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シャルル・マニエール〜最強魔術師がファンタジー世界を冒険する〜  作者: リオン


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第一部『運命の序章』 第四章 四界の歴史

その日の朝、マニエール家の屋敷には雨が降っていた。

窓を伝う雨粒が、静かな音を立てている。

普段であれば庭に出て剣術や魔術の練習をしているシャルルだったが、今日はそうもいかなかった。

「……暇だなあ」

少年は窓辺に頬杖をつき、灰色の空を眺めていた。

庭の木々は雨に濡れ、地面にはいくつもの水たまりができている。

風魔術を使えば、雨を避けながら外を歩けるだろうか。

そんなことを考えていると、背後から声がした。

「シャルル様」

振り返ると、執事が立っていた。

「本日の授業のお時間でございます」

「あっ、もうそんな時間?」

「はい。今日は歴史の授業を予定しております」

「歴史かあ……」

シャルルは少し肩を落とした。

魔術や剣術の授業なら、いくらでも受けたい。

しかし、歴史となると話は別だった。

昔の王様の名前。

戦争が起きた年。

どの国がどの国と争ったのか。

覚えることが多すぎる。

「先生、今日は何を勉強するんですか?」

「四界の歴史についてでございます」

「四界?」

シャルルの表情が変わった。

「人界、魔界、天界、妖精界のことですか?」

「その通りです」

「それなら、ちょっと面白そう!」

執事は微笑んだ。

「では、書斎へ参りましょう」

*

書斎には、大きな世界地図が広げられていた。

机の上には分厚い歴史書が数冊積まれ、その横には古びた羊皮紙が置かれている。

シャルルとギゼラは並んで椅子に座った。

「さて、本日はこの世界の成り立ちについて学びましょう」

執事は地図を指さした。

「まず、私たちが暮らす世界を何と呼ぶでしょうか?」

「人界です!」

シャルルが答える。

「正解でございます」

執事は頷いた。

「人界には多くの国々が存在しております。その中の一つが、私たちの暮らすフランク王国です」

「カール王様の国だよね!」

ギゼラが元気よく答えた。

「その通りです」

執事は微笑んだ。

「カール王は、優れた剣術の腕前を持つ王として知られております」

「王様なのに剣が強いの?」

ギゼラの目が輝いた。

「はい。若い頃から剣術に優れ、現在もその腕前は高く評価されております」

「すごい! 会ってみたい!」

ギゼラは嬉しそうに笑った。

シャルルも興味を示した。

「でも、王様って戦争になったら戦うんですか?」

「カール王は、現在は王国の統治を優先されております。戦場の最前線に立つことは、ほとんどありません」

「どうして?」

「王が倒れれば、国全体が混乱する恐れがあるからでございます」

「なるほど……」

シャルルは頷いた。

強いからといって、必ずしも自分で戦えばいいわけではない。

それもまた、一つの考え方なのだろう。

*

「では、次に魔界について説明いたしましょう」

執事は地図の下部を指さした。

「魔界は、人界の大陸の地下に広がる世界でございます」

「地下!?」

ギゼラが驚いた声を上げた。

「地面の下に国があるの?」

「はい。魔界には独自の都市や文化が存在し、多くの魔族が暮らしております」

「暗そうだね」

ギゼラがつぶやく。

執事は小さく笑った。

「我々の想像する地下とは、少々異なるかもしれません。魔界にも人々が暮らすための環境が整っております」

シャルルは身を乗り出した。

「魔界にも町があるんですか?」

「もちろんです。魔界の中心には、ソロモンと呼ばれる都がございます」

「ソロモン……」

シャルルはその名前を繰り返した。

「どんな町なんだろう」

「残念ながら、現在の人界と魔界の関係では、自由に訪れることは難しいでしょう」

「どうしてですか?」

執事は少し表情を引き締めた。

「人族と魔族は、長い間争ってきたからでございます」

シャルルは黙った。

「かつて、魔界の軍勢は人界へ侵攻しました。人界は天界と協力してこれを迎え撃ち、大きな戦争となったのです」

「戦争……」

「はい。多くの命が失われました」

執事は静かに続けた。

「現在は停戦状態にありますが、正式な和平が結ばれたわけではありません」

「じゃあ、また戦争になるかもしれないんですか?」

「……その可能性は否定できません」

シャルルは地図を見つめた。

人界。

魔界。

地図の上では、ただ隣り合う世界にすぎない。

しかし、その間には長い争いの歴史が存在していた。

*

「魔族って、みんな怖い人なの?」

ギゼラが尋ねた。

執事は少し考えた。

「魔族は人族よりも身体能力に優れ、闇魔術を扱うことができる種族です」

「闇魔術……」

シャルルがつぶやいた。

「火とか水とは違うんですよね?」

「はい。闇魔術は、基本となる五属性とは異なる特殊な魔術でございます」

「どんなことができるんですか?」

「その性質は多岐にわたります。人族にとっては、まだ十分に解明されていない部分も多いのです」

「へえ……」

シャルルは興味深そうに頷いた。

「それから、魔族には狂化と呼ばれる特殊な力がございます」

「狂化?」

「自らの理性を失う代わりに、非常に強大な力を得る変化でございます。一度その状態に至れば、元に戻ることはできないとされています」

ギゼラは少し顔をしかめた。

「怖い……」

「そうですね。非常に危険な力です」

シャルルは考え込んだ。

強くなる代わりに、自分自身を失ってしまう。

そんな力を、どうして使うのだろう。

「先生」

「はい?」

「魔族って、みんな人族のことが嫌いなんですか?」

執事はすぐには答えなかった。

「……難しい質問でございますね」

「そうですか?」

「はい。魔族の中にも、さまざまな考えを持つ者がいるでしょう」

「じゃあ、戦いたくない魔族もいるんですか?」

「いるかもしれません」

「だったら、どうして戦争するんですか?」

執事は静かに息を吐いた。

「国や種族の争いは、個人の考えだけでは決まらないからでございます」

「……?」

「土地、資源、食料、権力。多くのものが関わっております。誰もが戦争を望んでいなくとも、争いが起きることはあるのです」

シャルルは眉をひそめた。

「……変なの」

「変、でございますか?」

「だって、戦いたくない人まで戦わなきゃいけないなんて、おかしいじゃないですか」

執事は少年を見つめた。

「……そう思われますか」

「はい」

シャルルは地図に目を落とした。

「魔族の人たちだって、僕たちと同じように暮らしてるんですよね?」

「ええ」

「家族とか、友達とかもいるんですよね?」

「いるでしょう」

「だったら、全部が敵ってわけじゃないと思うんです」

執事はしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「……その通りかもしれませんね」

「では、次は天界についてお話しいたしましょう」

執事は地図から目を離し、窓の外を指さした。

「天界は、人界のはるか上空に存在しております」

「知ってます!」

 シャルルは勢いよく答えた。

「ヒルデガルトが教えてくれました!」

「そうでしたね」

執事は微笑んだ。

「天界には天使族が暮らしております。天使族は強大な魔力を持ち、光魔術を扱うことができます」

「それに、翼があるんですよね!」

「はい。六枚の翼を持つとされています」

シャルルは、ヒルデガルトの背中から現れた美しい翼を思い出した。

陽光を受けて輝く、純白の翼。

あの光景は、今でも鮮明に覚えている。

「先生、天界の王様は誰なんですか?」

その質問に、執事の表情が少し曇った。

「……天界の王は、ルシファーという名の天使でございました」

「ございました?」

「はい。現在、ルシファーは行方不明となっております」

「行方不明?」

「詳しい事情は明らかになっておりませんが、すでに亡くなったのではないかと考えられております」

「……そうなんだ」

「現在は、四大天使の一人であるウリエルが、王の代わりに天界を治めております」

シャルルは頷いた。

「四大天使って、ほかにもいるんですよね?」

「もちろんです」

執事は本を開いた。

「ミカエル、ガブリエル、ラファエル、そしてウリエル。この四名が、天界を代表する大天使でございます」

「ガブリエル……」

シャルルは顔を上げた。

「ケルビムさんが仕えている人だ!」

「よく覚えておいでですね」

「はい!」

執事は微笑んだ。

「ガブリエルは外交や歴史に通じた天使として知られております」

「じゃあ、ヒルデガルトのお母さんも、そのお手伝いをしてるんですね」

「その通りです」

シャルルは嬉しそうに笑った。

遠い天界の話が、少しだけ身近に感じられた。

「最後は妖精界でございます」

執事は別の書物を取り出した。

表紙には、森と小さな翼を持つ人影が描かれている。

「妖精界は、四つの世界の中でも特に謎の多い場所です」

「妖精!」

ギゼラが身を乗り出した。

「小さい人たちなんだよね!」

「はい。妖精族は人族よりも小柄な者が多く、小さな翼を持つとされています」

「かわいい!」

ギゼラは嬉しそうに笑った。

シャルルは本の挿絵を見つめた。

「妖精って、魔術も使えるんですか?」

「もちろんです。妖精族は、自然に存在する魔力を利用することに長けております」

「自然の魔力?」

「はい。私たちの周囲には、さまざまな魔力が存在しております。妖精族は、それらを巧みに利用することができるのです」

「すごいなあ……」

シャルルは目を輝かせた。

「じゃあ、森の中だと強いんですか?」

「自然の魔力が豊かな場所では、その力を発揮しやすいと考えられております」

「なるほど!」

少年は楽しそうに頷いた。

「妖精界にも王様がいるんですか?」

「はい。妖精王オベロンと、妖精女王ティターニアでございます」

「王様が二人?」

ギゼラが首をかしげた。

「王と女王のお二人で、妖精国を治めておられるのです」

「へえ!」

執事は書物のページをめくった。

「伝承によれば、このお二人は最初に生まれた妖精であり、ほかの妖精たちを生み出す力を持っているとされています」

「妖精を生み出す?」

シャルルは驚いた。

「そんなことができるんですか?」

「伝承では、そのように語られております」

「すごい……」

少年は本の挿絵を見つめた。

人族とも、魔族とも、天使族とも違う。

自然と深く結びついた、不思議な種族。

「……会ってみたいなあ」

思わず、声が漏れた。

「先生」

シャルルは手を挙げた。

「はい、シャルル様」

「四つの世界って、最初から分かれていたんですか?」

執事は少し驚いた表情を浮かべた。

「……よい質問でございます」

彼は机の上に置かれた古い羊皮紙を広げた。

そこには、四つに分かれた円のような図が描かれていた。

「古い伝承によれば、かつて世界は一つだったとされています」

「一つ?」

「はい。人界も、魔界も、天界も、妖精界も存在しない、一つの世界でございました」

「じゃあ、どうして四つになったんですか?」

執事は少し声を落とした。

「……神々の争いによって、世界が変わってしまったと伝えられております」

「神々?」

「はい」

シャルルは目を丸くした。

「神様って、本当にいるんですか?」

「それは、誰にも分かりません」

執事は静かに答えた。

「ただ、古い伝承には、世界を創造した善なる神と、それに敵対する悪しき神が存在したと記されております」

「善なる神と、悪しき神……」

「善なる神は、争いも病もない世界を創造したとされています」

「……すごい」

「しかし、そこへ悪しき神が現れ、世界に混乱をもたらした」

執事は羊皮紙の図を指さした。

「その結果、世界は四つに分かれ、それぞれの種族が異なる場所で暮らすようになったと伝えられております」

シャルルは黙って聞いていた。

「ただし、これはあくまでも伝承でございます。歴史として証明されているわけではありません」

「……そうなんですね」

少年は羊皮紙を見つめた。

世界が、もともとは一つだった。

もし、それが本当なら。

「先生」

「はい?」

「世界が一つだった頃は、みんな仲良く暮らしてたんですか?」

執事は少し考えた。

「伝承によれば、争いのない世界だったとされています」

「じゃあ……」

シャルルは首をかしげた。

「どうして今は、みんな争ってるんでしょう?」

執事は答えなかった。

少年は続ける。

「世界が四つに分かれただけなら、別に戦わなくてもいいと思うんです」

「……」

「魔族には魔族の暮らしがあって、天使には天使の暮らしがあって、妖精には妖精の暮らしがあるんですよね?」

「その通りです」

「だったら、お互いに知らないことを教え合えばいいのに」

シャルルは笑った。

「そのほうが、絶対面白いと思うんです!」

執事は少年を見つめた。

そして、静かに微笑んだ。

「……シャルル様らしいお考えでございますね」

「そうですか?」

「はい」

執事は窓の外に目を向けた。

雨は、いつの間にか小降りになっていた。

「しかし、世界にはさまざまな考えを持つ者がおります。皆が同じように考えるとは限りません」

「……そうですよね」

「それでも、異なる考えを理解しようとすることは、大切なことでございます」

シャルルは頷いた。

「はい!」

*

授業が終わる頃には、雨はすっかり上がっていた。

窓の外には青空が広がり、庭の草木には雨粒が輝いている。

シャルルは書斎を出ると、そのまま廊下を駆け出した。

「シャルル様! 廊下は走らないでください!」

「はーい!」

返事をしながらも、足は止まらない。

少年は屋敷の裏庭へ飛び出した。

雨上がりの空気は、ひんやりとして気持ちがよかった。

「……四つの世界、か」

シャルルは空を見上げた。

人界。

魔界。

天界。

妖精界。

それぞれの世界には、異なる種族が暮らしている。

異なる文化があり、異なる歴史がある。

そして、異なる考え方がある。

「……全部、見てみたいな」

少年は小さくつぶやいた。

魔界の都ソロモン。

天界の都エノク。

妖精王オベロンと女王ティターニアが治める妖精国。

どれも、まだ見たことのない場所だった。

「どんな景色なんだろう……」

想像するだけで、胸が高鳴った。

そのとき。

「お兄様!」

背後から声がした。

振り返ると、ギゼラが木剣を抱えて走ってきた。

「剣の稽古しよう!」

「えっ、今から?」

「うん!」

ギゼラは元気よく頷いた。

「今日は絶対勝つから!」

シャルルは笑った。

「いいよ。でも、簡単には負けないからね!」

「望むところ!」

二人は庭の中央へ向かった。

雨上がりの地面は少しぬかるんでいたが、兄妹は気にする様子もなかった。

「いくよ、お兄様!」

「いつでもどうぞ!」

ギゼラが木剣を振り上げる。

シャルルはそれを受け止めた。

かんっ。

乾いた音が響く。

続けて、ギゼラが横から斬りかかる。

シャルルは一歩下がってかわした。

「なかなかやるね!」

「まだまだ!」

ギゼラは勢いよく踏み込んだ。

その瞬間。

「わっ!」

ぬかるみに足を取られ、体勢を崩した。

シャルルは慌てて手を伸ばす。

「危ない!」

ぎりぎりのところで、妹の腕をつかんだ。

「……ふう」

ギゼラは目を丸くした。

「ありがとう、お兄様!」

「気をつけなよ。雨上がりなんだから」

「うん!」

少女は元気よく頷いた。

シャルルは苦笑した。

そして、ふと考えた。

自分たち兄妹ですら、考え方は違う。

ギゼラは剣が大好きで、いつも強くなりたいと言っている。

自分は剣も魔術も好きだが、それ以上に、知らないことを知るのが楽しい。

それでも、こうして一緒に笑い合うことができる。

ならば。

異なる種族同士でも、同じことができるのではないだろうか。

「……ねえ、ギゼラ」

「なあに?」

「魔族と人族って、仲良くなれると思う?」

ギゼラは首をかしげた。

「うーん……」

少し考えた後、彼女は笑った。

「分かんない!」

「……そっか」

「でも、お兄様なら仲良くなれそう!」

「え?」

「だって、お兄様って誰にでも話しかけるじゃない!」

シャルルは思わず笑った。

「あはは! そうかな?」

「そうだよ!」

ギゼラは胸を張った。

「だから、きっと大丈夫!」

その言葉に、シャルルは少しだけ考え込んだ。

そして、笑った。

「……そうだといいね」

*

夜。

シャルルは自室の机に向かっていた。

目の前には、いつもの手帳が開かれている。

魔術の工夫や思いついたことを書き込んでいる、小さな手帳。

その新しいページに、少年は今日学んだことを書き始めた。

『世界には四つの世界がある』

『人界――人族』

『魔界――魔族』

『天界――天使族』

『妖精界――妖精族』

そこまで書いて、シャルルはペンを止めた。

少し考えた後、ページの下に一文を書き加える。

『いつか、全部の世界を見てみたい』

少年は満足そうに頷いた。

そして、もう一つ。

『できれば、いろんな種族の友達を作りたい』

シャルルはその文字を見つめた。

ヒルデガルトの顔が浮かぶ。

天使族と人族の血を引く少女。

彼女と出会ったことで、知らない世界が少しだけ身近になった。

だったら、ほかの世界にも、きっと面白い人たちがいるはずだ。

「……楽しみだなあ」

シャルルは小さく笑った。

窓の外には、満天の星が広がっていた。

その光の向こうには、まだ見ぬ世界がある。

そして、遠い昔に起きたという神々の争い。

世界が四つに分かれた理由。

人族と魔族が争い続ける理由。

そのすべては、今のシャルルには分からなかった。

けれど、いつか自分の目で確かめてみたい。

そう思った。

少年は手帳を閉じ、窓の外を見上げた。

「……いつか、きっと」

その小さなつぶやきは、静かな夜の空気に溶けていった。


このとき、シャルル・マニエールはまだ知らなかった。

自分が抱いた素朴な疑問が、やがて四つの世界の運命を大きく変えることになるなど。

そして、遠い昔に世界を引き裂いた存在が、今もなお、世界のどこかで息を潜めていることを。

少年の物語は、まだ始まったばかりだった。

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