怒りを彼は飲み込む。最近は事が上手く運び過ぎていたのだ。この程度のことに怒りを露わにして計画を台無しにしてしまっては元も子もない。
「ふぅ……幸い、愚かな王国の貴族たちは容易に騙すことが出来た。今しばらくは問題がないはずだが……」
彼にとっての不幸中の幸いは、ウエノ家の辛勝報告と共にもたらされた魔族に対する警鐘報告書は自らの失態を隠そうとするウエノ家が適当に言っていることであるとして始末することが出来たことだ。
彼は最悪の事態を免れることは出来たと考えつつ頭の中でいっぱいになった思考を整理すべく、一度声にして外に吐き出す。
「このタイミングで、メディシスがウエノに接触するのは……少々、見ておいた方がいいか……?」
白髪の老人は乱雑に頭を掻き、地肌に触れたことでその癖が出来ないことが気にかかって元の姿に戻った。その若く、怜悧な美貌を宿した魔族の姿でベイリー卿は思案する。
(考えられるのは二つ。【竜の眠る地】で勢力を拡大することが可能になったために冷え込んだ関係に熱を入れて更なる勢力拡大を狙うこと……そして、噂として処理したあの話を嗅ぎつけたか。だな……)
ベイリーは手を打つことにする。メディシスから派遣される特使はどうやらメディシス公爵の娘らしく権力闘争相手であるラッツケンプに目をつけられることを避けるためか、護衛は最小限で済ませる予定らしい。
(……【竜の眠る地】が危険なのは重々承知しての派遣のようだな……それなりに腕の立つものが準備されている……)
しかし、備えはしっかりとされているらしい。名目上は対魔物戦の慰労として送られる特使であるにもかかわらずメンバーには王国でも聞く者が聞けばすぐに誰かわかる程度には腕の立つ面々が入っていた。
(だが、何があるかわからないのが人生だ……危険な地に赴くことは理解しているんだ。多少、危険なことが……ん?)
ベイリーの下に新たな報告が届く。そして、彼は笑った。
「どうやら、女神は我らに微笑んでいるらしい……眠れる大国よ。今しばらく眠っていてもらおうか……」
報告は、王国を最南端であるルカッカより攻略中だった魔王軍中枢の左大王デーヴィが彼女の請け負っていた任を終えたというものだった。それを受けたベイリーはメディシス家の特使を承認するための印証を捺すと共に魔族に向けても新たな指示を出す。
報告より遡ること数日前。ウエノ領では魔物との戦いが勃発していた頃。
勇者率いる王国軍は魔族が迫って来ていた王国の南方、魔族領との隣接領地点としては中央の砦であるノートル砦に入るところだった。
「ジャゴック少将、お久し振りです。またお会いできて本当に良かった」
「あぁ……そうだな……」
「お疲れのところ、歓迎までしていただいて本当にありがとうございます……」
(……顔色悪いな……怪我もしてるみたいだし、あんまり無理はさせられないな……)
砦の守将であったジャゴックの様子を見て辞儀合いしつつそう考えるミヤケ。この地に訪れた魔族との戦いがいかに激しかったのか想像せざるを得ないジャゴックの傷を気にしつつ、これ以上の被害を防ぐためにも少々無理を押してでも状況を聞いた。
「状況を詳しくお伺いしてもよろしいですか?」
「……ぅっ、ごほっぇほっ……悪い、ちょっと待ってろ……」
(俺たちが来るって分かってたんだからそんなに無理しなくてもよかったのに……まぁ、自分のミスは自分で何とかしたいって気持ちもわからなくはないけど……)
相当衰弱しているらしく、咳き込んで一度退出したジャゴックを見送りつつミヤケは自軍の中で最も軍事的な話に精通しているヴェロニカに意見を聞く。
「ジャゴックさんはヴェロニカが軍使としてきた時からあんな様子か?」
「……あぁ、そうだ」
「ふむ……回復してないならそれはそれで問題か……」
それにしてもヴェロニカの方も軍使から戻って来て少々元気がない。本人曰く、この地に来る前の一戦でかすり傷を受けていたのだが、それを軽視して体調を崩してしまったとのことだ。
(マリアンナが解毒したって言って間もないし、行軍の最中、しかもこれから戦いっていうプレッシャーもあるから仕方ないか……)
あまり崩れるようだったら後方に回さないとなと考えつつミヤケは魔族の出方について考える。相しているとジャゴックが戻って来た。
「ジャゴックさん、と……そちらの方は?」
「砦奪還の時に結構な大功を上げた奴だ……魔術師でな……治療が必要になってからは結構世話になってるんだよ……今日はあんまり身体が思わしくないから同席してもらおうと思ってな……ほら……」
「デイヴィス・イザベラと申します。本日はよろしくお願いいたします……」
嫋やかな物腰で女性らしさを感じさせる肉付きの美女がジャゴックに伴ってこの場に現れ優雅に一礼して見せた。その白い肌は戦場には不釣り合いではないかと思わせるくらいに傷一つない。
(……これがミミルが言ってた女の人か?)
ミヤケは戦場には似合わないこの女性のことを警戒するも表面上は友好的な姿勢で辞儀を述べた。ついでに同席しているヴェロニカにも自己紹介をさせるが彼女は相変わらず元気がない様子だった。
「……すみません。少々、砦を襲った魔族の残党との小競り合いで怪我をしていまして覇気がないのはそのせいかと……」
「よろしければ後程、私の方で看させていただいてもよろしいでしょうか?」
当然のようにそう告げてくるイザベラにミヤケは警戒しつつもヴェロニカにアイコンタクトを図る。彼女は一瞬だけ鋭い眼光でイザベラを観察したようだが僅かに頷いて見せた。
「……では、お言葉に甘えまして……よろしくお願いします」
ヴェロニカが警戒を少し緩めたことでミヤケも僅かだが警戒を解く。これでこの件についての話が一段落したと見たらしいジャゴックが口を開いた。
「ところで……砦の魔族の残党、お前倒したのか? いつだ……?」
「3日ほど前ですね……ここから結構離れた場所ですが……」
「……なら、ここを荒らしてる魔族とは違うな……一応訊くが、ノート山にはまだ行ってないよな……?」
「はい……」
王国と魔族領の境目、ノートル砦の燃料などの確保先である山の名を告げるジャゴック。大軍を擁して魔族領まで一直線にやって来たミヤケはそんな場所に寄り道してはいないので素直にそう答える。
「悪いが、残党狩りを頼む……あのころとは逆の立場になっちまったが、今の俺はこの様だからな……」
「そんな、お気になさらないでください。困ります」
頭を下げてくるジャゴックに逆に困りつつミヤケが助け起こすと後ろに控えていたヴェロニカも口を挟んできた。
「将たる者がそう軽々と頭を下げてもこちらとしても困惑してしまいます。勇者様の不甲斐ない初陣の時に殿を引き受けてくださった時みたいにされても構わないのですよ?」
「ハハッ……あの時か……」
「ヴェロニカ……と、とにかく残党狩りについては任されました。数は……」
「……それがよくわからねぇんだ」
談笑の雰囲気になったすぐ後にジャゴックは心底困ったように首に手を当てて擦りつつ応えた。その仕草はミヤケが過去見て来た彼の癖であり、少しだけ元気を取り戻した様子の彼を見てミヤケは隣で何らかの魔力を流しているらしいイザベラを少し見てジャゴックに視線を戻す。
「多ければそれなりに兵を率いて倒さないといけないんだが……小勢相手に怪我を押していくのもな……だから少数でも一騎当千の勇者様の特殊部隊に頼ろうってんだ」
「それは別に構いませんがその間、ジャゴック少将には砦で討伐軍を預かっていて欲しいのですがよろしいですか?」
「そりゃな。こっちはお願いしてる身だ。その程度の条件は飲んでもバチは当たらん」
「……では、よろしくお願いします」
後半に入っていきなり調子を取り戻し始めたジャゴックにミヤケはこれならば一先ず軍を預けても問題はなさそうだと判断し、そのお願いを行う。
それと同時に、魔族が侵攻してきた時の様子についてもこの調子であれば大丈夫だろうということで詳細を聞いた。
そして、2時間ほどの話が終わるとイザベラの魔力がそろそろ厳しいということで談話が終了と言う流れになる。退出する二人はそのまま陣営ごとに部屋に分かれ、ジャゴックはイザベラと共に部屋に入る。
「……はぁ、面倒臭いですわね……祭り上げられてるだけとはいえ、流石は勇者ですわ」
扉が閉まったと同時にイザベラは鍵をかけ、溜息を吐く。急な態度の変化について文句を言うべきはずのジャゴックはベッドに前のめりに倒れたまま何も言わない。
「そしてこの男も……しぶといですわね……いい加減離れてもいい子にしてくれると助かるのに……その点、あの子は優秀でしたわぁ……」
イザベラが笑う。そして、ジャゴックも虚ろな目をしてベッドから身を起こすと彼女の前に跪いた。
「では、私は私のお仕事を果たしましょう。あなたも頑張るんですよ?」
跪いたジャゴックに靴の先にキスをさせて彼女は出て行き、先ほど行われたミヤケとの約束を果たしに向かうのだった。




