第11話 本当の勇者の物語④
その日の夜、俺たちは二人きりで話をした。
勇者は、俺が用意した食事を食べながら、街の様子について尋ねてきた。
俺は、水路の整備や税の仕組み、軍隊の維持に必要な費用や、街の中で起きている問題についても説明した。
勇者は、ときどき質問を挟みながら話を聞いていた。
やがて、俺が説明を終えると、勇者はしばらく考え込んだ。
「……お前に、この街を任せていいか」
あまりに、突然のことだった。
「お前がこの街を治めるんじゃないのか?」
「他にやらなきゃいけないことがあるんだ。だから、お前に任せたい」
俺は、すぐには答えられなかった。任せていいか。その言葉の意味はわかる。勇者は、俺が勇者がいない間街をまとめ上げたことを認めてくれているのだろう。それで、これからも俺に任せたい。
そう言ってくれているのだ。それは、嬉しかった。だが、同時に、俺がずっと考えていた問題が頭をよぎった。
「でも、俺、もっと住民から直接声を聞ける場所にいたほうがいいと思うんだ」
俺は言った。
「今のやり方だと、どうしても報告書を通してしかわからないことが増えていく。仕事は上手く回るようになったけど、住民が本当に何を考えているのか、俺にはわからなくなってきている」
「……そうか」
「でも、今はそれどころじゃなくて、色々と忙しいし。俺が現場に出ていたら、その間に決めなきゃいけないことが溜まっていく。誰かに任せなきゃならないのはわかってるんだけど、そうすると、今度は住民の声が俺まで届かなくなる」
俺は、机の上に置かれた書類を見た。
「どうすればいいんだろうな。街を動かすためには、仕組みが必要だ。でも、その仕組みが大きくなるほど、住民との距離が遠くなっていく気がするんだ」
勇者は、すぐには答えなかった。俺は、彼なら何か答えを持っているのではないかと思っていた。やがて、勇者は口を開いた。
「……じゃあ、こういう案はどうだ?」
「案?」
「民衆の意識を、外に向けるんだ」
俺は首を傾げた。
「外?」
俺の話を聞いていたのか、と聞きたくなったが、勇者は俺に喋る間を与えずに言葉を紡いだ。
「そうだ。今、お前たちが作った仕組みは、上手く回っている。だが、税を取り立てるのも、規則を作るのも、街の秩序を維持するのも、全部お前たちだろう?」
「そうだな」
「つまり、住民から見れば、何か困ったことが起きたときに、まずお前たちが目に入る。税が高いと思えば、お前たちに不満を持つ。規則に不満があれば、お前たちに文句を言う。街を守るために必要なことをしていても、住民からすれば、目の前で何かを要求してくるのはお前たちなんだ」
確かにその通りだ。
税を集めるのも俺たち。
規則を決めるのも俺たち。
何か問題があれば、その対応をするのも俺たちだ。
住民のためにやっているつもりでも、住民から不満を向けられるのはいつも俺たちだった。
「だから、外に敵を作る」
そう勇者は言った。
「敵?」
「そうだ。俺たちの街の外には、魔王がいることにする」
俺は、思わず聞き返した。
「……魔王?」
「ああ。実際にいるかどうかは関係ない。魔王という敵がいて、そいつが俺たちの街を狙っている。そういう話を作るんだ」
俺は、勇者の顔を見た。彼は冗談を言っているようには見えなかった。
「待て。どういうことだ?それに、魔王ってなんだよ」
「だから、作るんだよ」
「作るって……」
「以前、この街を支配していた王がいただろう。隣の街から来た。あいつは魔王の手先だった、ということにする」
勇者は、淡々と説明を続けた。
「魔王は、俺たちの街を支配するために、あの王を送り込んでいた。俺たちは王を倒した。だから、魔王は怒っている。次は自分で軍隊を送り込み、俺たちの街を攻めてくるかもしれない」
「……そんな話を、住民に信じさせるのか?」
「そうだ」
俺は、すぐには言葉を返せなかった。
「魔王が攻めてくるなら、軍隊を維持する必要がある。税を取り立てる理由にもなる。住民たちには、この街を守るために必要な金だと説明できる」
「だが、実際には魔王なんていないんだぞ」
「実際にいるかどうかなんて関係ない。街を守るためには、必要なことだ」
俺は、言葉を失った。勇者は、隣の街を攻め落とした。
そのあと、向こうの街を治めるための仕組みを整え、ようやく戻ってきたらしい。
先程彼から聞いた話だ。街の仕組みを整えるのに時間がかかった、と言っていた。
「でも、それだけじゃ駄目なんだ」
「魔王がいると言って税を取り立てても、住民の不満が全部消えるわけじゃない。税を払うのは住民だし、規則を作るのは俺たちだ。結局、住民の目は俺たちに向いたままだ。俺は、もっと住民に寄り添った政治を行いたいんだ」
「じゃあ、住民のために動く別の組織を作るっていうのはどうだ?」
勇者は、机の上にあった紙を引き寄せた。
「軍隊やお前の組織とは別に、街の中で起きる問題を解決する組織を作る。住民から直接話を聞いて、揉め事を収めたり、困っている人間を助けたりする。役所のように書類を処理するだけじゃない。実際に街を歩き、現場で判断する連中だ」
「それなら、今の俺たちがやっていることと同じじゃないか?」
「違う。お前たちは街全体を動かさなきゃならない。税を集め、工事を進め、軍隊を維持し、街の将来を考える。その仕事は、どうしたって住民全員の声を直接聞くだけでは回らない」
勇者は、紙に何かを書きながら言った。
「だが、住民の身近な問題なら、もっと小回りの利く組織に任せられる。困っている人のところへ行き、話を聞き、できるだけその場で解決する。そういう連中がいれば、住民の声を直接聞く場所を残せる」
「警察みたいなものか?」
「まあ、そんなところだ。ただ、規則を守らせるだけじゃない。住民の困り事を引き受けるんだ。住民に寄り添うんだ」
俺は、少し考えた。確かに、俺たちが作った自警団は、街の治安を守ることを主な仕事にしていた。盗みを働く者を捕まえ、争いが起きれば仲裁し、街の中を見回る。
だが、それだけでは住民の抱えている問題をすべて解決できるわけではないし、乱発するトラブルをすべて円満に解決できるわけでもない。
役所に訴えるほどではないが、放っておけば生活に支障が出るような問題。そうしたものを、気軽に相談できる相手がいたらどうだろう
「その組織は、住民のすぐそばにいる必要がある。それに、今は税金を納めるのも揉め事を解決するのも一緒のところがやっているからな。とりあえず、何が何でも不満を分散させるんだ」
勇者は言った。
「偉い人間が机に座って待っているんじゃない。自分から街を歩いて、住民の話を聞く。困っている人間がいれば、手を貸す。悪質なことをしている人間がいれば、止める」
「それで、住民の不満を減らすのか?」
「減らすんじゃない。分散させて、気づかなくさせるんだ」
勇者は、少しだけ間を置いた。
「税を取り立てる俺たちに不満が向くのは、仕方がない。ただ、その不満を決壊させたらダメなんだ。税を取り立てたり、決まり事を作ったりする組織の他に、もっと法に縛られずに住民の気持ちに寄り添ってくれる組織が必要だ」
俺は、ようやく勇者の考えが見えてきた気がした。
軍隊は、外からの敵に備える。
自治の仕組みは、街全体を動かす。
そして、新しい組織は、住民の身近な問題を解決する。
それぞれに役割を持たせることで、街を回していく。
理屈としては、わからなくもなかった。
だが、ひとつだけ、どうしても引っかかることがあった。
「……それで、どうして魔王が必要なんだ?」
俺が尋ねると、勇者は俺を見た。
「住民の目を、俺たちだけに向けさせないためだ」
「それは、さっきも聞いた」
「住民が何を怖がり、何を求めているのかも考えなきゃならない。街を守るために税が必要だと言っても、住民は納得しないかもしれない。だが、魔王が攻めてくるかもしれないと知れば、街を守ることの意味は変わる」
俺は、勇者の言葉を聞いていた。
「住民の不安を外に向ければ、街の中で起きる不満を抑えられる。そうすれば、俺たちは街を守るための仕組みを維持できる。住民のために動く組織も作れる。お前もやりたいこともできる。そうやって、街を安定させるんだ」
勇者は、そこで話を切った。俺は、しばらく黙っていた。
街を守るために、架空の敵を作る。住民の不満を、外へ向ける。そして、住民のために動く組織を作り、俺たちの政治を支える仕組みにする。それは、街を安定させるための方法なのかもしれない。しかし、俺たちが住民に嘘をつく。それで本当に、以前よりよい街になるのだろうか。
「……少し、考えさせてくれ」
俺はそう言った。勇者は頷いた。
「もちろんだ。すぐに決める必要はない」
そう言って、彼は椅子の背もたれに身を預けた。
「ただ、バルト。街を治めるっていうのは、正しいことをするだけじゃ済まないんだと思う」
俺は顔を上げた。
「住民の声を聞くことは大切だ。だが、全員の声を聞いて、全員の望みを叶えることはできない。誰かが決めなきゃならないし、その決定で困る人間も出てくる。俺たちは、その責任を引き受けなきゃならない」
勇者は、静かに言った。
「だからこそ、どうすれば街全体が上手く回るのかを考える必要があるんだ」
俺は、机の上の紙を見た。そこには、勇者がさっそくこれからの街の仕組みの構想を練り始めていた。
「住民の不満を分散させて、妥協させる。街の政を運営する連中が役立たずと思われても、お前が住民に寄り添う存在になれたら、彼らは現状に満足することができる。お前が、住民たちの最後の砦となるわけだ。もちろん、それが決壊しないためにも魔王という存在を作って、俺達が税を取り立てる理由も作る」




