第21話 勇者という男
俺達は、一番近い街までバラバラになりながらもなんとか退却した。
この街も、つい最近勇者が攻め落とした街らしい。
敵は追ってこなかった。
あの街を包囲していたとき、俺たちの軍勢は十万人近くにまで膨れ上がっていた。
だが、今ではその数もずいぶん減っている。
負傷者を運ぶ者、仲間の姿を探す者、何も言わず地面に座り込む者。
街の外れに設けられた陣地は、出発したときとはまるで別の場所のようだった。
俺は、運ばれてきた水を受け取った。喉はひどく渇いていたが、一口飲んでも、体の疲れが取れるわけではない。あの城門の前で起きたことが、頭から離れなかった。
勇者が負けた。
俺達の英雄である、街の住民の心の支えである勇者が、たった一人の少女に負けたのだ。
「ミロ、ぼーっとしてると水がなくなるぞ」
隣にいたロークが俺に空になった水袋を振ってみせた。
「……ああ、悪い。お前、無事だったんだな」
「俺は誰よりも早く逃げた。賢いだろ」
「何してんだよ」
「戦争ってのは、そういうもんだ」
ふざけた調子だったが、それ以上ロークは何も言わなかった。
俺も、それ以上は話さなかった。
やがて、ロークは負傷者の手当ての手伝いに向かった。
俺も何かするべきなのだろうが、今はどうにも体が動かなかった。
俺は水袋を持ったまま、のそのそと陣地の端にある天幕へと向かった。
中で少し休もう。
そう思って天幕の中に入ったところで、奥に人影があることに気づいた。
勇者だった。
鎧はすでに外されており、近くの木箱に腰掛けている。
腕には包帯が巻かれ、いつも身につけている白い外套も、今は見当たらなかった。
俺が知っている勇者とは、ずいぶん違って見えた。
勇者は顔を上げた。
「……キミか、」
よくよく考えると、ちゃんと勇者の顔を見るのは初めてかもな。
勇者という名前の通りというべきか、端正な顔立ちをしている。
戦続きで髪やヒゲは伸びたままだが、透き通るような茶色い瞳がこちらを見つめてきている。
「あ、⋯⋯し、失礼します。勝手に入ってすいません、」
俺はまずいことをしたな、と思って外に出ようとしたのだが、勇者が「まあ、座ってくれよ」と言って天幕にあった折りたたみ式の木の椅子に俺を座らせてくれた。
それにしても、勇者には大した怪我は無さそうだ。
勇者だからなのかもしれないな。
「名前を聞いてもいいか、」
「あ、ミロって言います。その、勇者様と同じ出身なんです」
俺がそう言うと、勇者は少しうれしそうに「そうか」とつぶやいた。
俺には色々と聞きたいことがある。
バルトから色々聞いたことも確かめたいしな。
「あの、色々聞いてもいいですか?」
すると、勇者はうつむいてから「ああ、」と言った。
まずは、さっきナギが言っていたことだ。
魔王の正体、それが一体誰なのか。
そして、俺もこの旅の中で色々と感じた違和感を、なんとなく頭の中でまとめていたのだ。
そして、先程ナギと少し話して、なんとなく結論にたどり着いた気がした。
俺は勇気を振り絞って、勇者に尋ねることにした。
「魔王って、勇者様のことですか?」
すると、勇者は「ハハ」と少し笑ってから「あれ、それは、キミが生まれ育った街で聞いていた勇者の伝説に出てくる魔王の話か?それとも、出身の違う兵士から聞いた話か?」と尋ねてきた。
「実は、バルトさんから聞いていたんです。魔王がいないという話は。俺も、ギャングの一人だったので、」
すると、勇者はキョトンとした顔で「あ、そうなの?」と俺に向かって言った。
「そうです。あ、バルトさんにはいつもお世話になってます」
まあ、バルトがナギに負けたことは言わないでおくか。
二人が今、どういう関係なのかわからないしな。
「⋯⋯バルトはそんな話をキミにしたのか?⋯⋯まあ、いいか。事情があったんだろう、」
勇者は意味ありげに遠くを見ていた。
「そ、その、勇者様はなんで他国の侵略なんてしてるんですか?元々、俺の住んでいた街が隣町に乗っ取られて、それで生活が一変したから、革命を起こしたということは聞きました。その、それで終わりにしても良かったんじゃないんですか?」
「俺は、昔から魔法が使えたから何でもできると思ってたんだよな。それで、試したかったんだよな。世界征服もできるんじゃないかって」
そう言いながら、彼は自分の手を見つめていた。
ほんとに、そんな理由なのか?
俺には、どうも納得できない。
そういってから勇者は顔を上げて俺に「キミは、人が結束するのに何が必要だと思う?」と聞いてきた。
俺は、とりあえず「その、思いやりとか、」と答えたが自信はまったくなかった。
「キミも良くわかっているだろ?敵だよ。それと、人々が熱狂できる物語だ」
「物語、ですか?」
「そうだよ。キミは、もしかしたら他の兵士から聞いたかもしれないけど、外の国では、俺は魔王と呼ばれているらしい。
俺達は砂漠出身だから、目の下に黒い塗料を塗っていただろ?それが、魔物だとか、人間に化けた悪魔だとか、そう言われているんだ。で、俺は不思議な力を使うから魔物たちを束ねる魔王って呼ばれているんだ。
俺達が街をまとめるために魔王という存在をでっち上げたように、他の国も、俺に対抗するために俺を魔王っていうのに仕立て上げていたんだ」
ナギから昔に聞いた話のことか。
それに、街で聞かされていた勇者の話にもあった通りだ。
魔物を束ねる魔王が、世界の平和をおびやかしていて、
それに立ち向かう勇者。
ナギの国では、外から侵略してくる暴虐非道の魔王。
奇しくも、この二つの物語が綺麗にリンクしてしまったのだ。
結局、どこでも人間が考えることっていうのは変わらないってことなのかもな。
「で、それで不思議なくらいに皆結束するんだ。敵が現れたとき、初めて守るべきものがわかる。元々、隣人同士で殺し合っていたような野蛮な街ですら、敵が現れれば結束できる」
そういって少し照れくさそうに勇者は笑った。
「⋯⋯まだ、他の国を攻めるんですか?」
「まあ、⋯⋯もういいかもな。十分、俺の国はデカくなったし。それに、こんなにでかくなったっていうのに、世界はまだまだ広いらしいんだ。とてもじゃないが、手に負えないね」
歩き続けてようやくあの街まで辿り着いたんだ。
だが、負けた。
しかし、ここまで勇者が今まで攻め落とした街というのはどのくらいの数あるのだろうか。
俺の住んでいたあの街だって、狭いなんて思ったことは一度も無い。
でも、一日歩いていれば隅から隅までだいたい周りきれるだろう。
そもそも、こんなに世界が広いということ自体驚きだ。
「あの、バルトから話は聞きましたけど、お二人はどういう関係なんですか?」
「従兄弟だよ。家が隣だったんだ」
「勇者様は、どんな幼少期を送っていたんですか?」
すると、勇者は少し遠くを見るように目を細めてから「まあ、恵まれてはいたかな」と言った。バルトから少し話を聞いたけれども、詳しくは知らない。
もっと、勇者がこの侵略を繰り返す理由があるんじゃないか、と思うのだ。
俺には、侵略するのも侵略されるのもまったく身近なものではないが、ある日突然自分の住んでいる街が他人に支配されたらたまったものではないだろう、と思う。
まあ、俺もそれをしようとしていたわけだけども、結局、俺達はあの街を囲むだけ囲って、それで犠牲者ばかりを出して無惨にも撤退したわけだ。
「まあ、俺が生まれた頃のあの街っていうのは、酷いもんだったんだ。街は貧乏で、俺は金持ちの家に生まれたから生活に困ることもなかったけど、道端にはゴロゴロ人の死体が転がっているし、ためらいなく人を殺すし、」
それも、バルトから聞いた話ではあるが、それってまだたった40年ほど前の話じゃないか。
とてもじゃないが、今のあの街の様子からはなかなか信じられないな。
皆が助け合って、規則を守らない人間はギャングによって容赦なく消される。
だから、皆規則をしっかりと守る。
それが、今のあの街の姿だ。
勇者が願った平和の姿なのだ。




