第6話「ミミは気合を覚える」
「安心しろにゃ。
相手は見つけてやるにゃ」
にゃー先生が再び鼻を鳴らし、顎を上げて宙を嗅いでいた。
それでわかるのかな?
私も真似して嗅いでみる。
少し湿った土の臭いと青臭さしかわからなかった。
「こっちにゃ……」
いつの間にか手を掴まれて、慎重に歩いていく。
そこにはゴブリンが二体いた。
みんなが、簡単に倒していた相手。
それを私が一人で……
額から汗が流れ、呼吸が浅くなる。
「大丈夫にゃ。信じろにゃ。
一体はにゃーが受け持つにゃ」
にゃー先生はそう言ってくれるけれど、足が震える。
何度か足を叩いて動けと喝を入れる。
深呼吸すると、茂みから飛び出した。
二体のゴブリンが気づき、こちらへ迫ってくる。
「し、しねぇ!」
「死ねにゃー!」
にゃー先生の見えない攻撃に、一体の体が吹き飛び、もう一体のこん棒を持つ手が千切れ飛んだ。
そして……
今。
悲鳴を上げるゴブリンの顔へ、私の拳を叩き込む。
硬い肌の感触が拳に伝わる。
飛び出す勢いの乗った拳で、吹き飛ばすつもりだったのに。
全身全霊。渾身のパンチ。
私はそう思ったのに……
ペチッと軽い音が鳴り、拳に痛みが走った。
皮が擦りむけ、ヒリヒリとする。
「違うにゃ。こうにゃ!」
にゃー先生の目が鋭く光る。
「死ねっ、にゃー!」
にゃー師匠が地面を強く踏み込み、拳を突き出した。
まるで全身で殴りかかっているような一撃を、私は口を開けたまま見ていた。
後ずさりするゴブリンの顔面を、その拳が捉えた。
ゴブリンの首が折れ、吹き飛び、木にぶつかる。
「気合にゃ。ミミは気合が足りないにゃ!」
私は自分の擦りむけた拳に、左手でそっと触れた。
柔らかな光に包まれる。
擦りむけた皮膚が再生した。
「にゃ……魔法使いにゃ?」
「えっと、触れないと使えない回復魔法だけです……」
私は目を伏せた。
回復はできる。
自分でも便利な力だと思う。
だけど……
戦闘中にそばへ行けない。
傷を負っても、すぐに治せない。
今まではソールさんたちが、私を守れる場所を選んでくれていた。
私もにゃー先生みたいに動ければ。
「凄いにゃ。回復できるなんて才能にゃ!」
にゃー先生が私の頭を撫でて褒めてくれる。
なんだか嬉しくなり、水底から押し上げてくれる手が増えた気がした。
「それなら、少しくらい小突かれても平気にゃ!」
え……
にゃー先生の明るい声に、私は少し体が震えていた。
まるで、引き上げている途中で、手を離された気分になった。
「まずは気合の入れ方にゃ。
拳をにゃーに撃って来いにゃ!」
「は、はい!」
「し、しねぇ」
にゃー先生の手のひらに収まる拳からは軽い音しかしなかった。
「違う、死ねにゃ! にゃ。あと、腰を少し落とせにゃ」
それから殴り続けた。
「声が小さいにゃ。あと、もっと体も使えにゃ」
何度も殴り続けた。
「殺気が足りないにゃ。あと、もっと踏み込めにゃ」
ひたすらに……
夜になり、狼の遠吠えが聞こえてくる。
「帰るにゃ。夜に出るここの狼は、人の子供が大好物だからにゃ」
腕が重い。
体も。
足も。
全身が重かった。
息を荒げながら、私は前のめりに倒れ、温もりに包まれた。
風を切り走っていく。
温かい……
体が揺れる。
甘酸っぱい香りが鼻をかすめる。
「ミミ……飯はまだかにゃ?
お前の家はどこにゃ……
いい加減に起きろにゃ……」
うっすらと聞こえてくるにゃー先生の声は泣いているように聞こえた。
ぐうぅぅぅ。
ぐきゅるるるっ。
そんな音でまどろみの中から目が覚めた。
「やっと……起きたにゃ…………」
目の下に隈を作っているにゃー先生の顔が目の前にあった。
「めし、飯……」
私は体を起こして周囲を見回すと、ギルドの中だった。
誰もが憐れむような目でこちらを見ていた。
「ま、待っていてくださいね! すぐに買ってきますから!」
外へ走る。
朝日に目を細めながら、一番近い屋台でお肉を挟んだパンを買った。
私……朝まで眠っていたんだ。
急いで戻り、にゃー先生の口元へ持っていくと、あっという間に吸い込まれ腹の中に収められていく。
「美味いにゃ。もっとにゃ……」
十個ほど食べると、にゃー先生が立ち上がった。
「復活にゃ!
ミミは良い子だにゃ。他の連中は冷たいにゃ……」
周囲に目を向けると、全員視線を逸らした。
なにか理由でもあるのかな?
猫獣人に近づきたくないわけとか……
考えても、私にはわからなかった。
私も、にゃー先生が残した二つを食べると、一緒に外へ向かった。
「よし、今日もゴブリンを叩きのめすにゃ!
あと、師匠と呼べにゃ」
「はい、にゃー師匠!」
満足そうに、にゃー師匠が頷くと、あっという間にゴブリンを見つけ出した。
「さぁ、成果を見せろにゃ……」
「はい……」
私は静かに頷き、深呼吸をする。
あれだけ叫んだんだ。
殴り方を教えてもらったんだ。
きっと、やれる。
息を止めて一息に飛び出した。
ゴブリンも私に気づき、駆け寄ってくる。
「こん棒は止めてほしいにゃ。即死は怖いにゃ……」
にゃー師匠が、ゴブリンのこん棒を取り上げた。
慌てるゴブリンに、私は腰を深く落とす。
足を踏み込むのと同時に拳を突き出した。
「死ねにゃぁぁっ!」
にゃー師匠を真似て、渾身の気合と突きがゴブリンへ突き刺さる。
全てを込めたパンチ。
殺気を込めたパンチ。
気合を込めた全身全霊だったのに……
ペチッと軽い音が鳴り、拳に痛みが走った。
「良い気合にゃ。
力が無いけどにゃ」
ゴブリンの拳が私のお腹を捉えた。
息が詰まり、膝から崩れ落ちる。
視界がチカチカして、恐怖が体の奥底から這い出てくる気がした。
ゴブリンが大きく見え、歯がカチカチと音を立てた。
痛い。
涙が溢れる。
息が苦しい。
ゴブリンの視線が突き刺さった。
「そこまでにゃー!」
にゃー師匠の鋭い蹴りがゴブリンを吹き飛ばす。
「それが痛みにゃ。覚えておくと良いにゃ。
殴る痛みと殴られる痛みを忘れるにゃ。
あと、早く治すにゃ!」
私はお腹に触れると、すぅっと痛みが消えていった。
けれど、震えはなかなか収まらない。
「良いパンチだったにゃ。自信を持てにゃ。
力が無いけどにゃ」
「は、はい……」
にゃー師匠の尻尾が揺れ、猫耳がピクピクと跳ねる。
「続きはまた明日にゃ」
茶色い瞳がジッと見つめ、私を背負う。
「ミミの家はどこにゃ?」
そのまま背負われて、街へと戻って行った。
強くなるには痛みを知らないといけないってことなのかな……
「さっさと帰って飯にゃ」




