第4話 知らない世界
俺はため息をつきながら「なんか、食べれるものを作るよ」と言った。
彼女は少し申し訳なさそうに頬を紅潮させてから、「トイレしてきてもいいですか?」と俺に言ってきた。
腹も空いてて喉だって乾いているのに、出すものがあるのか?と思ったが、俺は「外でしてきてくれ。小屋がある」と彼女に伝えて、キッチンに向かった。
棚に残っている食料は、豆と乳製品とサボテンくらいだ。
豆と乳製品はどちらも、交易品だ。
彼女がいくら虚言癖でも、女性ではあるし、ある程度もてなしてやらなきゃな。
助け合いが、この街のルールなのだから。
俺はとりあえず、豆を取り出してから適当に塩を振って、それを火で炒めた。
しつこいくらいに塩を振って、そしてリビングに戻ると、彼女は礼儀よく椅子に座っていたので、彼女の目の前に皿を置いてから、フライパンから炒めたばかりの豆を彼女の皿によそった。
「あ、ありがとうございます。美味しそうですね」
「・・・食料がなくて、すまない。ギャングのところにいけば、もっといいものを食わせてもらえるさ」
さっきから「ギャングのところに行け」と言ってばかりだが、そうした方がいいのは事実だし、あらぬ疑いをかけられるのも困るのだ。
疑われるくらいなら、やっておいた方がマシだったと思える。
「あの、私は遠くの国から歩いてここまで来たんです。とりあえず、信じてください」
別に、そこまでは信じられる話なのだ。
ただ、城門は開いていないし、壁を乗り越えようにも、人間ではどう考えても無理なのだ。
「その、砂漠に入ってからここと同じような街をいくつも見てきたんですよ。確かに、そこの人たちもミロさんみたいな反応をしていたので、なんとなくわかりましたよ。この街から出たことがないんでしょ?」
「まあ、そうだけど、」
「だから、そういうときは私の方が色々と知っているのは明白なので、黙って話を聞いていればいいんです」
酷い物言いだ。
酷いことを言われたので、思わず俺は「ええ、」と言って笑ってしまった。
「その、とりあえず魔王がそろそろ戻ってくるって聞いたからここに来たんですけど、いないんですね。それで、魔王と戦っている勇者という人がいて、彼はこの街を魔王から救出した、と。もしかすると、私の情報が古かったのかもしれないです。
それで、魔王が今、私の国まで近づいてきているんですよ。それで、私は魔王の暗殺を国に頼まれて、ここまで来ました。あと、見せてあげてもいいですけど、私壁飛び越えるとか平気なので」
「あ、ああ、」
「まあ、すいません。色々喋っちゃって。でも、嘘はついてないって信じてもらいたいです。あと、ありがとうございます。これしょっぱくて美味しいです」
俺は正直何一つわからなかったけれども、とりあえず「あ、そうなの」とだけ言った。
正直、途中から話を聞くことを諦めて彼女の胸を見ることだけに集中していたのだ。
「じゃあ、魔王はいないんですね」
「その、俺は魔王のことは何も知らないよ。勇者と戦ってるっていうことしか」
「その、何度も言いますけど、私はこの街の外から来たんですよ」
「・・・そうなのか」
「その、さっきも少し言いましたけど、私の国は北の方にあって、山で囲まれた盆地にあるんです」
「ぼんち?」
「でも、周りの国がどんどん魔王に侵略されているから危機感を覚えた国王は、魔王軍と正面衝突しても勝てないと悟ったので、代わりに私を送り込んで魔王を暗殺しようと企んだんですよ。私一人だけなら、死んだって大したことないし」
国っていうのは、街のデカい版という認識でいいのだろう。国王が、彼女を魔王暗殺に送り出した、と。
「それで、ここまで歩いてきたんです。魔王が自分の本拠地に戻るっていう情報を聞いたので。でも、いないってことですもんね。皆さん、人間ですし、ここは魔王に支配された魔物の街じゃなくて人間の街ですもんね」
ほんと、彼女はどんどんと俺のことを置いていくつもりらしい。
「あの、とりあえずミロさん、気になったことを質問してきてください。その、私の話が本当だというテイで聞いてきてください。色々と気になったこととか。そうすれば、多分色々とわかってくると思うので」
そういって、彼女は残りの豆を口にかき込んだ。
俺は、よくわからなかったけど、わからないことだらけではモヤモヤするので彼女に純粋に気になったことを質問することにした。
「その、キミは街の外から来たの?」
「そうです。そこは、さっき言った通りです」
「砂漠はどうやって歩いてきたわけ?」
あんまり詳しくはないけど、砂漠を歩くのは人間には非常に大変らしい。勇者様は、砂漠の中を颯爽と駆け抜けるらしいが、まあ彼は生きる伝説だからな。
「ここと似たような街がいっぱいあったので、そこで休憩したりしながら来ました」
「その、・・・」
質問が浮かばない。
彼女に何を聞けばいいんだよ。
「家庭環境は、」
家族構成は、と言おうとしてつい間違えてしまった。
「まあ、この街の人に伝わるかわからないですけど、騎士の家に生まれたんです」
「きし、」
「その、親が国の軍隊で働いていたので、私も強制的に同じ道をたどることになったんですよ」
「あ、なるほど」
「それで、暗殺にも大抜擢されたわけですよ」
「砂漠は、一人で歩いてきたのかい?」
今度は、自然と質問が出てきた。
「そうです。まあ、さっきも言いましたけど。何度目ですか?」
「で、勇者は知らないけど魔王は知っているのか」
「そうですね。でも、魔王はどんどん進軍してきているのに勇者はどこでどうやって戦っているんですかね?ここらへんでも、軍のキャンプとか、戦場だったんだろうなっていう場所は見当たりませんでしたよ」
砂漠に砂が多いことはわかるが、実はわからないんだよな。壁の外の景色は一度も見たことがない。
でも、砂がかぶされば色々と埋もれてなくなりそうな気がするけども、実際はどうなるのか検討もつかない。
壁を乗り越えて入ってくる砂の掃除は、本当に大変だ。
「あ、そういえば魔王の話みたいなのが私の国には伝わってるんですよ。多分、そっちの勇者の伝説の話みたいに、最近は魔王の話ばっかりしてて、」
「ああ、そうなの」
「魔王は、人の形をした魔物を何匹も引き連れて街を襲うって」
「魔物ね。俺も見たことはないけど、勇者の話にも、魔物の街から勇者が魔物を全滅させるっていう話はあるからね」
「そうなんですね。私も、本物の魔物なんて見たことないですよ。ここに来るまでに通った街にもいるのかな、なんて思ってたんですけど、魔物には会わなかったですね。もしかすると、勇者様は他の街も魔王軍から取り返しているんじゃないですか?」
「ああ、そうなのかな?それで、たまにしか帰ってこないのか、」
「だって、そっちの方が自然じゃないですか?どんどん魔王の勢力が広がっている中で、奪われた土地を人間が取り返すっていう方が。その割には、魔王は勢いをまったく緩めずにこっちの方まで侵略に来てますけど」
頭がこんがらがってくる。
もう、勇者も魔王もなんでもいいじゃないか。
ナギが壁を飛び越えてはいなくても、きっとその北の方にある国から来た、というのは本当なのだろう。
あまり、この街の住民のような見た目をしていないしな。
「さっきも言いましたけど、」
さっきからずっと「さっきも言いましたけど」と言われている。
もしかして、俺が彼女の胸ばかり見ていたのがバレていたということか?話を聞いていないことがバレていたのか?
「それなら、魔王を倒すためにもぜひ勇者様とも協力したいですね。今、どこにいるんですか?」
「まだこの辺にいるんじゃないかな?その、砂漠の広さっていうのはよくわかんないけど、まだ勇者がこの街を出発してからそんなに時間は経ってないと思うし」
「そうですか。そしたら、急げば間に合いますかね?」
「すまないが、俺は外のことは何も知らないんだ」
「私が色々と教えてあげましょうか?」
そうすると、彼女は少し上目遣いで俺のことを見てきた。
思わず、どきっとしてしまう。
「え、じゃ、じゃあ」
俺がついそんなことを言ってしまったので、俺は彼女の話を色々と聞くことになった。
しかし、外の世界というのも案外おもしろいものだ。
俺の想像も着かないような生活をしている人もいるし、想像も着かないようなデカい動物やデカい山というものがあるらしい。
どれも、見たことも聞いたこともないものばかりだった。




