第8話 本当の勇者の物語
最初に取りかかったのは、街の中の水路だった。
俺たちは住民を集め、どこに水路を通せばいいのか話し合った。
ところが、話し合いはすぐに難航した。
「俺の家の前には通すなよ。道が狭くなる」
「こっちには通してくれ。毎日水を運ぶのが大変なんだ」
「水路を作るなら、畑の近くにも作ってくれ」
「いや、先に井戸を直してくれ!」
誰もが自分の生活をよくしたいと思っている。
当然だ。
俺だって、自分の家の近くに水路ができれば便利だと思う。
だが、全員の希望を叶えることはできなかった。
「まずは街全体に水を行き渡らせることを考えよう」
俺はそう言って、住民たちの話を一つずつ聞いた。
水路を通す場所を決めるために街を歩き、地面の傾きを調べ、石をどかし、必要な場所に印をつけていく。
水は高いところから低いところへ流れる。
そんな当たり前のことも、実際に水路を作ろうとすると、簡単にはいかなかった。
途中に岩があれば、掘り進めるのに時間がかかる。
道を横切れば、住民の通行を妨げてしまう。
家の近くを通すなら、壊れないように工夫しなければならない。
それでも、少しずつ水路は伸びていった。
やがて、オアシスから引いた水が街の中を流れるようになった。
住民たちは、初めて水が流れてきた日、我先にと水路の周りに集まった。
「おお、本当に水が来たぞ!」
「これで毎日、あそこまで行かなくて済むんだな!」
子供たちが水に手を突っ込み、年寄りたちが笑っていた。
たったこれだけのことで、街の人間はこんなに喜ぶのか。
いや、違うのだろう。
俺たちは今まで、こういう当たり前のことすら手に入れられなかったのだ。
水路ができたからといって、すべての問題が解決したわけではない。
街の外れには、まだ水の届かない場所がある。
水路の維持にも人手がいるし、汚れた水をどこへ流すのかという問題も残っていた。
そこで俺たちは、下水道の整備にも取りかかった。
使い終わった水や汚水が、住民の暮らす場所に溜まらないようにする。
水路とは別に排水のための溝を掘り、街の外へと流れる道筋を作る。
もちろん、それも簡単な仕事ではなかった。
地面を掘れば、すぐに終わるというものでもない。
雨がほとんど降らないこの土地では、普段から大量の水が流れるわけではない。
だからといって、適当に作ればいいわけでもなかった。
汚水が途中で溜まれば、
結局は臭いの原因になる。
彼らは、喜んで仕事に取り組んでくれた。
これが、自分たちの暮らしを良くすることに繋がるからだろうか?
以前の王のときは、仕事なんて与えられなかったからな。
しかし、その間にも、別の問題が持ち上がった。
「このままだと、今のオアシスだけでは足りなくなる」
勇者が地図を広げて言った。
「街の人口が増えたら、もっと水が必要だ。それに、もしオアシスの水が減ったら、俺たちはどうする?」
誰も答えられなかった。
この街の周辺には、ほかにもオアシスがある。
だが、そこから水を引くとなれば、
長い距離にわたって水路を作らなければならない。
途中には砂地もあれば、岩場もある。
水が途中で地面に染み込んでしまわないよう、工夫も必要だった。
それでも、勇者はやると言った。
「水が足りなくなってから考えても遅い。今のうちに準備するんだ」
俺たちは周辺の地形を調べ、別のオアシスから街へ水を引く計画を立てた。
水路を作るために、住民たちを集めた。
石を運ぶ者、地面を掘る者、水路の形を整える者。
それぞれができる仕事を受け持った。
もちろん、働いた者には賃金を支払うことにした。
革命を起こしたからといって、住民に無償で働かせていいわけではない。
俺たちは、王のやり方を変えるために戦ったのだ。
新しい支配者が同じことをしてしまえば、何のために戦ったのかわからない。
さらに、俺たちはため池も作ることにした。
引いてきた水を一時的に蓄えておく場所だ。
水路を通して水が届いているときに貯めておけば、何かあったときにも使える。
水路の修理をするときや、オアシスの水が減ったときにも、すぐに困らずに済むはずだった。
ため池の場所を決めるため、俺は何度も街の外へ出た。
地面を調べ、周囲の地形を見て、住民たちと話し合った。
そのうち、俺は街のどこに何があるのか、以前よりもずっと詳しくなっていた。
誰がどこに住み、どこに畑があり、どの道が通りにくいのか。
どこで水が足りなくなり、どこで汚水が溜まりやすいのか。
実際に歩いてみなければ、わからないことばかりだった。
やがて、別のオアシスから水が届くようになり、ため池にも水が蓄えられた。
完成したため池の前で、勇者は満足そうに頷いた。
「これで、少しは安心できるな」
「そうだな」
俺も頷いた。
この街は、少しずつ変わっていった。
革命前と比べれば、住民の暮らしは確実によくなっている。
俺たちは、ようやく街を取り戻したのだと実感していた。




