第12話 偽
「とまあ、これが実際のところの話なんだよ」
バルトは、そこまで話すと口を閉じた。
俺は、隣にいるナギを見た。
ナギは黙っていた。
俺は今の話をどこまで理解できているのだろう。
勇者が街を取り戻した。
そのあと、魔王という架空の敵を作った。
住民たちの不満を外へ向けるために。
そして、その魔王から街を守るという名目で税を取り立て、更にそこからも目を背けさせるために住民たちの困り事を解決する組織を作った。
それが、今のギャングだという。
……いや、待て。
勇者は、魔王と戦っているのだろ?
あんな大人数で凱旋しているではないか。
俺が頭の中で話を整理していると、バルトがナギに尋ねた。
「どうだ、満足したか?」
「え?」
ナギは顔を上げた。
「いや、満足っていうか……」
そして、困ったように眉を寄せた。
「じゃ、魔王っていないんですか? 私、ここら辺にいるって聞いてたんですけど」
バルトは少し考えた。
「お前の国には、魔王というのがいるかもしれないし、ここらへんにいるのかもしれないが、少なくとも俺は魔王をいう存在を知らない。というか、俺が知っている魔王というのは、物語上の架空の人物だ。魔物すら、俺は知らない」
「知らないんですか?」
「もしかしたら、お前の国にはいるかもしれないけどな」
「ええ……」
ナギは困惑した顔をした。
俺も困惑していた。
いや、俺の場合は、魔王がいるかいないかという話以前に、何がどうなっているのかが、まだいまいちわかっていないのだが。
とりあえず、俺は黙って二人の話を聞くことにした。
「じゃ、じゃあ、私の国は今、何から攻められようとしているんですか?」
ナギが尋ねた。
少しの沈黙があった。
「魔王なんだろ?」
そう答えるバルトの顔に、俺はわずかな他意を感じた。
さっきまで、バルトは自分たちの街で何が起きていたのか、ずいぶん詳しく話していた。
まあ、バルトはいつも街の見回りをしているからな。
遠くの国の話なんて知らなくて当然か。
だが、今のバルトは、何かを知っているのに話していないようにも見えた。
俺がそう考えていると、バルトは小さく息を吐いた。
「……すまないが、このことを知ってしまったからには生かしてられないって言われてるんだけど」
そういってバルトは、縄で縛られたまま、俺の方を見た。
「お前、ギャングになれ」
「……は?」
俺の口から間の抜けた声が出た。
いや、待て。どうしてそうなる?
俺は今、魔王がいるのかいないのかという話を聞いていたはずだ。
それなのに、どうして急にギャングへの勧誘を受けているのだろう。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺、別に何も……」
「この話を聞いた以上、何も知らなかった頃には戻れない」
「いや、でも、俺は、元々この街の人間だぞ?」
「だからだ。お前が街で、この話を誰かにしたらどうなる?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。確かに、話してしまうかもしれない。いや、
そもそも、今の話をどう理解すればいいのかさえわかっていないのだ。
誰かに説明しろと言われても、まともに説明できる自信はない。
「……いや、でも、俺、あんまりわかってないし、仕事もあるし」
「辞めろ」
「簡単に言うなよ」
俺は思わず声を荒らげた。
バルトは、特に気にした様子もなく続けた。
「お前なら、ギャングの仕事もできるだろう」
「いや、だから、なんでそうなるんだよ!」
「誰にでもできることだ。今の仕事よりいい金を寄越してやるよ」
「それは、まあ……」
「問題ないだろ」
「でも、」
ナギが、そんな俺たちのやり取りを見て口を開いた。
「すみません。私、急いで国に戻らないといけないんですけど」
そうだった。
こいつは魔王を探して旅をしているのだった。
自分の国が魔王に攻められていると聞いて、魔王を倒すためにここまで来たのだ。
そして今、その魔王が本当にいるのかどうかすら、わからなくなっている。
俺は、少しだけナギに同情した。
だが、バルトは違った。
「お前も、ギャングにならないか」
「……はい?」
ナギが固まった。
俺も固まった。
なんで、彼女にもそんなことを聞くんだよ。状況だけ見れば、かなりおかしい。
「いや、私は騎士なんですけど」
「関係ないだろ。それに、ここから帰るのは大変だろ?」
「……でも、このままだと国が危ないです。正しい情報を伝えないと」
バルトはそんな話を聞いても何の迷いもなく言った。
「それでも、ギャングにならないか」
「話を聞いてくださいよ」
ナギの声が、倉庫の壁に響いた。
……なんだ、これ。
「帰らなくていいだろ。ギャングになれ。せっかく強いんだから」
バルトは、もう一度そう言った。
「いや、だから、私は……」
「他にも仲間はいるんだ」
俺の言葉を遮って、バルトが言った。
「この街には、俺の仲間がまだ何人もいる。それに、勇者だって、まだそこまで遠くにいないからな」
「急に何の話なんだ、」
俺は思わず聞き返した。
「ギャングになりたくないと言って駄々をこねて、どれだけ人を集めようが、自分の国に助けを求めようが、勇者が戻ってくればお前だって勝ち目はないさ。本当のことを他の奴らに伝えようとしても、勇者に殺されるだけだぞ。死にたくなかったら、ギャングになれ。少なくともミロ、お前はギャング確定だからな」
脅しかよ。
俺は、しばらくバルトの顔を見つめた。
だが、言っていることはわからなくもなかった。
バルトには仲間がいる。
結局、勇者というのが何者なのかは、よくわからなくなった。
伝説に出てくる偉大な人物だし、この街を守ってくれている存在なのだと思っていたが、魔王なんてのはいないらしい。
じゃあ、誰と戦っているんだ?そもそも、戦っているのか?
そもそも、俺はこの街から出たことがない。
仕事をして、飯を食って、家に帰る。そんな毎日を繰り返してきた。
ナギと出会ってからは、ずいぶんと面倒なことになったが、それだって、もうどうにでもなれという気分だった。
困っている人間がいれば助けるし、揉め事が起きれば仲裁する。
理不尽なことをする人間がいれば、それを止める。
そういう連中だ。
なら、別に悪い話でもないのかもしれない。
少なくとも、死ぬよりはいいだろうな。
「……わかったよ」
俺は答えた。
「ギャングになればいいんだろ」
「話が早くて助かる」
バルトは、相変わらず淡々と言った。
「いや、早いも何も、選択肢がないじゃないか」
俺はため息をついた。こうして、俺の人生は、よくわからないまま新しい方向へ進むことになった。
「すいませんけど、私、戻ります」
ナギが言った。
「戻るって、国にか?」
「はい。私がここで何をしていても、国の状況は変わりませんから。騎士として、国を守らないといけないです。一番強い私がいない内に、国を攻め落とされたってなったら、さすがに寝覚めが悪いですから」
ナギはそう言うと、自分の荷物をまとめ始めた。そして、
俺の方へ荷物を差し出した。
「これ、返しますね。服は、もらってもいいですか?全裸で帰るわけにもいかないですし」
「ああ……」
俺はそれを受け取った。もともとは、俺が逃げるときにナギに持たせた荷物だった。
「……大丈夫なのか?」
俺は尋ねた。
「何がですか?」
「いや、ナギのことがだよ。砂漠をまた歩いて帰るんだぞ。食料も水も、大丈夫なのか?」
「そうですね。ここで、補給していきますよ。お金はありますから」
ナギは、迷いなく答えた。
「それに、魔王が何者かわからないと対処しようがないですから」
彼女は自分の国を離れ、いくつもの街を渡り歩き、魔王を探してきた。
そして今、自分の国が危ないかもしれないと知って、戻ろうとしている。
「……そっか」
俺は、そうとだけ言った。
正直に言うなら、少しさみしかったのだ。
まあ、美人だからな。
「はい」
ナギは頷いた。しばらく、二人とも何も言わなかった。
言いたいことがなかったわけではない。
むしろ、何か言わなければならない気がしていた。
だが、何を言えばいいのか、わからなかった。
「ミロ」
ナギが俺のことを呼んだ。
「お元気で」
「ああ。お前もな」
それだけだった。
俺たちは、握手をした。
ナギの手は、細い。
ほんと、よくこんな腕で大の大人の男を何人も倒せるな。
俺の手よりも細いけど、でもこの腕にはすごい力が詰まっているんだろうな。
ナギは手を離すと、倉庫の出口へ向かった。
俺は、その背中を見送った。
「……ナギ」
思わず、呼び止めていた。
ナギが振り返る。
「また会えるかな?」
自分でも、どうしてそんなことを聞いたのかわからなかった。
ナギは少し考えてから、笑った。
「さあ。でも、会えたらいいですね」
そう言って、彼女は歩き出した。
やがて、ナギの姿は見えなくなった。俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「……行ったか」
「ああ」
バルトは、ナギが去っていった方向をしばらく眺めていた。
「なら、行くぞ」
「どこへ?」
「俺達のアジトだ」
そう言って立ち上がろうとしたバルトを見て、俺はふと思い出した。
「縄、まだ縛ったままだろ」
俺はバルトの背後に回り、縄をほどいた。バルトは何も言わず、自由になった手首を軽く動かした。
「……よし」
「よし、じゃないだろ。普通、もう少し何か言うことがあるんじゃないか?」
「何をだ?」
「⋯⋯いや、別にいいけどさ」
俺はため息をついた。
「あの、一つ聞いていいか?」
「あ?」
「勇者は、何と戦っているんだよ?」
すると、バルトは俺の目を見ずに「そこまで教えるわけにはいかない」と言った。
そして、さっさと歩いていってしまったので、俺も仕方なく彼の後を追った。こうして、俺はバルトと一緒にギャングの拠点へ向かうことになった。




