第10話 本当の勇者の物語③
勇者が街を出ていってから、一年が経った。その間、街は少しずつ変わっていった。
水路は街の隅々まで伸び、街の中心にあるオアシスとは別のオアシスから引いてきた水も、ため池に蓄えられるようになった。
下水道の整備も進み、以前は汚水が溜まっていた場所も、ずいぶんと清潔になった。
勇者が引き連れていった軍隊とは別の、街を守るために新たに組織した軍隊も、どうにか形になった。
街を守るための兵士たちが訓練を続け、必要な物資を管理する仕組みも整ってきた。
税の徴収も安定し、工事に携わる者たちに賃金を支払えるようになった。
もちろん、問題がなくなったわけではない。
水路が壊れることもあるし、税を払えない住民もいる。
住民同士の揉め事だって起こる。
それでも、俺たちはなんとかやっていた。
俺は相変わらず忙しかった。
現場に出向くこともあったが、以前ほど自由には動けなくなっていた。
報告書を確認し、部下と話し合い、仕事の進み具合を確認する。
そうしているうちに、一日が終わってしまう。
以前なら、街を歩いているだけで、誰かが声をかけてきた。
人々の話を聞いて、その場でできることを考えた。
今は違う。
俺のところに届くのは、整理された報告だった。
どこで何が起きているのか。
何人が困っているのか。
どのような対応が必要なのか。
それらは、以前よりもずっとわかりやすくなっていた。
だからこそ、仕事は上手く回るようになっていた。
だが、報告書に書かれていないことは、俺にはわからない。
住民が本当は何を考えているのか。
何に不満を持ち、何を諦めてしまったのか。
俺の決めたことに、納得していない者がどれだけいるのか。
それが、わからなくなっていた。
机の上には、まだ書類が山積みになっている。
俺がここで悩んでいる間にも、別の問題が起きているかもしれない。
結局、俺は次の書類に手を伸ばした。
そうやって、一日が終わっていく。
*
勇者が帰ってきたのは、それから数日後のことだった。
勇者が街を出てから、5年ほどの月日が過ぎていた。
街の門の向こうに軍隊の姿が見えたとき、住民たちは大騒ぎになった。
隣の街を攻めるために出ていった軍隊が、戻ってきたのだ。
先頭を歩いていたのは、勇者だった。
彼の姿を見た住民たちは、歓声を上げた。
俺も、急いで迎えに出た。
「久しぶりだな、バルト」
「本当に久しぶりだ。……ずいぶん時間がかかったな」
「思ったよりもな。色々あってな」
勇者は苦笑した。
隣の街を屈服させること自体は、どうにか成し遂げたらしい。
だが、そこで終わりというわけにはいかなかった。
向こうの街をどう治めるのか。
誰に何を任せるのか。
こちらの街とどういう関係を築くのか。
軍隊を引き揚げたあと、再び争いが起きないようにするにはどうすればいいのか。
そうした仕組みを整えるのに、予想以上の時間がかかったのだという。
「お前も、ずいぶん苦労したみたいだな」
勇者は、俺の顔を見て言った。
「まあな。お前がいない間、色々あったよ」
「だろうな」
勇者は笑いながら、街の中へと目を向けた。
そして、すぐに足を止めた。
「……これは、すごいな」
彼の視線の先には、水路があった。
石で整えられた道の脇を水が流れ、住民たちがその周囲で仕事をしている。
少し先には、荷車が行き交う広い道があり、
その向こうでは建物の修理が進められていた。
以前はなかった施設も増えている。
水を蓄えるための設備。
物資を保管する倉庫。
兵士たちが訓練を行う場所。
街のあちこちに、俺たちが何年もかけて作ってきたものがあった。
「俺が出ていったときとは、まるで違う街みたいだ」
「そうか?」
「そうだよ。よくここまでやったな」
勇者は、しばらく街を眺めていた。俺は少し照れくさくなった。
「俺一人でやったわけじゃない。住民たちも協力してくれたし、部下たちもよく働いてくれた。別に、俺だけのお陰じゃない」
「それでも、お前がまとめたんだろう?」
「……まあな」
俺たちは、街の中を歩いた。
勇者は、道の様子や水路を見て回り、住民たちに声をかけた。
住民たちは嬉しそうに、街がどう変わったのかを説明していた。
何か特別なことをしているわけではない。
ただ、相手の話を聞き、時には冗談を言い、困っていることがあれば足を止める。
それだけだった。
だが、今の俺にはそれが難しくなっている。




