第3話「ミミとロリー」
ソールさんの体が少し震えていることに気づいた。
私がソールさんの手を取ると震えが収まり、頭に大きな手が置かれて撫でられた。
何だかいつもと撫で方が違う気がして、少しもやもやした気持ちになった。
何だろう……
どんどん深みにはまっていく感じ。
息苦しい。
「ソール、何かあったの?」
近づいてくるアネットさんの声に、やっぱり普通じゃないと感じた。
「ミミ、すまないがロリーと遊んでてくれないか?」
私から離れたソールさんがアネットさんと奥の部屋へ向かう。
ロリーさんが壊れ物を扱うように私の手をそっと握り、扉から外へと向かった。
その手は汗ばみ、少しだけ震えていた。
日が暮れ始め、空が夕焼けで赤く染まっている。
冷たい風が吹く。
ローブのおかげか、寒くはない。
ロリーさんの手も温かい。
「そ、そのローブ、似合ってるよ。か、可愛い」
「ありがとう~。アネットさんが買って直してくれたの!」
満面の笑みを向けると、ロリーさんが瞬きもせずに私をじっと見つめる。
何だか目が血走っているのが面白くて、つい笑ってしまった。
ロリーさんも釣られるように笑う。
その顔を見ていると、私まで嬉しくなる。
自然と、足取りも軽くなった。
みんなはいつも私の歩く歩幅に合わせてくれて優しい。
「よーし! 俺もアネットには負けてられねぇ。プレゼントするぞ! 何か欲しいものはあるかい?」
「私はみんなと一緒にいられるだけで嬉しいです!」
嘘じゃない。
記憶がない私を、家族のように大切にしてくれる。
それだけで嬉しくて……
でも。
先ほどのソールさんを思い出すと、水の底へ深く沈んでいく気がした。
ロリーさんと繋いでいる手に、雫がこぼれ落ちた。
胸にチクッとトゲが刺さったように痛む。
ロリーさんの涙なんて、初めて見た。
最初に出会ったときだって、涙は流していなかった。
顔を見上げると、必死に涙を堪えて顔が歪んでいた。
ロリーさんは顔を伏せ、うずくまった。
「ロリーさん、大丈夫?」
ロリーさんの丸まった背中に手を伸ばした。
そのまま優しく撫でると、どんどん涙が流れてくる。
私は布を取り出すと、ロリーさんの頬に当てて流れる涙を必死にせき止めた。
「ミミちゃんは、優しい、なっ」
いまだに涙を流す緑色の瞳は、力強く私を見つめた。
先ほどの悲しいだけの瞳ではないことに、私は胸を撫でおろした。
「じゃぁ、行くか」
「は~い。本当に大丈夫?」
「ミミちゃんがいるからな」
いつもの様子に戻ったロリーさんと手を繋ぎ、茜色に染まる町をゆっくりと歩き出した。
暗くなっていく町並みに、ポツポツと家々から灯りが漏れ出す。
「綺麗だね」
「……だな。忘れないように目に焼きつけておかないとな」
ロリーさんはいつものように、私を見つめてくる。
ちらりと見ても、視線が逃げない。
それはまるで、私を目に焼きつけているように感じた。
私とロリーさんは、町の隅にある小さな店へと入っていった。
「おーい。いるかい?」
「なんだ、ロリコンじゃないか」
誰だろう?
ロリーさんと紫色の髪をした若い女性が仲良さそうに話をしている。
「お前は見守るタイプのはずだったが……そうか。
成敗する必要があるか?」
「お、おい、待て。お前が言うと冗談ではなくなるから怖いんだよ!
この前見せてもらったアレはあるか?」
二人だけで話がどんどん進んでいる。私がロリーさんの手を強く握ると、少しだけぎゅっと握り返してくれた。
忘れられているわけではないことを感じ、なんだか頬が緩んだ。
「ちょっと失礼するよ」
ローブの上から女性の腕が腰に回される。
黒いベルトでローブを締められ、ちょうど良い場所で止められた。
小さなウサギのぬいぐるみが一つだけぶら下がり、なんだか可愛らしい。
「俺からミミちゃんへのプレゼントだ!」
私が顔を上げると、ロリーさんがニカッと笑い、金色の髪が揺れる。
もう涙がこぼれていないことに嬉しくなり、私も微笑む。
「ロリーさん、ありがとうございます。
お姉さんもありがとうございます」
「どういたしまして」
お姉さんの顔は笑っていない。けれど、冷たいとは感じなかった。
「安心しろ。すぐには無理かもしれないが、駆けつける」
どういう意味だろう?
私にはわからない。
ウサギが代わりに返事をするように、赤い瞳が光った気がした。
「じゃぁ、行くわ! ありがとな!」
「あぁ。手を出すんじゃないぞ」
「出さねぇよ! また頼むわ!」
泣いていたこと、このベルト、そして今の言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
ロリーさんと視線が合うと、じっと瞬きもせずに目を離さない。
そんなロリーさんの顔が面白くて、やっぱり笑ってしまう。
そのまま来た道を引き返し、家へと向かって歩き出した。
すっかり暗くなった夜空には赤い月が昇っていた。
家の扉を開けて中へ入る。
「……戻ったぞ!」
奥にまで聞こえるようなロリーさんの声が響く。
「あぁ、おかえり」
「おかえりなさい」
どこか元気のない二人に、震えそうになる足を堪えて駆け寄った。
「ただいま~」
二人が私を受け止めてくれる。
私はそれだけで嬉しかった。
「このうさちゃん、可愛いわね。ベルトも似合ってるわよ」
「本当だな。ミミ、可愛いぞ!」
なんだろう。
いつものことのような気もするけれど、どこかいつもより過剰な気がした。
「なぁミミ。話があるんだが、聞いてくれるか?」
ソールさんの低く寂しそうな声が響く。
「は~い」
笑顔を作り無理やりにでも元気よく、私は返事をした。
けれど、奥の部屋へと向かう足取りが重かった。
一歩進むたびに、足が沈んでいくような……
うつむいて歩いていると、手に温かな感触があった。
左にロリーさんが、右はアネットさんが優しく手を握ってくれる。
目の前を歩く大きな背中が視界に入ると、しっかりと地面を踏みしめた。
もがいても……
もがいても。
水の底へ沈んでいく気がした。




