第9話 本当の勇者の物語②
水の問題に取り組む一方で、俺たちは軍隊を作る必要にも迫られていた。
そして、俺たちの街は一度、隣の街から侵略されている。王を倒したからといって、もう二度と攻め込まれないという保証はなかった。
「軍隊を作る」
勇者は、住民たちを集めて宣言した。
「この街を守るためだ。必要なら、街の外へ出て戦うこともある。だが、軍隊を持つこと自体が目的じゃない。俺たちの暮らしを守るために必要なんだ」
街を守るための兵士を集め、訓練を始めることになった。
武器を扱える者を探し、戦い方を教え、隊列の組み方を覚えさせる。
食料や水の管理も必要だったし、兵士たちが使う装備を用意する必要もあった。
戦う人間を集めれば、それで軍隊ができるわけではない。
兵士たちが食べるものを用意しなければならないし、怪我をしたときの手当ても考えなければならない。
軍隊を維持するためには、金も必要だった。
そこで俺たちは、税の仕組みを整えることにした。
今までの王は、住民から無理やり税を取り立てていた。
払えない者からも容赦なく取り立て、家や財産を奪うことさえあった。
軍隊を維持するにも金がかかる。
税を集めなければ、仕事をする人間に賃金を払えない。
しかし、彼らには十分な仕事をすでに与えていた。仕事をしていれば、自然に金は回るものだ。
これで、他の街や国との交易も盛んに行うことができる。
そうすれば、税収だって増える。
俺たちは少しずつ制度を整えていった。
軍隊は、やがて形になった。
勇者は兵士たちを率いて訓練を行い、
街を守るための準備を進めた。そして、ある日、俺に言った。
「隣の街を攻める」
俺は驚いた。
「攻め込むのか?」
「そうだ。俺たちの街は、あいつらに一度奪われた。今のままでは、また同じことが起こるかもしれない。向こうが再び攻め込む準備をする前に、こちらから動く」
「それで、街の人たちは納得するのか?」
「関係ない。というか、納得してもらわなきゃ困る。自分たちの街を自分たちで守るという意識が必要だ。それに、しっかりと金は払うんだ。どちらにせよ、まだ食料の問題が解決してないからそれが解決したらな」
勇者は、そう言った。俺は反対しなかった。隣の街を攻めることが良いとは思わなかったが、勇者の言うことにも一理あった。
やがて、食料の問題は解決した。勇者が道を整備して商人を呼びやすくしたのだ。
商売が盛んになり、一気に税収が増え、交易によって多くの食料を手に入れることができた。
そして、勇者は軍隊を率いて街を出た。残された俺は、街の自治を任されることになった。
勇者がいなくなってから、俺の仕事はさらに増えた。
街の問題を解決するためには、現場へ行かなければならない。
水路が壊れたと聞けば、そこへ向かった。道が崩れたと聞けば、どこが悪いのかを調べた。軍隊に食料を送るための準備も必要だった。
俺は毎日、街中を歩き回っていた。
朝、家を出る。
水路の工事現場へ行き、作業を確認する。
その途中で住民に呼び止められ、話を聞く。
俺は現場へ行くことをやめなかった。
報告書に書かれた言葉だけでは、わからないことがあるからだ。
水路の修理が遅れていると書かれていても、実際に行ってみれば、作業をしている人間が足りないのかもしれない。
材料が届いていないのかもしれない。
税が払われていないと報告されても、実際に話を聞いてみれば、病気で働けなくなった者がいるのかもしれない。
俺は、そういう事情を知りたかった。
以前の王は、住民の暮らしを知らなかった。知ろうともしていない。城の中で命令を出し、税を取り立て、兵士を動かす。その命令によって誰が困るのか、どこに問題があるのか、以前の王は、何も見ていなかった。
だから俺たちは、革命を起こしたのだ。
俺まで同じことをするわけにはいかなかった。
だが、次第に無理が出てきた。
街の人口が増え、仕事が増えるにつれて、俺が直接確認しなければならないことも増えていった。
俺が一つの現場にいる間に、別の場所で問題が起こる。
そちらへ向かえば、今度は別の住民から呼び出される。
朝に聞いた相談の答えを出す前に、昼には新しい問題が持ち込まれる。
すべての現場へ行くことは、もうできなくなっていた。
「バルト様、こちらの件はどういたしましょうか」
天幕の内側で書類を確認していた俺に、部下の一人が新たな報告書を持ってきた。
「水路の修理についてです。現場の責任者から、予定を変更したいと申し出がありました」
「どうしてだ?」
「詳しい事情は、まだ確認できておりません」
「なら、現場を見てきてくれ」
「承知しました」
部下は頭を下げて出ていった。
俺は、机の上に積まれた書類を見た。
これまでは、俺自身が現場へ行っていた。
そこで話を聞き、状況を確認して、どうするかを決めていた。
だが、これからは違う。
誰かに現場を任せなければならない。
俺の代わりに話を聞き、俺の代わりに判断してもらわなければ、街は動かなくなる。
そのためには、信頼できる人間を選ぶ必要があった。だが、これからは、
俺が直接聞けない声が増えていく。
俺の部下が住民の話を聞き、その部下が別の人間に仕事を任せ、その人間がさらに別の人間に指示を出す。
そうなったとき、住民の声は正しく伝わるのだろうか。
現場を知らない人間が、報告書だけを読んで判断するようになったらどうなるのだろう。
住民の事情を知らない人間が、決められた規則だからといって、無理な要求を押しつけたらどうなるのだろう。
「……大丈夫だろうか、」
俺は、誰もいない天幕の中で呟いた。
俺たちは、王が支配していたころよりもよい街を作ろうとしている。
そのために、俺は毎日働いてきた。
だが、俺一人でできることには限界がある。
誰かに任せなければならない。
それは、わかっている。
問題は、どう任せるかだった。
住民の声を聞かずに決める人間を、どうすれば生み出さずに済むのか。
そして、俺自身が現場へ行けなくなったとき、どうすれば住民の声を聞き続けられるのか。
俺は机に両肘をつき、頭を抱えた。
革命は成功した。
俺たちは街を取り戻した。
だが、街を取り戻したあと、どうやって街を動かしていけばいいのか。




