26.苦戦
「チィッ! デラックスパンチ!」
「ほ、ほ……【刃喰】っ、【灼熱の詩】!」
「【焔喰】! 【灼炎演武】!」
王国領に魔族が襲来している頃。ウエノ領の魔物との戦争はまだ終わりを見せていなかった。増援として来たウエノ家の精鋭は兎も角として、彼らを率いるはずの当主一族が【賢き魔物】に妨害を受けて思うように動けないのだ。
「ちぃ……邪魔じゃのぉ……」
「兄さん、ちょっとジリ貧だから一人でこいつの相手しててくれない? 俺が来る前、本気出すって言ってたよね?」
「……ごめん、見栄張った。無理、助けて」
「……そう言う素直なところ、嫌いじゃないけどさぁ……」
隙あらばフーシェを食べようとする【賢き魔物】、フェリルに対してフーシェは本気で苦手意識を持っており、少し持たせることでフミヤが軍勢に統率をもたらして集団で囲むという戦略を取ることが出来ないようになっていた。
(いや、正直好き嫌いの問題じゃなくてこいつと兄さんを残して行ったとして、こいつが遊ぶのを止めて殺しにかかったら……)
そして、感情論ではなくフミヤも戦略のことは理解している。要するに、彼らは増援であるロッシュとココ、それから彼らが率いる本隊待ちなのだ。
(遅い、遅すぎる……!)
だがその待ち時間が長すぎる。ウエノ家の得意とする疾風の如き進軍はどうなったのか。フミヤは思考リソースのほとんどない中でも考えを巡らせていた。対する、フェリルも同じだ。
(ほ、ほ……フルコースの様に、一匹一匹きちんと別々に味わいたいと思ってやったことが、ここまで利くとは……)
そう、フェリルはウエノ家の気性が荒いことを知ると彼らの前にあまり強くない魔物を出し続けることで警戒心を下げ、別動隊でもなんとかなると思わせることから始め、相手の舞台を分断していたのだ。
仕込みを終えたフェリルは今回、計画通りにウエノ家が本隊と別動隊を分けて向かってくると分かった時点で戦力をある程度分け、足止めをさせていた。
精鋭をフェリルが食い散らかし、ウエノ家が開拓した領土に攻め込むことで防衛戦略を取らなければならないと別動隊で魔物の群れへの迎撃戦を行わせ、別動隊を先にいただいてからフェリルは本隊をいただく予定だった。
魔物に統率が取れるなどと人類は知らない。また、魔族の殆ども知らないことだ。魔物が人間領に攻め込んでいるということはそれを倒せばいいだけ。そう、普通なら考える。
(……が、ちょいと面倒じゃのぉ……あの若造。キレることキレること……我の策略を看破しおったわ。)
だが、ロッシュはそうではなかった。秩序も何もかもないように作物を奪いにかかる魔物たちの動きを見て、急いでそれの殲滅を行うように命じて斥候を出したのだ。
そして、それは今、フェリルの射程距離内に入った。
「……疾ッ!」
(何で急に外れ……)
「ッッ!」
急に別の場所に向かったフェリルの攻撃。その意図を図りかねたフミヤは隙を見せたフェリルに攻撃を入れ……る直前で相手の意図を理解して何とかギリギリで攻撃予定だった術式の軌道を変え、フミヤたちに害がないはずの方向に向かったその攻撃に妨害を入れた。
そしてそれは今まさに攻撃を受けようとしていた斥候本人の力もあって防ぐことに成功した。
「ほ、ほ、やるのぉ……」
「走れ! 庇えん! 見たままを本隊に伝えろ!」
「はっ!」
よく訓練されているウエノ家の斥候は急いでこの場から離れ、本体に向けて走り戻る。
「じゃが、甘いのぉ」
しかし、彼が振り向いた時にはそこには既に魔物の首魁フェリスに回り込まれてしまっていた。もう、お終いか。そう思ったと同時にフェリルの更に後ろ側にフーシェが回り込んでいたのを発見する。
それを見た斥候が自分を犠牲にしてウエノ家に勝利をもたらそう……そう覚悟を決めたのを見てフェリルの首は突然後方に向いた。
「させんぞ!」
「ぐぁっ……だ、だが目的はぁっ!」
「チッ……逃がしてしまったのぉ……」
僧帽筋上部を噛み千切られ、奇襲に失敗したフーシェだが、斥候を逃がすというもう一つの目標は達成した。それとほぼ同時に体の修復も終える。
「……ふむ」
「フミヤー! あともうひと頑張りだ!」
「そっちが先に潰れんなよぉっ!」
焔の槍。フーシェをフェリルから引き剥がすための陽動のそれだ。躱されること前提のため、フミヤは全力を込めたわけではないがそれを避けなければならないと思わせるために力を込めてあるそれ。彼の兄もフミヤの意図を理解してその場から離脱……
できなかった。
「⁉」
「がぁあぁぁっ!」
焔の槍を受けて半身を焼かれながらもフェリルはフーシェを離さず、それどころか首筋に食いついて何かを行ったのだ。
「ほ、ほ、ほ、ほ……」
「あ、あぁあぁぁぁあぁっ! がぁぁあぁぁぁああぁっ!」
「ウエノ家の麒麟児よ、再びここで会い見えよう……逃げれば、この男を蝕む呪いは解けぬ」
焼け焦げた半身を再生させるフェリル。梟の顔が消え、そこに現れたのは灰色の長い髪を持つ少女の姿だった。それが、半裸でフミヤを見下ろしている。フミヤは反応に困ったが取り合えず焔の黒槍を放って彼の兄を解放しようとした。
「ほ、ほ……無駄、無駄よのぉ……では、さらばじゃ!」
「そうは問屋が卸さねぇぜぇっ!」
川を越え、森の中に消えて行こうとするフェリル。それに急襲を仕掛けたのは先程まで魔物と戦っていたウエノ家先代当主、ヒグラだ。
「ほ、ほ。ほれ、斬れるものならきってみぃ」
そんなヒグラの一撃。それを余裕で見切り、目を合わせてその攻撃のラインに盾としてフーシェを掲げるフェリル。それでもヒグラは止まらない。
「オラァッ!」
「嘘じゃろ? 馬鹿か?」
寸止めする……そう思って掲げたままだったが、ヒグラは止まらずフーシェの左肩を根元からぶった切って落下させた。同時に、フミヤがフーシェを捕まえて落下して来たヒグラに投げ渡す。
「……それは、流石にあんまりじゃないかのぉ……」
「いいんだよ! フーシェなら腕なんぞいくらでも生え変わる!」
「流石の我でもそういう考えはないかのぉ……自分の子は大切にするべきじゃぞ?」
魔物に子の何たるかを説教される人間。尤も、この場合はほぼ全面的にフェリルの方が正しい気がするが……強いて言うなら、そんなことをする羽目になった元凶が言うな、というところだろうか。
「まぁ、我から取り返そうとも呪いは消えん。寧ろ、抑える術を知っておる我がいない分進むかの。……逃げるなよ? 我を傷つけたこと、後悔するがいい……」
少々の説教の後、フェリルは魔物の軍勢を連れて森の中へと消えて行った。その代わりに森が川を越えてウエノ家一同がいる場所まで侵略してくるという怪奇現象を招きつつ、一行はようやく息をつく。
「いや、息をついてる場合じゃねぇ……森の中は相手のテリトリーだ。逃げるぞ!」
「あぁ。それに、兄さんをココに診せなきゃならないしな……」
先頭をフミヤ。そしてその後ろにフーシェを抱えたヒグラがついて行き、さらに負傷兵たちが続いて最後方に精鋭たちが並ぶ。
時を同じくしてウエノ家の領土を襲っていた魔物たちも下がり、森を抜けた先で先発隊は本隊と合流することに成功する。
だが、本隊にいたココが見てもフーシェにかけられた呪いを解くことは出来なかった。




