第4話「ミミとソール、そして……別れ」
寝室へ入ると、ソールさんが突然頭を下げた。
「ミミ……ごめん!」
「……え?」
驚いて固まる私の頭を、アネットさんが優しく撫でてくれた。
まだ底が見えない。
体中から酸素が漏れだしていくように、寒くなっていく。
「ギルドからの依頼で、未知のダンジョンの調査に行くことになったんだ……」
ソールさんは拳を握りしめている。
「それなら、私も……」
唇を噛みしめるソールさんの拳は、小さく震えていた。
「いや、ミミはスィラークに置いていく。
あそこなら、ギルドに頼れば大丈夫だろう」
頭が真っ白になった。
「で、でも治療できないと……」
ロリーさんとアネットさんに繋いでいる手は、温かいはずなのに……
なぜか、指先まで冷たく、震えが止まらなかった。
「他の治療士が入ることになったんだ」
そんな……
私がいつも守られてばかりだから?
私が弱いから?
一緒にいたくても、このままでは一緒にいられないんだ……
私は懸命に声を絞り出す。
「あの、強くなれたら……一緒にいられますか?」
視界が滲んできた。頬を伝い、ポロポロと地面にこぼれ落ちた。
「ミミちゃん……」
「……っ」
「……あぁ」
水の底へ落ちていく途中、少しだけ背中を支えられた気がした。
私たちは布団へ入り横になった。
眠気なんて吹き飛んだはずなのに、視界が暗くなっていく。
みんなと一緒にいられる、ゆったりとした時間なのに……
撫でてくれる手が……
その温もりが眠気を誘った。
翌日、手に感じる温もりで目を開くと、ロリーさんと視線が合った。
「おはよう……」
あれ。
力が入らなかった。
自分の声がかすれていた。
眠ったはずなのに、頭がぼーっとする。
「ミミ、おはよう」
「ミミちゃん、おはよう」
「おはよう、ミミちゃん」
みんなの目は赤かった。
みんなで顔を洗い、みんなで支度をして、みんなで外へ出る。
眩しい朝日に目を細めながら、スィラークへと向かった。
みんなと歩く時間が好き。
スィラークへと続く洞窟へ入っていく。
戦闘になると……やっぱり、私には何もできない。
みんなはゴブリンを一撃のもとに倒していた。
それでもゴブリンたちは、私に向かって鋭い視線を向けていた。
私は見ているだけ。
みんながゴブリンに傷つけられることはないと分かっている。
私が傷つけられることもないと、分かっていても。
見ているだけしかできない。
変に力が入った。
肩が震えた。
私は守られているだけ……
ううん。今は無理でも、これから強くなって、いつの日かみんなに追いつきたい。
大きな咆哮が聞こえた。
「ちっ! 変異体か!」
視線を動かすと、飛んでくる斧が目に入った。
大きな背中が割り込む。
盾が斧を弾いた。
「ソールさん、ご、ごめんなさい……」
「気にするな。俺が守ってやる!」
そうじゃない。
そうじゃないの……私も強くなりたい。
「おい、ソール! ミミちゃんと一緒に先に行け!」
「ソールもミミちゃんを補充しておきなさい!」
ロリーさんが強そうなゴブリンに突っ込み斬り合う。
アネットさんが言葉を紡ぎ始めた。
「しかし……」
「時間が無くなるだろうが! お前がいても倒す速度は変わらないんだよ。行け!」
「……っ」
私はソールさんに抱っこされると、そのまま駆け出す。
金属が打ち合う音と、ゴブリンの悲鳴、そして激しい魔法の轟音が聞こえた。
温かな胸に包まれ、悔しさを噛みしめる。
「……ソールさん」
「どうした? 舌を噛むぞ」
「私、いつか絶対に追いつくからね……」
「あぁ……」
走っているせいなのか、私とソールさんの声は震えていた。
光が漏れてきた。
洞窟を抜けると、眩しさに目を細める。
「ここまで来れば安全だな」
「……はい」
私は地面に下ろされて、手を繋いで自分の足で歩く。
酷く重く感じた。
歩くたびに胸の奥がぎゅっと絞めつけられて苦しくなる。
「ここだ」
暫く歩くと、一軒の扉の前で止まった。
「ここって……」
「あぁ、俺の家だ。掃除はしておいたから綺麗だぞ」
家の中に案内される。
暫くダンジョン内の家を使っていたから汚れていると思ったけど……驚くほど綺麗だった。
牙をギルドに届けたときに掃除したのかな?
「ここを使ってくれ」
それって……
「あぁ、この家はミミに貸す」
息を大きく吸うと、かすかにソールさんの香りがした。
ソールさんのサファイアのような青い瞳が私と扉を行き来する。
「……ソールさん?」
「あ、あぁ。ちょっと待っててくれ」
ソールさんが扉を開けると、中へと消えていった。
と思ったらすぐに出てきて、手招きをしている。
「ミミ、良いよ。おいで」
何だろうと思いつつ、駆け寄った。
扉の中は女の子っぽく装飾された部屋になっている。
「……っ」
その可愛らしい部屋に、思わず息を呑んだ。
ベッドには抱けるくらいのぬいぐるみが置かれている。
ソールさん。
ロリーさん。
アネットさん。
そして、私。
「これって……」
ソールさんを見ると、銀色の髪をくしゃくしゃとかいていた。
「あ、あぁ。知り合いに頼んだんだ。
できるだけ寂しい思いをしないように、ぬいぐるみを作ってもらったんだが……」
「ソールさん、ありがとうございます」
この猫耳フードのローブ、ベルトにウサギのぬいぐるみ。
そして……
この部屋と、みんなのぬいぐるみ。
暗い水の中で、たくさんの手が支えていた気がした。
その一本一本が輝きを放つ。
暗い水の中を照らすように。
冷たい体を温めるように、染み込んできた。
あぁ、これはきっと……
指と指の間をしっかりと閉じ、もがいて水をかく。
手に押されるように、見えない水面を目指して進む。
体が温まっていく。
私はソールさんに抱きついていた。
この温もりと、匂いを忘れないように。
頭を撫でられ、この大切な時間を記憶に残すようにと……
「ミミ……元気でな。暫く戻れないと思うが、必ず戻ってくるから」
青い瞳から雫がこぼれ落ちた。
私はもう一度ソールさんへ抱きついた。
「約束だからね。遅かったら迎えに行くから……」
「……あぁ」
外に出るとロリーさんとアネットさんが立っていた。
傷もないようで、ほっと胸を撫でおろす。
その後ろには、一人の女性が立っていた。
ルビーのような赤い瞳が私を見つめる。
「あなたがミミちゃんね。安心して。みんなのことは私が支えるから」
「……ぇ?」
私が戸惑っていると、ソールさんが前に出た。
「こちらはツムギさん。凄腕の治癒士だ」
ツムギさんは優しい雰囲気を纏っている。
柔らかく、誰をも包み込むような微笑みに、私はお辞儀していた。
「みんなのことをよろしくお願いします」
「はい」
顔を上げると、ツムギさんの赤い艶やかな髪が風に揺れた。
「それじゃ、行ってくる」
「ミミちゃん、またな」
「ミミちゃん、行ってくるわね」
「みんなのことは、私が絶対に守るから安心してね」
歩いていくみんなの背中が小さくなっていく。
見えなくなるまで手を振り、自然に下りてくる手を胸に当てた。
今度会うときは、守られるだけの私じゃないから。




