最終話 本当の魔王の話
「おう、久しぶりだな」
久しぶりに会う勇者の姿は、まあいつもと変わらず若々しいものだった。
髪の艶や清潔感のようなものは長旅のせいかあまり見受けられないけれども、それでも長く伸びた髪を手でかき上げれば茶色く澄んだ瞳が見えるし、なにより未だにあのときと変わらない青年のような、端正な顔が見えるのだ。
「バルト、いつもありがとな。実はな、お前の部下からもっと感謝しろって言われたんだ」
開口一番勇者にそんなことを言われるとは思っていなかったので、かなり驚いたが、俺は「ハハ」と笑ってから「らしくねえな」と言った。
「まあ、感謝してるのは本当だよ。お前のお陰で、俺は他の街を攻められている」
「そんなことよりさ、お前、負けたんだろ?」
「知ってるのかよ。⋯⋯ああ、負けたよ。まあ、若いやつには勝てねえな。それに、俺だってそこまで選ばれた才能ってわけじゃないんだ。皆が魔法っていうのを知れば、俺なんかすぐ埋もれるだろうよ、」
「言い訳すんなよ」
「そんなこといって、次も負けたら今度はお前、自分で戦ってこいよ。人にいうくらいならよ」
「俺だって、この街の厄介事でもういっぱいだ。まあ、俺だってお前に魔法とかを教わったけど、俺にはお前みたいに自信がないんだ。とりあえず、次は負けないように頑張ってくれよ」
しかし、だいぶ長い付き合いだが勇者がそんなことを言うのは、初めてだ。
いつも、大っぴらに見せることはないけれども、自信に満ちあふれている。
それが、こいつだった。
自虐気味に「フッ」と笑う姿は少し新鮮だった。
「戻ってきたけど、向こうの街はいいのか?」
「向こうの代表者っていうの?向こうの街のお前みたいな立場の奴に街をまかせて戻ってきたんだ。急いで戻らなきゃいけない。でも、あんがい持ちこたえているぜ。そもそも、攻めるのより守る方が圧倒的に楽なんだよ。あの女も、攻めあぐねてるみたいだからな」
「まあ、そうだな。でも、流石にお前は戻るんだろ?」
俺がそういうと、勇者は「当たり前だろ」と少し目線を落として答えた。
「でもな、これを続けるのも限界じゃねえのかって思うんだよ。もう、30年くらいか?いや、もっとか。今までの40年は運良く持ったというか、運良くお前みたいな勇者とかいう才能のある人間が生まれてきたからなんとなったんだ。だから、存続させるにはお前の跡取りがいないと困る。別に、弱くてもいいから勇者の血を継ぐ人間が必要だろ?跡継ぎがいないと、この状態を続けようにもどうにもならない。でも、お前は女になんか興味はないだろ?」
「この前、女に負けたんだ。それに、俺が元々興味のあることなんて何にもないさ。お前もよくわかってるだろ?でも確かに、そろそろ次の勇者になる奴を見つけないと、国内で暴動が起こるかもしれないな」
「そんな簡単に暴動なんて起きねえよ。皆大好き勇者様が生きてるうちはな」
「そんなこと言ったって、俺はもう、そんなに長くねえよ。もう、正確な年齢は覚えてないけど、50とか60だぜ」
彼は「信じらんねえよな」と言ったが、それはこっちのセリフだぜ。いつまでも若いよな、お前は。
勇者だから、若いのか?理由はわからないけど、昔のままのお前の姿を見るのはどうも、辟易してくる。
30くらいのときから、まったく見た目が変わらない。
俺だけが置いてかれてるみたいなんだ。
年取ってるのは俺の方なんだけどな。
「世界征服はいいのか?」
俺は勇者に尋ねた。またもや、勇者は少し笑ってから「もういいや」と自嘲気味に言った。
「まあ、もう大体世界はわかった。だから、いいよ。それに、これもまた言われたんだよ。お前の部下が、「引っ込みがつかなくなったんですか?」って。まあ、引くに引けなかったってのが結構あったからな。それに、今はありがたいことにこっちから攻めなくても向こうから来てくれてるんだ。そうすれば、皆の団結も高まるし、失業者も出ない。それに、また「魔王と戦っているんです」って言っていつも通り税を集めることだってできる。これでウィンウィンだろ?」
俺は「まあ、そうだよな」と言って軽く笑った。
実に、勇者が考えそうなことじゃないか。
いつだって、合理的で、かつどこか人間味にかけるのがこいつだ。
それにしても、俺の部下ってなんだ?
まあ、遠征についていった奴はいっぱいいるが、俺達の事情を知ってるのはミロしかいない。
まあ、どうせあいつだろうな。
俺に関しても変なことを言われていなければいいけど、
「まあ、またすぐ戻るさ。あと、俺の領内は住民たちの移動を自由にしようと思ってな」
「あ、そうなのか?でも、この塀の中で暮らすことに慣れた住民は、外に出たがるのか?外に出れば砂嵐も凄ければ、砂は熱いし、昼は日差しも強いのに夜はめちゃくちゃ寒い。この街がどんなに恵まれているか外に行けばわかるだろ」
「それを乗り越えた先になんか、感動とか人生の意味とかがあるんだろ?俺にはあんまりわかんねえけどな。それに、閉じ込めすぎるのも良くないと思うんだ。実際のっところ、塀のすぐ外に魔王がいるんじゃなくて、もっと遠くに敵はいるんだからな」
そういったあとで「今回はな」と勇者が付け足した。
「それと、勇者が負けたとか言うなよ?それは、普通に恥ずかしいから」
「ああ、そうかい」
「そりゃそうだろ」
「負けるなら、いっそ死んだ方が格好良かったんじゃないか?それこそ、この街に伝わる勇者伝説の良いオチになる」
「そんな物語と一緒にされちゃ困るさ。本当の物語ってのは、本人にしかわからないものだろ?俺は、連戦連勝、超巨大な領地を持つ国家元首なんだ。もっと、世界に名前を残していいはずなんだ。この街だけの勇者の物語に留められちゃ俺のスケールがちっちゃくなっちまう」
まだ、そんな野心を抱えていたのかい。俺は半ば呆れながらも、もっと勇者には夢中になれるもんがあったんじゃないか、と思った。
「まあ、そうだな。お前の伝説をこの街にとどめておくのはもったいない気もしてきた。世界がどんだけ広いか俺は知らねえけど、お前はこの街だけじゃなくてもっとデカい平和を背負って戦ってきたんだからな」
「そういうことだ。平和を抱えて、俺は戦ってたんだ」
そういって勇者はニンマリと子どもみたいに笑った。
俺には、もう当時の従兄弟で親友だったあいつとは別人に思えた。というか、むしろ思いたかったけど、昔からあっけらかんとしていた奴だったのだ。
子どもながらに大人びていて、なんとなく俺は気に食わないと思っていたのだ。
でも、意外と俺のことを信頼してくれているんだ。こうして、2年に一回くらい戻ってきてくれるからな。勇者の仕事で忙しいだろうに、戻ってきてくれるんだ。
どうも、俺はそういうのには弱いらしい。
勇者が頑張ってるんだから、俺も頑張らなければいけない、と思ってしまう。
で、結果がこれだ。
俺だけ老け込んで、
俺がウジウジとそんなことを考えていたら、勇者が「水くれないか?」と言ってきた。
仕方ない、と思って俺は立ち上がり、部屋の外にいる部下に水を持ってこさせた。
そして、並々水の入ったコップを渡すと、勇者はぐいっと傾けてすぐに飲み干した。
そして、「ハァッー」と息を吐いてから、「いい話があるんだ」と言って俺の方を見てきた。
「⋯⋯なんだよ?」
「新しい勇者の話だ」
そういって、ニヤッと不気味な笑みを浮かべた。
新しい勇者?どういうことだ?
「俺を打ち負かした奴だよ。まあ、元気であっけない女だ。きっと、あいつは勇者になって、俺と同じ道を辿る。不思議なもんだよな」
「⋯⋯まだ未来の話だろ。まだ、勇者にはなっていないんじゃないのか?」
「でも、世界を見てきた俺にはわかるさ。歴史は繰り返すもんだ。正義も悪も、勇者も魔王も、国同士の取ったとられたも、ずっと繰り返すんだ。俺がこんなに何十年も頑張ったっていうのに、どうせこの領地だって俺が死ねば終わりだ。
それに、人は物語にひどく魅了されるものだ。俺だって、これから面白そうな物語が始まるってんだから、そりゃ最後まで見届けて見たくなるものさ。あの女勇者がどこまでやれるか見ものだな」
俺は、なんとなく彼の目を見つめながら「へえ〜」と相槌を打ったけど、いつになく勇者は楽しそうだった。
いつもは低体温な勇者の顔が、少し紅潮していた。
「いや〜、楽しみだ。勇者は嫌でもやめらんねえけど、俺以外の勇者が生まれるとは思わなかった。人生、捨てたもんじゃねえな」
「そうかいそうかい。そんな、気持ち悪く笑っちゃってさ、」
「いや〜、初めてだよ、こんな気持ちは。ただまあ、俺はまだ守らなきゃいけない。でも、終わりの見えない世界征服以外に楽しみができてよかったよ」
「そうかい。お前の楽しみなことはなんでもいいんだ。そんなことより、お前が負けた後処理は俺がやらなきゃいけないんだ。自由に行き来できるようにするって言っても、お前の領内で旅行とかが自由にできるようにすれば、俺の仕事が大変になるんだ。ぜひ、考え直してほしいものだがな」
俺がそういうと、勇者は珍しくこっちを少し睨んでから「それは、お前の部下のミロとかいう奴に言ってくれ」と言ってきてまたニヤリと笑った。
「ハハ、まあ、いいさ。相変わらず人任せでな。まあ、お前に文句を言えるような奴はいないからな。今の生活も全部勇者様のお陰だ。まあ、また帰ってくればいいさ。何一つ、昔から変わらないお前の故郷は俺が守っておくから、」
「そうか。まあ、頼んだよ」
そういって、軽く手を振ったあと勇者は客間から出て行ってしまった。
ほんと、あっけないものだ。
勇者が守ってきたものは、いつの間にか守らなければいけないものになった。
嫌でも、守らなければいけない。
平和も、発展も、誰かの犠牲の上に成り立っているものだ。
そして、そこには魅力的な物語が添えられる。
いつだって、そうだ。
勇者の物語と言って住民に広まっているものは、俺にとっては嘘でしかない。
それでも、その嘘を信じて住民はここまで結束したし、平和が保たれているんだ。
「あいつも、負けたりするんだな〜」
なんとなく、つぶやいてみた。
なんとなく、昔のことを思い出す。
隣町に攻められて、両親を殺された。
俺はショックだったけど、勇者はキョトンとしていた。
そして、バラバラだったはずの元々の住民が集まってきたときも、俺は怒りを覚えた。元から団結していれば、こんなことにはならなかった、と思った。でも、勇者はキョトンとしていた。
初めて人を殺したときだって、キョトンとしていた。
抜けてる奴って言う言葉で言い表していいかわからないけど、あいつはただの変な奴なんだ。
勇者の器に耐えうる奴だったのだ。
そんな奴が、自分の跡を継ぐものを見つけて喜んでいるのか。
まあ、趣味が良い喜びだとは思わないけど、
⋯⋯⋯
まあ、今回もまた勇者の物語が終わらないように俺が、ひっそりと頑張ればいいんだ。
物語の裏で、頑張ればいい。
あいつの物語が終わる場所を、俺は用意しておかないといけないんだから。
読んでくださり、ありがとうございます。
よかったら、評価や感想などを貰えると今後のモチベーションにもつながるのでもらえると嬉しいです。




