27.楽観視
「勇者様~何か町の周辺におっきな魔物が出たってー」
「……んー行軍を急ぎたいところだけどそうも言ってられないか……」
ノートルへの道を進んでいた王国軍は地方の大きな町の周辺でその歩みを緩めていた。その主な理由としては町の長からの依頼もあるが、勇者の討伐軍の中に送り込まれた貴族の子弟たちの疲労具合もまた大きな要因として存在していた。
「それで? ノートルの砦はどうなってたんだ? ミミル」
軍を停止させたミヤケは自身の近くに戻って来ていたピンク色の髪をした小柄な美少女に声をかける。彼女の頭上から生えているのは人間の物ではない動物の耳であり、それが彼女を人間ではないと証明づけている。
彼女は人間族からすれば敵である魔族だった。この世界の人間であれば誰もが忌避するその存在だが、異世界の住人であったミヤケはそれを気にせずに人並み外れた身体能力を保有する彼女のことを重宝しており、誰にも手出しさせない。
一般の人間から受け入れられずとも勇者の配下であるのならば、ということで見逃されている王国唯一の公認魔族、それが彼女だった。
「んー何か味方の旗が立ってたよ!」
「は? ノートルは陥落したんじゃ……」
ミミルという斥候の娘の報告にミヤケは素っ頓狂な返事を返してしまう。それを自分の報告を信じていないと感じた少女は慌てて続けた。
「ホントだってば! エロ親父は偉そうにふんぞり返って変なえっちぃ女を侍らせて『勇者様は遅いですな。この砦は我々でもう取り返したのでお帰り頂いても結構ですぞ!』とか言ってたし……」
「ジャゴック少将のことをそんな風に言わない。……それにしても妙だな……」
王国の勇者であるミヤケはそう言って斥候として先駆けていた少女のことを窘めて考え込む。中央との【魔通話】による連絡では砦は陥落したと伝えられていた。
(……陥落したって聞いたから急いできたのにもう奪い返した? そんな簡単に行くなら最初から奪われる筈もないんじゃ……まさか、ジャゴックさんが寝返った?)
最悪の想定が頭を過るもミヤケはすぐにそれを否定した。魔族との戦いの中でミヤケが初めて戦場に出て使い物にならずにジャゴックに庇われ、自分の代わりに戦った彼の姿を思い出したのだ。
(いや、それはありえないはずだ……この世界の魔族と人間は絶対に相いれない立場だし、何よりジャゴックさんはずっと第一線で戦ってた人だ。このタイミングで急に魔族側に寝返ったとしても何のメリットもない……)
考え込むミヤケ。しかし、彼を取り巻く周囲はこれから待ち受けるはずの敵が勝手に負けていたことから緊張感が解け、更にスケベ親父と聞いただけでミヤケがジャゴックのことであると判断したことで失笑が漏れて何ともぬるい空気になっていた。
ミヤケが考え事をしている中でそんな空気が生まれたことに微妙な顔をしていると勇者パーティの一人として名を馳せた教会の使徒である魔術使の美女からくすくす笑われた後に告げられる。
「勇者様もあの方のことを助平な将軍で理解されているじゃありませんか……」
その指摘に考え事を中断してバツが悪そうに日本人らしく曖昧な笑みを浮かべるミヤケ。それに対して苛立ちを隠そうともせずにボディラインを隠し切れないきっちりした軍服に身を包んだ女騎士が斥候の少女、ミミルに対してキツい口調で問いかけた。
「……お前は本当にちゃんと役目を果たしたんだろうな?」
「む! ローニーちゃんったら疑ってるね? ちゃんとやったってばー! もし、敗残兵がいたら合流出来るようにって勇者様が渡してくれた蝋丸書だってちゃんと渡したし!」
斥候としてだけではなく密使としての役目もしっかり果たしたと女騎士のヴェロニカに憤慨してみせるミミル。蝋丸書とはその名が示す通り、蝋丸という蝋で出来た球状の小さな容器に手紙を忍ばせてやり取りする道具だ。しかしながら、蝋丸書を渡しただけで密使が終わるわけでは当然ない。
「なら返事はどうなってる?」
「ん、何か手を怪我したらしくて震えてたから小さいのじゃ無理って……だから短くしか書いてないみたいだよ」
そう言って渡された蝋丸をミヤケはナイフで切って開く。空洞になっていた内部から手紙がこぼれ落ちるとミヤケはそれを手に取って読んだ。
(……? ここは俺に任せて先に行け? 何でこのセリフを?)
非常に簡単な文の手紙を見てミヤケは首を傾げる。文字通りに受け取るのであればこの地に来た魔族については自分が既に平定したため、本来のミヤケの予定である残党の討伐へ向かえと受け取るのが自然だろう。
しかし、この台詞はミヤケが四度目の戦場でジャゴックと共に戦い、そして協力して魔族に勝利した夜の宴でミヤケが彼に教えた自分の故郷のスラングでもある。ただ、彼がこんな重要な場面でわざわざふざける意図も見えない。
(……まさか!)
「ミミル、ジャゴック少将がこの手紙を書いていた時の様子は覚えてるか?」
「え? う、うん。何か女の人をちらちら見ててキモかった……」
ミミルの物言いに周囲から再び失笑が漏れる。しかし、ミヤケは、ジャゴックと私的なつながりのあるミヤケだけは笑う気にはなれなかった。
(明らかにおかしい! 確かにジャゴックさんはちょっとアレな人だけど公私の分別はつける人だ……それに、俺が教えたこの言葉をわざわざ使った意味から推測すると……『ここはもう死地である』……か?)
焦るミヤケ。圧倒的に情報が足りない。そんな彼の表情を見て何か問題が生じていると感じた彼のパーティメンバーたちも顔色を曇らせてどうしたものかと指示を待つ。それでもしばらく返事が来ないことから代表して魔術師が口を開いた。
「勇者様、あなたの周囲を不安にさせないための心遣いは大変ご立派なものだと思いますが……何度も言う通り、あなたの影響はあなたが考えている以上に大きいのです。何かあるのでしたらご相談ください」
「あ、あぁごめん……いや、まだ確証を持ててないからさ……無駄に混乱させても困るし、ミミルにもう一回斥候に出てもらおうと思って」
「えー? 出るけど、ちゃんとご褒美用意してね~?」
ミミルの態度にヴェロニカがイラついたように真面目にやれと睨むも彼女は飄々としたままで少しお道化て敬礼して見せる。
「それじゃ……行ってきまーす!」
「あ、ちょっと待った! 手紙書くから待て! こらミミル!」
深刻に悩むミヤケと対照的に明るいミヤケの周囲。少々規律に緩みが生まれているなと思いつつミヤケはそれよりも先に自分が行うべきことを考えて行動に起こした。
「ヴェロニカ、仮に前線を取り戻してるなら密使じゃなくて正式な軍使を送るべきという名目で君も行ってくれ。ただ……」
「わかっている。どうも胡散臭い話だからな……私が行って確かめよう。」
「……危険な役目を負わせて申し訳ない。頼んだ」
申し訳なさそうな勇者に対してヴェロニカは爽やかに笑みを浮かべて笑い飛ばす。
「ハハッ、軍属の身として前線で戦う者に危険は当たり前だ。寧ろ、信頼されていると感じるよ。そんな顔をしないでほしいね」
「いや、まぁ……その……」
曖昧な表現をしつつ再び微妙な顔で誤魔化すミヤケ。その間に話の成り行きを見て書面をしたためる道具が必要であると判断したミヤケ専属のメイドから道具が手渡されたため、会話は一度そこで途切れる。
(一先ず、情報収集が先だ……ヴェロニカならある程度の情報を掴んできてくれるはず。その間に俺はこの町の周辺の魔物で軍律を締め直すか。このままだと最悪の想定にぶつかった時に脆く崩れてしまう……)
そう考えつつ書類を記すミヤケ。
しかし、彼はその選択を後に一生後悔することになるのだった。




