第7話 食い違い
「ああ、・・・・・た、助かったよ」
「これで、貸し借りなしですから」
「あ、・・・ああ」
なんて強いんだ、彼女は。
しかし、彼女はだいぶ年上のガタイの良いいかにも強そうなおじさんに勝ったからといって特に喜ぶこともなく、「どうしますか」と俺に聞いてきた。
なんだか、俺には彼女が得体のしれない化物のように思えた。
すると彼女はバルトの手足を俺のカバン入っていた縄で縛ると、倉庫の外に出て、近くの井戸から水を組んできて、バルトにそれを思い切りかけた。
「あ、目を覚ましましたよ」
そういって、ナギがニコニコとこちらを見てくる。
バルトも、水をかけられたので反射的に起きようとしたが、手足が縛られているので上手く起き上がれずにいた。
「・・・」
バルトは床に突っ伏したままこちらを見て、状況を把握したのか諦めたような表情をしていた。
そして、彼はうねうねと体を動かして体育座りの姿勢を取った。
「あの、なんで私追われているんですか?」
おそらく、バルトは無言を貫こうとしたのだろうけど、それを察したのかナギはすぐに剣を取り出して彼の首に突きつけた。
「あの、答えてくださいよ。なんか、ミロさんに話を色々聞いたんですけど、色々変じゃないですか。なんで、壁の外に出れないんですか?あと、勇者と魔王ってなんですか?」
俺は、遠くからその様子を黙って見ているしかなかった。
バルトも、剣に怯える様子こそみせなかったが、観念したように「仕方ないから、話してやるよ」と言った。
「外の人間を入れると、街の調和が崩れる」
「それで、私を追っていたんですか?」
「まあそうだ。ミロが、よくわからんあまりこの辺では見ない女を連れてどこかに行ったっていう話を聞いてからな。あと、お前がものすごいジャンプで壁を飛び越えたっていう話も聞いた」
俺は話が聞こえる距離まで近づいた。
調和が崩れる、だと?
まあ確かに、彼女のようなギャングよりも強い人間が暴れたらひとたまりもないだろうけども、
「女、名前を教えてくれよ」
「私の名前はナギ」
「ナギね。とりあえず、どこまで聞いたんだ。というか、何をしに来たんだ」
「私は魔王を追ってここまで来たの」
するとバルトの表情が一気に険しくなった。そして、「魔王?」と語尾を上げてこちらに質問してきた。
「魔王ってなんだよ?」
「は?ここらへんにいるんでしょ?」
急にナギの口調も気の強い女性のそれに変わっていた。
まあ、こっちの方が彼女には似合うかもな。俺の服さえ着ていなければそっちの方が合っているに違いない。
「魔王を追ってここまで来たって、どういうことだ?」
「だから、私は国に命令されて魔王を追って来たの!!ここらへんにいるって聞いたから」
すると、バルトは頑張ってこちらを見上げながらも、少し考え込んでから「魔王なんてのは、いない」と言った。
〜〜〜本当の勇者の物語〜〜〜
(勇者の幼い頃)
勇者が生まれ育った街は、砂漠の貧しい街だった。昼になれば、砂嵐が街を襲う。
空は茶色く濁り、砂が建物の壁を叩き、窓の隙間から室内へと入り込んでくる。
夜になれば、今度は凍えるような寒さがやってくる。
昼間の熱気が嘘のように消え、薄い布一枚では眠ることも難しい。
暖を取るための燃料も、身体を温めるための食料も、誰もが十分に持っているわけではなかった。
水は貴重だった。
食料も貴重だった。
人々は生きるために、互いの持ち物を奪った。
些細な口論から殺し合いに発展することも珍しくない。
明日になれば隣人がいなくなっている。
昨日まで店を開いていた商人が、ある日突然、荷物ごと消えている。
そうしたことが、この国では日常だった。街を守る仕組みなど、ほとんどなかった。住民たちはそれぞれ自分の暮らしを守ることに精いっぱいで、他人を助ける余裕などなかったのだ。そんな街で、勇者は比較的裕福な家に生まれた。
家は大きかった。砂を防ぐための厚い壁があり、いくつもの部屋があり、夜には暖を取るための火を絶やさずに済んだ。
食卓にはそれなりの食事が並び、井戸から運んだ水を、喉の渇きを我慢することなく飲むことができた。
街の大半の住民からすれば、十分に恵まれた生活だった。
勇者には、バルトという従兄弟がいた。
二人は幼いころから一緒に遊んでいた。
親友と言ってもいい関係だっただろう。
砂漠の街に子供が遊べる場所など、そう多くはない。
二人は家の裏手にある狭い路地を走り回り、崩れかけた建物の陰に隠れ、使い古された木片を剣に見立てて戦った。
砂嵐が来れば、家の中で過ごした。
夜になれば、暖かい部屋に集まって、明日何をして遊ぶかを話した。
二人は、自分たちの街が永遠に続くものだと思っていた。
*
その日、街の外から軍勢がやってきた。俺達は13歳だった。
ただ、街の入口に人が集まり、やがて怒号が聞こえ、武器を持った者たちが通りを駆けていった。
隣の街から来た軍隊だった。
彼らは街を包囲し、抵抗する者を押しのけ、建物を次々と占拠していった。
街の住民たちは、まとまって戦うことができなかった。
誰かが武器を取れば、別の誰かは自分の財産を守ろうとした。
逃げる者もいれば、軍勢に取り入ろうとする者もいた。
そもそも、誰が指揮を執るのかさえ決まっていなかった。
昨日まで互いに奪い合っていた人々が、今日になって一つの集団として戦えるはずもなかった。
街は、あっさりと陥落した。
勇者の両親は殺された。
それが戦闘の最中だったのか、占領された後だったのか、詳しいことを知る者は少なかった。
勇者とバルトは生き残った。
なぜ二人だけが助かったのか。
運がよかったのか、それとも単に殺す価値もない子供だと思われたのか二人にはわからなかった。
しかし、二人が建物の影に隠れて、静かになるのを待ち、静かになったと思ったときには、もうこの街は他人のものになった。
食卓に食事が並ぶこともなくなった。夜になっても、暖かい部屋で眠れるとは限らなくなった。二人の家も、違う人間のものになってしまった。
*
支配者たちは、元からこの街に住んでいた人間を快く思っていなかった。
彼らからすれば、征服した土地の住民など、従わせるべき存在だったのだろう。
仕事を探しても、よそから来た者が優先された。
商売を始めようとしても、余計な税を課された。
わずかな収入を得ても、その大半が税として持っていかれる。
それでも、払わなければならない。
払えなければ、持ち物を取り上げられる。
持ち物がなければ、さらに苦しくなる。
苦しくなった住民同士が、また奪い合う。
支配者たちは、喧嘩両成敗でどっちも殺された。
勇者とバルトも、そんな暮らしの中にいた。
二人は、以前のような生活には戻れなかった。勇者は、両親を失った。
バルトもまた、かつての暮らしを失った。
それでも、二人は生きなければならなかった。
食べ物を手に入れ、寝る場所を確保し、明日を迎える。
それだけで、一日が終わった。
それから二年が過ぎた。
勇者が十五歳になったころ、元々の街の住民たちが集まり始めた。
最初は、ほんの数人だった。
同じように税に苦しめられている者。
仕事を奪われた者。
家族を失った者。
支配者たちに逆らうこともできず、ただ耐えてきた者。
勇者は、なんとなく彼らの仲間に加わることにした。
バルトも、勇者についていった。
自分と同じように、家族を失った者がいた。
暮らしていた家を奪われた者がいた。
働いても働いても税を取り立てられ、明日の食事さえ満足に用意できない者がいた。
自分の暮らしを守るだけで精いっぱいだった。
ほかの住民がどうなろうと、手を差し伸べる余裕などなかった。
だが、それでは何も変わらない。
誰かが声を上げなければならない。
誰かが、もう耐えるのはやめようと言わなければならない。住民たちは、こう考えたのだ。「この街を取り戻そう」
元の住民の代表の男が集まった人々にそう告げた。
支配者たちに逆らえば、今度こそ殺されるかもしれない。
反乱が失敗すれば、残された家族まで罰せられるかもしれない。
住民たちが恐れるのは当然だった。
しかし、長いあいだ互いに疑い、奪い合ってきた人々が、少しずつ同じ目的を持ち始めたのだ。
勇者は、そんな光景を不思議そうに眺めていた。
そして、ついにその日が来た。
勇者たちは革命を起こした。
支配者たちの施設が襲われ、兵士たちが追い払われ、住民たちが武器を手に取った。
それは、決して簡単な戦いではなかった。
それは、勇者以外の人間にとってはの話だ。
以前とは違って一致団結した住民たちでも、戦力差は歴然だった。
大きな被害が出た。
しかし、勇者には特別な力があった。
勇者の、その圧倒的な戦いぶりを見た住民の士気は大いに上がり、革命軍は一気に勢いを盛り返した。
革命は成功した。
支配者たちは街から追い出され、住民たちは自分たちの街を取り戻した。
しかし、街を取り戻したからといって、すべてが解決したわけではなかった。
食料が急に増えるわけではない。
失われた家が戻ってくるわけでもない。
死んだ者たちが帰ってくるわけでもない。
それでも、少なくとも、住民たちは自分たちの街の未来を、自分たちで決められるようになった。
人々は、勇者の戦いぶりを見て、勇者をこの街の支配者としようとした。
勇者は、それを受け入れた。
そして、バルトが彼を支える役となった。
街の人々は歓声を上げ、広場では誰かが酒を持ち出し、夜遅くまで騒ぎ続けた。
俺たちは勝ったのだ。
だが、朝になれば腹は減るし、水も必要になる。
街の問題は、王がいなくなっただけでは解決しなかった。
「で、これからどうするんだ?」
広場に集まった住民の一人が、俺たちに尋ねた。
俺は答えられなかった。
隣では、勇者が腕を組んで考え込んでいる。
勇者は俺よりも頭がよかった。
だから、俺は少し期待していた。
勇者なら、きっと何か考えているはずだと。
「まずは、水だ」
勇者は言った。
「水?」
「そうだ。今まで俺たちは、オアシスの水を使って暮らしてきた。でも、この街の人口を考えれば、それだけじゃ足りない。これから街を大きくするなら、なおさらだ」
俺は頷いた。
この街には、まともな上下水道がなかった。そもそも、そんな概念すらなかった。
住民たちは水を汲むためにオアシスまで出向き、桶や壺に水を入れて家まで運んでいた。
使い終わった水は家の外に捨てるか、決められた場所に流す。
そうしてできた水たまりは、日差しの強い日にはすぐ乾くが、臭いまでは消えてくれない。
街のあちこちに、ごみや汚水が溜まっていた。
誰も好き好んでそんな暮らしをしていたわけではない。
ただ、今までの王は、そんなことに金を使わなかったのだ。
「水路を作ろう」
勇者は言った。
「オアシスから街まで水を運ぶ。街の中にも水路を通して、住民がいちいち水を汲みに行かなくてもいいようにするんだ」
「そんなことができるのか?」
「やらなきゃできないままだろ」
そう言って勇者は笑った。




