25.中央の動揺
(……何かしら?)
中央、王都。【魔通話】の試用実験を行っていたネフィリスシアは派遣先からの緊急連絡に首を傾げ、寝不足の頭を無理矢理覚醒させる。
しかし、その報告はネフィリスシアが努力して意識を覚醒させる必要がなかったほど衝撃的な物だった。彼女は即時動いて彼女の父の下へと駆ける。
「⁉ ど、どうした急に……今は大事な会議中で……」
「お父様、魔族が動いたとの連絡が。南方の砦が落とされたとのことです」
勇者を派遣し、その後に分けられるはずであった領土についての談合をしていたメディシス公爵は顔色を悪くして勢いよく立ち上がった。
「その話は本当か⁉」
「【魔通話】は正常に機能していました。ほぼ、間違いないと思います……」
「すぐに軍部に連絡だ!」
集まっていた貴族たちは役目のために急いで動き始めた。誰もいなくなった場所で、ネフィリスシアは密かに口の端を歪める。
(……これで、ウエノ家は呼び戻されるかもしれない……)
有事の時、ウエノ家の軍事力は魅力的に映る。大勢の不幸の中で自分のことだけしか考えていないと自嘲し、自らを蔑むネフィリスシアだがその思考はどうにも消すことが出来なかった。
魔族、襲来。それは王宮に激震をもたらす……かに思えたが、そこまで大したことはなく収束に向かうことになる。
「まったく、魔族の愚かさには呆れるわい。まさか、勇者様が軍勢を率いて掃討戦を仕掛けた時に決起するとは……」
「正しく飛んで火にいる夏の虫。自殺行為ですな」
王宮がそれほどまで動揺しなかった理由は、勇者の存在だった。かつて戦場を馳せ、魔族最強の魔王を倒したという事実が彼らを安心させていたのだ。たかが、砦1つ。それで魔族の残党を引き摺り出して後の安定をもたらすのであれば寧ろ好ましい。そのような印象で受け止められたのだ。
更に、勇者ミヤケからねだられてネフィリスシアが仕方なく作った分の【魔通話】から砦陥落後に新たな連絡が入ったことも大きい。
「勇者様、どうかなさいましたか?」
『……? 受け手は……一応、軍事機密を話すので、名を告げていただきたいのですが……』
誰が出たのか分からないと自分は名乗っていないのに相手には名乗らせるミヤケ。しかし、勇者のネームバリューは例えミヤケが名乗っていなくとも通じるものであり、誰も不思議には思わずにこちらから名乗る。
「あぁ、失念しておりました。王国第一軍、ライナーツです」
『ライナーツさん……あぁ、ライナーツ将軍ですか。お世話になってます。それで、早速用件なんですが……魔族が攻めてきておりまして……』
この時は、宮廷の貴族たちも少し動揺していた。しかし、続くミヤケの言葉が王宮の動揺をぴたりと止めたのだ。
『一応、討ち取りましたのでご報告を』
「……! 流石です! 宮廷内では魔族が攻め来るとの情報が入ってまして、勇者様のお蔭で皆、胸をなでおろしております。大事に至る前に民草にも良き報告が出来そうです!」
『それはよかった。それでなんですが、戦功について……』
この話で、魔族の襲来については宮廷内で終息したというのが表向きの見解であり、一般的な貴族たちも同様の見解を出した。だが、メディシス公爵は万一の場合を考えて派閥内の者たちに連絡を取った。周囲は娘の発明で得た成果を無駄にしたくない親バカの所業ではないかと陰口を叩いたが、メディシス公爵には何となく嫌な予感がするのだ。
(情報では、これまで戦闘に現れなかった女の魔族が先陣を切って砦を落としたという……具体的な方法は不明だが、これは何かの変調の気がしてならん……)
かつて、王宮一の魔導士として戦場を駆け巡った時、彼は直感に従うことで何度修羅場を生きて潜り抜けることが出来たか。既に10年ほど戦場から離れた身であるがこの直感は馬鹿に出来ない。
「……何もなければよいのだが……」
このメディシス公爵の願いもむなしく、彼の直感は当たることになる。
魔族領から王国に至るまでには大きな道が3つある。それぞれ、北のネプリック、中央のノートル、南のルカッカという砦に続く道であり、【魔通話】による陥落の連絡があったのは中央のノートルだ。
同じく勇者が行軍し、目指している道もノートルへと続く道であり、現在はもうすぐノートルに入ることが出来る。そんな位置に全軍がいる。
だが、魔族がいたのは中央だけではなかった。
北、ネプリック砦。
「チィッ! 雑魚が、チマチマチマチマうっぜぇんだよ! 何ちんたらやってんだ! さっさと落とせ! 盆暗ども!」
血染め色とも見て取れる長い髪をした全身黒褐色の美女が吠え、周囲の魔族が震える。彼女は続けて怒りのままに魔術をぶちまけた。
「ウッゼェ……! 【魔通話】とか言うのがなけりゃ、俺が速攻で片付けてやってたっつーのによぉ……!」
彼女の力を以てすれば電撃作戦的に砦を落とすことは可能だっただろう。だが、それをしなかったのは王国中枢に紛れ込ませた魔族からの情報に【魔通話】という厄介な物があるという報告があったからだ。
連携を取られるとこれまでの作戦が瓦解する。また、厄介な集団を招き込む可能性があったため、喧嘩っ早い彼女も自重したのだ。
「ラッカリック様! 味方が砦を破りました!」
「おっせぇんだよ! 人間の頭くらいの大きさの黒い変な固定魔具があるからさっさと壊せ! そっからようやく一暴れだ!」
ただ自重するだけであれば彼女はすぐに暴走していたことだろう。だが、魔族には【魔通話】の弱点が伝わっていたが故に彼女は自重できていた。それ即ち。
「ようやくこの地全域に魔力を無駄に出す必要がなくなる……こっからが本番だぁっ!」
【魔通話】は恣意的に発された魔力による干渉を受ける。その弱点を魔族側に気付かれていたのだ。宮廷内に忍ばせておいた間諜が研究中に解析を重ねた結果から報告を受けていた。そして今、魔具の破壊の連絡が入る。
「野郎ども! さっさとここを落として中央に向かうぞ! 勇者狩りだ!」
【爆炎悪鬼】、ラッカリックは半ば落ちた砦から興味をなくしたようにそう叫び、逃げ惑う人間を一方的に狩る僅か数十名の魔族に指示を残してから全軍を率いて王国領へと進軍して行った。
南、ルカッカ。
王国の技術の粋を集めた魔術によって建築された最強の砦があった場所では人間側にとっては悪夢としか言えない惨状だけが残っていた。
「……こんなものか。」
無人の開けた場にて魔族がそう呟く。そこにいたのは黒髪に血の気のない白い肌、それと対照的に赤い光を宿す切れ長の目。そして、小さな金色の角が生えた少女だ。その足元には人間の躯が重ねられ、台の様になっている。
「さて……そろそろ軍を追うか。罠にかかった哀れな人の子を囲うために……」
瞬間、その場に風が吹き抜けて少女の姿は消える。後に残されたのは物言わぬ躯と……砦とは、いや人工物とはもはや言えない石の残骸だけだった。
そして、中央。ノートル砦。
「報告します。先遣隊、全滅したとのことです」
「あらあら~酷いことするわね~?」
色素の薄い長い髪を上にまとめた美女が砦の壁上から地を見降ろしつつ配下の男から報告を受ける。台詞とは裏腹にくすくす笑いを浮かべていた彼女は続けて配下の男に告げた。
「ねぇ? 元人間の、今の今まで砦にいて……王国内では彼らと肩を並べて勉学に勤しみ、戦を学び、同じ釜の飯を食って頑張って……」
微笑みを浮かべつつ口調だけは悲しげに話していた彼女はそこから堪えきれない笑みを浮かべ、口調すらも作ることが出来ずに口の端を歪め、艶やかに嘲笑いながら続ける。
「……間違えた知識を必死に勉強して、砦を守ろうと意気込み、魔族に殺されるために先陣を切って散っていった同胞たちに……なんて酷いことをするのかしらね~?」
返事は、ない。配下となった男は黙って美女の前で跪き顔を伏せるだけだ。
「つまんないわね~……まぁいいわ、これからの戦いでちゃんと働きさえしてくれれば!」
そう言って殊更明るい表情で男を別の場所に下げる美女。そして、一人になった彼女は遥か遠く、人間では見ることすら出来ない距離に見える人間の軍勢が上げる炊飯の煙を見てくすくす笑うのだった。




