第18話 長期戦
明日は朝から戦いが始まる。そう言われても、実感はなかった。
俺はローブを丸めて枕代わりにし、地面に横になった。
周囲では、兵士たちが明日の準備をしている。
武器の手入れをする者もいれば、仲間と小声で話している者もいた。少し離れた場所から、街の明かりが見えていた。
俺は目をつぶって眠ろうとした。緊張はあったが、意外とすぐに眠ることが出来た。
そして翌日、俺はいつものように目が覚めた。
そして、朝早くにさっそく城に街に攻撃をしかけることになった。
あそこには、どんな人間が暮らしているのだろう。俺はそんなことを考えながら、目を閉じた。街を囲んでから、しばらくが経った。街の外壁には、ところどころボコッと飛び出したような砦があった。
街を守るために、後から増築したものなのだろう。
どの砦も周囲を見渡せる位置にあり、俺たちの軍はそれらを重点的に攻めることになった。まあ、そこを落とさないと攻め込もうにもその砦から攻撃されてしまうからな。
俺も、そのうちの一つに配置されていた。とはいえ、攻めるといっても、簡単な話ではない。こちらが弓を撃っても、砦からは何の反応が返ってこないのだ。兵士が顔を出すことすらなかった。
最初のうちは、こちらの攻撃に怯えているのだと思った。
それで、こっちがはしごをかけて攻め込もうとすると、はしごを外されて岩を投げられたり汚物を投げられたりした。
一旦攻めるのをやめて休憩をしようとすると、今度は砦の上から石がこちらの陣に向かって飛んできた。
どうやら、こちらが攻撃している間は身を隠し、攻撃が止んだところを狙っているらしい。
それだけなら我慢していればいいか、という程度だった。
しかし、
夜になると、兵士が何人かこちらの寝ているところまで来て油を撒いたりしてきたのだ。そいつらを急いで倒そうとするけど、そこへ火矢が降り注ぎ、兵士や張ってあったテントが燃え上がった。
兵士たちが水を運び、燃え広がる前になんとか火を消す。
それ以外にも街から2、3人の兵士がひっそりと飛び出してきた。
狙いは、俺たちの食料だった。
食料を積んだ荷車に火をつけようとしたらしい。
こちらが気づいて迎撃したため大きな被害にはならなかったが、それからは食料を守るための見張りまで必要になった。
俺たちは十万近い兵力を抱えていた。
相手は、せいぜい街一つだ。最初は誰もが、人数で押し切れると思っていたのだろう。俺だって、そう思っていた。
だが、実際にはそうならなかった。
街を守る兵士たちは、こちらの攻撃にまともに付き合おうとしなかった。
無理に撃退しようとせず、こちらが隙を見せるまでじっと待つ。
こちらが疲れた頃合いを見計らって、石を落とし、火を放ち、食料を狙う。こちらは大軍だ。だからこそ、兵士一人ひとりの動きが鈍くなる。誰かが休んでいる間も、誰かが見張りをしなければならない。誰かが攻撃している間も、誰かが食料を守らなければならない。
街を囲んでいるなのに、こちらの方が少しずつ疲弊していく。
おそらく、街一つくらいなら人数で押し切れる。
その油断が、こんな苦戦を生んでしまったわけだ。
しかし、そんな日々も長く続けば、状況は変わってくる。
街の中にだって、無限に食料があるわけではない。
こちらは外から補給を受けられるが、街の人間はそうもいかない。
街に入ろうとする補給部隊は、今のところまったく見受けられないからな。
仮に来たとしても、この軍勢の中を大荷物でくぐり抜けるような手段は存在しないはずだ。
攻撃を受け流すことはできても、食料が尽きれば話は別だ。俺たちの方には、定期的に食料の補給部隊がやってきていた。
荷車が何台も連なり、兵士たちの食料や水を運んでくる。
街からの襲撃に備えて警戒は必要だったが、補給そのものは順調だった。
一方で、来るはずだった別働隊は、一向に姿を見せなかった。
どうやら、途中にある山を越えられなかったらしい。
……情けない。
それさえ来れば、あっという間にこちらの勝ちになる、というのに山一つ越えられないとは。
もっとも、実際に山を超えるのがどのくらいの難易度のものなのか俺には想像もつかないので、あまりとやかく言える立場でもないのだが。
それでも、予定していた作戦がうまくいっていないことだけは確かだった。
別働隊が来ない以上、俺たちだけで街を囲み続けるしかない。
ただ、先述の通り、戦いが長引くほどこちらが有利になっているのも事実だった。
街からの襲撃は、日を追うごとに少なくなっていった。
最初の頃は食料を狙って飛び出してきた兵士たちも、最近ではほとんど姿を見せない。砦から飛んでくる石も減った。
矢を節約するために、こちらは攻撃を途中からやめた。
そうすれば、向こうからときどきくる攻撃をいなすだけで終わる。
そういう作戦に切り替わったのだ。
このまま待ち続ければ、いつか街の方が先に限界を迎える。
そう考えると、兵糧攻めというのはなかなか理にかなった作戦なのだろう。
もっとも、俺にとっては、別の問題もあった。
戦いがどんどん後回しになっていくのだ。
今日は攻めるのかと思えば、明日に延期。明日こそ攻めるのかと思えば、今度は補給の都合で延期。ようやく攻撃の準備が整ったと思えば、
街からの襲撃に備えて待機。俺は兵士としてここに来たはずなのだが、
実際にやっていることといえば、見張りをしたり、荷物を運んだり、燃えたテントを片づけたりすることばかりだった。
いや、兵士なのだから、それも仕事のうちなのだろう。
そうなのだろうが、いつになったら終わるのかと思う。
戦いが早く終わってほしいような、もう少し先延ばしになってほしいような。
実に、微妙な心境だった。
そして、街を囲んでから一ヶ月が経った。
俺たちは、いよいよ街に攻め込むことになった。
ここ数日は、砦からの反撃も目に見えて減っていたのだ。
今度こそ、攻め落とせる。
そう考えている兵士は多かった。
もちろん、俺もその一人だった。
すでに、こちらの軍勢には結構な犠牲が出てしまっているのだ。
長引かせるわけにもいかないからな。
朝日が昇ると、軍のあちこちで角笛が鳴り響いた。
兵士たちが盾を構え、槍を握り、弓を構える。
長いあいだ張り詰めていた空気が、いよいよ始まるという緊張に変わっていった。




