第17話 砂漠を抜けたら
その後も、俺たちは砂漠を進み続けた。
街を出て、砂漠を歩き、別の街へ到着する。
そこで勇者が役人たちと話し合い、しばらく滞在する。
その間に物資を集め、兵士を新たに加え、準備が整えばまた出発する。
行く先々で、俺たちは同じような光景を目にした。城門をくぐれば、住民たちが勇者を歓迎する。街の規模や建物の造りは違っても、暮らしの様子は似ていた。どの街にも、必ず石で作られた巨大な城壁があった。
どの街でも兵士が集められた。そうして軍隊は、少しずつ大きくなっていった。
俺たちが最初に街を出たときと比べれば、兵士の数はずいぶん増えていた。
食料や武器を運ぶ荷物も増え、行軍の列は長くなっていった。
街に滞在する期間は、おおむね3日ほどだった。
そしてまた、砂漠へ出る。
それを何度も繰り返した。
最初のうちは、街に着くたびに珍しさを感じていた。
知らない土地の景色を見るのも、そこで暮らす人々と話すのも、俺にとっては新鮮だった。
だが、やがてそれにも慣れていった。
全体の流れは変わらない。
ロークは相変わらず食べ物の話ばかりしていたし、俺はときどき、他の兵士たちから砂漠の外の話を聞いた。
知らない土地のことを知るのは面白かった。
だが、その一方で、俺の中にはずっと引っかかっていることがあった。
俺たちは、何のために進んでいるのだろう。勇者は、いったい何と戦うつもりなのだろう。
バルトは、魔王軍だと言った。
けれど、魔王なんていないはずだった。
それなのに、勇者は軍隊を増やし、街を渡り歩き、兵士を集め続けている。
俺には、その理由がわからなかった。
謎は深まるばかりだ。
そして、出発から三か月が経ったころ。
俺たちは、ようやく砂漠の終わりに近づいていた。
砂漠を抜けると、景色は一変した。
そこから先は、初めて見る景色だった。オアシスの周りにポツンポツンとしか生えていない、木がオアシスの周りでもないのに数え切れないほど立ち並んでいた。
地平線の向こうまで続いていた砂の大地は、いつの間にか姿を消していた。
代わりに、目の前には無数の木々が立ち並んでいる。
頭上を覆う枝葉のせいで、日差しもずいぶんと弱くなった。
俺は、こんなに大きな森を見たことがなかった。そもそも砂漠の外に出たことすらなかったのだから、当たり前だ。
軍隊の規模も、十万にまで膨れ上がったらしい。
俺には、いまいち想像がつかなかった。
これだけの人数が一斉に動けば、地面が揺れるのではないかと思うほどだ。
世界には、こんなにも人がいたのだな。
実際、森の中を進む軍隊は、木々の間を縫うように長く伸びていた。
隊列の先頭には相変わらず勇者がいた。
砂漠を歩いていたころ、彼は白い蓑を身につけていた。
強い日差しを避けるためなのだろう。周囲の兵士たちも、それぞれ砂漠に適した格好をしていた。
しかし、森に入った途端、勇者はその白い蓑を脱いだ。
下から現れたのは、豪勢な金属の鎧だった。
金属の表面は磨き上げられ、木々の隙間から差し込む光を受けて輝いている。
装飾も細かく施されていて、俺たちが身につけている鎧とは、そもそも作りからして違っていた。そんなものを着ていて動けるのだろうか、と思うほどの鎧だ。
勇者はその鎧を身につけ、森の中を進んでいく。一方、俺たちは相変わらずだ。身につけているのは、すっかりボロくなったローブだ。
砂漠を歩いていたころから着続けているせいで、あちこちにほつれができている。
砂も落としきれていないし、洗濯する機会だってほとんどなかった。
俺は自分の袖を見下ろした。
勇者の鎧と比べると、ずいぶんな違いである。
まあ、俺は勇者ではないのだから、仕方がないのだろう。
そんなことを考えながら、俺たちは森を抜けていった。
それからも、勇者と話す機会はまったくなかった。それに、勇者も側近らしき人物とたまに話をするだけで、基本は無言のまま何日も歩いているだけだった。
森を抜け、いくつかの街を通り過ぎた。
その街でも、今までと同じように何日か滞在して、兵や物資を集めて、街を出る、というのを繰り返した。街に着くたびに兵士が増え、出発するたびに軍隊は大きくなっていった。
俺は何のために戦っているのかよくわからないまま、隊列の中を歩いていた。まあ、他の砂漠出身の兵士も同じだと思う。
以前から勇者に従軍している者ですら、話を聞いてみれば「魔王と戦いにいくんだ」と言っている者が多数だった。
どうやら、街や国を勇者に征服されたあと「外には魔王軍がいるから、街を守るために兵士が必要だ」と言われて駆り出されたらしい。
だが、さすがにこれだけ長い旅を続けていれば、なんとなく事情もわかってくる。そして、俺の中にも一つの仮説が出てきた。
それにしても、俺たちは何ヶ月も歩いてずいぶん遠くまで来たものだ。
ここまで訪れた、勇者に征服された、という街でもその街の人々は勇者を歓迎し、兵士たちもその命令に従っている。
やはり、不思議なものだ。
やがて、目的地と思われる場所にたどり着いた。
遠くに、街の明かりが見えた。
周囲には遮るものがほとんどなく、平らな土地がどこまでも広がっている。
その中に、街の明かりが浮かび上がっていた。
夜の闇の中でも、街が大きいことはわかった。
建物が密集しているのだろう。明かりの数が多く、遠くから見ても、ずいぶんと栄えているように見えた。俺たちは、その街から少し離れた場所で足を止めた。
その後、出身地ごとに小隊に分けられ、それぞれ作戦の説明を受けることになった。
俺の所属する小隊にも、指示を出す兵士がやって来た。
小隊は、出身地ごとに組まれていた。もちろん、俺の隣にはロークがいるし、それ以外にも見慣れた顔の連中が集まっていた。
「明日の朝、俺たちは正面から街を囲む」
兵士は地面に簡単な図を描きながら説明を始めた。
「別働隊が、すでに別の経路から向かっている。そちらが到着したところで、正面から攻める俺たちと挟み撃ちにする。いいな?」
周囲の兵士たちが頷いた。
俺も頷いた。
説明は、それほど長くなかった。
街のどこを攻めるのか、どの部隊がどこを担当するのか。
細かい話はあったが、俺にとって重要なのは、明日、街に攻め込むということだった。
つまり、これから人と戦うことになる。
俺は、自分の手を見た。これまで、砂漠の街で平和に暮らしてきた。
喧嘩の仲裁だったり、泥棒をぶん殴ったりしたことはある。仕事としてな。バルトのところにいたころだって、揉め事に巻き込まれることはあった。
けれど、軍隊の一員として、街を攻めるのは初めてだ。徴兵されたときにもらった剣だって、まだ一度も使っていない。ギャングのときも、短剣を服の中にしまっていたが、使ったことはない。
それに、俺たちが普段相手にしていたのは、せいぜい街の中で問題を起こした人間だ。明日、相手にするのは、俺たちと同じように暮らしている人間なのだろうか。
簡単に言おう。嫌だ。
しかし、今まで俺達はこういう仕事を勇者にやってもらっていたわけだ。
ああ、こちら側に回る日が来るとはな。
作戦の説明が終わると、俺たちはそのまま休むことになった。




