第16話 知らない街
やがて、日が傾き始めた。
砂漠の空は夕焼けに染まり、遠くの砂丘が赤く色づいている。
昼間の暑さも少しずつ和らいできたが、これから夜になれば、今度は寒さがやってくる。
「全軍、停止!」
号令が響いた。
俺たちは足を止めた。
「本日はここまでとする!各自、指示に従って野営の準備を始めろ!」
兵士たちが一斉に動き出した。荷物が運ばれ、何人かが地面を整え始める。大きな布や支柱が取り出され、手際よく組み立てられていった。
「テントを張るのか」
俺が呟くと、ロークが頷いた。
「そうらしいな。さすがに砂漠の真ん中で、そのまま寝るわけにもいかないだろ」
「まあ、そうだけどさ」
俺たちは指示された場所へ向かい、ほかの兵士たちと一緒にテントを組み立てた。
大きなテントがいくつも並んでいく。
中には大勢の兵士が入れるものもあり、食料や荷物を保管するためのものもあった。
やがて、ひととおり準備が終わると、兵士たちが集められた。
「今夜は、このテントの中で休め。明朝、出発する。勝手に持ち場を離れるな。食事は順番に受け取れ」
簡単な説明が終わると、俺たちはそれぞれのテントへ向かった。
中に入ると、すでに何人かの兵士が荷物を置いていた。
俺は空いている場所を探し、荷物を下ろした。
「ふう……。やっと休めるな」
ロークが隣に腰を下ろした。
「ああ。思ったより歩いたな」
「明日も歩くんだろ?」
「そうだろうな」
俺たちは顔を見合わせた。
砂漠の夜は、これから冷え込んでいく。
テントの外では、兵士たちが食事の準備をしている音が聞こえていた。
俺は荷物を枕代わりにして横になった。
明日はどこへ向かうのだろう。
そして、俺たちは何と戦うのだろう。
俺は今、自分が生まれ育った街から遠く離れた砂漠の中で、勇者の軍隊の一員として眠ろうとしていた。
翌朝、俺たちは日の出とともに出発した。テントを片付け、荷物をまとめ、列を整える。前日と同じように勇者が先頭を歩き、俺たちはその後ろについていった。砂漠の景色は、どこまで行っても似たようなものだった。
砂丘があり、岩場があり、ときどき遠くに建物らしきものが見える。だが、近づいてみれば、それは砂に埋もれた捨てられた街だったりした。
「なあ、ミロ」
隣を歩いていたロークが言った。
「なんだ?」
「俺たち、いったいどこまで行くんだろうな」
「さあ。俺に聞かれても困るよ」
「勇者に聞いてみるか?」
「やめておけよ。お前、そんなこと聞けるのか?」
「……無理だな。あそこまで歩くのだって嫌だ」
ロークはあっさりと諦めた。途中で何度か休憩を挟み、日が傾くころには、ようやく遠くに城壁が見えてきた。
「あれが街か?」
「ああ、そうらしい」
なんとなく口から出た言葉に、前方を歩いていた兵士が答えた。
「今日はあそこに泊まる。お前たちも、もう少し頑張れ」
街が見えたことで、俺たちの足取りは少し軽くなった。
砂漠の中を歩き続けるのは、思っていた以上に疲れる。
地面は平らに見えても、砂に足を取られるし、日差しも強い。
水を飲む量にも気を配らなければならなかった。
だからこそ、街が見えると安心する。
城壁の向こうには、人々の暮らしがある。
水があり、食事があり、休める場所がある。
*
城門に近づくと、街の様子が少しずつ見えてきた。
壁の造りも、門の大きさも、俺たちの街とそれほど変わらない。
門の周囲には兵士が立ち、建物の屋根が城壁の向こうに並んでいる。
そして、俺たちが門をくぐった瞬間、歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「お帰りなさい!」
道の両脇に集まっていた住民たちが、口々に叫んでいた。
俺は思わず足を止めそうになった。
この光景には、見覚えがあった。
俺たちの街で勇者が凱旋したときと同じだ。
住民たちは笑顔で手を振り、子供たちは大人の隙間から勇者を見ようと背伸びをしている。兵士たちの姿を見つけると、歓声はさらに大きくなった。
「……ここでも、こんな感じなのか」
俺が呟くと、ロークが「勇者様は、この街も救ったんだろうな」と言った。
「救った?」
「ほら、見ろよ。あんなに喜んでるじゃないか」
確かに、住民たちはうれしそうだった。
だが、俺は少し気になった。
この街は、いったいどんな経緯で勇者の統治下に入ったのだろう。
俺たちの街を攻めた隣の街。
バルトから聞いた話では、おそらくここがかつて俺たちの街を支配していた街だったのだろう。
その街を、勇者は攻略した。そして今、こうして住民たちから歓迎されている。
俺には、その間に何があったのか、まだわからなかった。
もしかしたら、ここでも勇者の物語が語られているのかもな。
勇者は住民たちに挨拶を返すこともなく、役人たちに案内されて街の中心へと向かっていった。
兵士たちも、それに続く。
俺たちも、用意された宿舎へと案内された。
*
翌日から、俺たちは街に滞在することになった。
どうやら、勇者はすぐに次の目的地へ向かうつもりはないらしい。
街の役人たちと話し合いを行い、兵士たちの配置を確認し、必要な物資を集める。
俺たちには詳しい事情は知らされなかったが、出発までには時間がかかるようだった。
その間、俺たちは街の中で自由に過ごすことができた。
もちろん、勝手に遠くへ出かけることはできなかったが、食事を買いに行ったり、街を見て回ったりする程度なら問題なかった。
「なんだか、俺たちの街と似てるな」
通りを歩きながら、ロークが言った。
「そうだな」
石造りの建物が並び、広場には井戸があり、商人たちが商品を売っている。
街の規模も、暮らしの様子も、俺たちの街と大きくは違わなかった。
もちろん、細かい違いはある。
建物の造りや売られている食べ物、住民たちの服装など、よく見れば違うところはいくらでもあった。
それでも、ここにも人々の生活がある。
朝になれば店が開き、昼になれば人々が働き、夕方になれば家に帰る。
俺たちが暮らしていた街と、何も変わらない。
そして、俺たちが滞在している間にも、街では兵士の募集が行われていた。
勇者の軍に加わる兵士を集めるため、街の役人たちが住民を選び、必要な人数をそろえていく。
最終的に、百人ほどの兵士が新たに加わることになった。
「また増えたな」
兵士たちが列を作っているのを眺めながら、ロークが言った。
「ああ」
「これだけの人数がいたら、食事を用意するのも大変そうだ」
「お前は本当に食べ物のことばかりだな」
「腹が減ったら戦えないだろ」
ロークは、もっともらしい顔で言った。
こうして新たな兵士が加わり、物資の準備が整うと、俺たちは再び出発することになった。
街に滞在した期間は、およそ一週間だった。
その間、俺はこの街の住民たちと話す機会もあった。
彼らは勇者のことを誇らしげに語り、今の暮らしに満足しているように見えた。
俺たちの街と同じように、ここでも勇者は歓迎されている。
それが、不思議だった。




