第46話「ミミと世界樹」
うっそうとした森が、世界樹の周囲を囲んでいる。
まるで世界樹を避けるように、その近くだけは空が見えていた。
登れそうな場所を探していると、木の幹にはいくつも中に入れそうな穴が空いていた。
『この穴から登れたりしないかな?』
穴の中を覗いてみると、上まで続くような道がいくつも枝分かれしていた。
「ここから行くのかにゃ?」
とりあえず入ってみる。
小さな光がポツポツと浮かび上がり、世界樹内を照らしている。
魔物の姿はない。
深呼吸すると、なんだか力がみなぎってくる。それとともに、安心感だろうか。それが包み込んでくれて、私は胸を押さえた。
「どうした?」
目を瞑っていると、レイラお姉さんの声が聞こえ、目を開けた。
私を覗き込んでいたので、微笑んで首を振る。
そして、私たちは世界樹を上り始めた。
右へ行く道。
左へ行く道。
中はまるで迷路のように入り組んでいた。それでも、一歩ずつ前へと進んでいく。行き止まりでも戻って別の道へ。
にゃーさんは楽しそうに前を歩いていた。
ロリーさんは、横から私を見ながら歩き、視線を合わせようとすると、すぐにそらす。よそ見していて、落ちないか少し心配だ。
レイラお姉さんは、そんな私たちを後ろから、じっと見つめていた。
みんなの中心に入り、しばらく歩き続けると、一つの広間に出た。窓のように空いた穴から光が差し込み、森の絨毯を眼下に、遠くまで景色が見渡せる。
突然、広間が輝きだす。
あまりの眩しさに目を閉じると、強い風に踏ん張ることもできず、そのまま私たちは吹き飛ばされた。
風が止む。
浮遊感に目を開けると、青緑色の絨毯が広がっていた。
重力が私たちを引っ張る。
頭がふわりと持ち上がり、それぞれが天に届きそうなほどの叫び声を上げた。
地面が近づいてくる。
――ぶつかる。
私は目を閉じた。
ソールさん。
アネットさん。
みんなの顔が浮かび上がる。
一瞬だけ、身体が止まる。
直後、がさりという音とともに、私たちを葉が包み込んだ。
まるで、手で支えてくれているような感覚。
思考する間もなく、地面へと落ちた。
「死ぬかと思った……」
「やべぇ、心臓が破裂しそうだ」
「うにゃっ!」
私は尻餅をつきながら辺りを見回す。
レイラお姉さんとロリーさんは胸を押さえ、にゃーさんは顔から着地していた。
「突然止まるから、顔から落ちたにゃ……」
顔を撫でながら、にゃーさんが立ち上がった。
「あ、足が震える……」
立ち上がろうとしたレイラお姉さんが、地面に座り込んだ。
「ミミちゃん、大丈夫か……?」
横になりながら、ロリーさんが私を心配してくれた。
『はい……大丈夫です』
私が微笑むと、ロリーさんが安心したように目をそらした。
日が陰った。
『もう一度……』
私たちは立ち上がり、再び穴から入ろうとした。
バサッ、バサッという音が、空から近づいてくる。
空を見上げると、大きなワイバーンがいた。
「早く!」
ロリーさんの声に、私たちは世界樹の中へ逃げた。
『何度やっても無駄だよ?』
そんな幼い女の子の声が聞こえた。
無駄って……?
おそらく、ワイバーンだと思われる声が気になったけれど、私たちは同じような道を上っていった。
「別の場所から入ったと思うが……」
「同じ広間だな」
そして、輝きだす。
「またにゃ!」
薄目を開けたけれど、風が目に入り、浮かび上がる感覚とともに、痛くて目を閉じた。
『だから無駄だって言ったのに』
重力に引かれながら目を開くと、ワイバーンが平行して急降下していた。
「ミミ!」
「ミミちゃん!」
二人の声が聞こえる。
「うにゃ!」
にゃーさんが柔らかに跳ね上がり、ワイバーンの背に乗った。
レイラお姉さんも、ロリーさんもワイバーンの上に乗る。
そして、私もふわりとその背に乗ると、ワイバーンは地面すれすれで浮かび上がり、空へ飛んだ。
「大丈夫かの?」
元の私と同じくらいの背だろうか。
小さな女の子が、ワイバーンに乗っていた。
「……誰にゃ?」
「ピコじゃ」
『ルリアだよ』
にゃーさんの問いに、少女とワイバーンが答えた。
ワイバーンが空中で止まると、世界樹から光が漏れてきた。肌を撫でるような優しい光が私を包み込む。アネットさんに抱かれているときのように温かい。
なんだか心地よくて、目を細めて身を任せた。
「世界樹も喜んでいるみたいじゃな」
『……喜ぶ?』
「子供が帰ってきた気分なのじゃろ」
あれ。
疑問にすぐに答えてくれたピコさんに、私は首を傾げた。
『私の声がわかる?』
ピコさんは大きく頷いていた。
『ルリアもわかるよ』
ルリアさんも元気よく返事をした。
『うん、ありがとう』
ロリーさんも、レイラお姉さんも、にゃーさんも気づいてくれた。けれど、やっぱり話せるのはいいなと思い、涙を溢れさせながらルリアちゃんの身体をなでる。ルリアちゃんは嬉しそうに、くすぐったそうに、羽をばたつかせた。
レイラお姉さんが優しく、私の背中をなでてくれる。
落ち着いた私は、ピコさんと話を続ける。
『あの、子供って?』
「なんじゃ、知らずに来たのか? お主は世界樹の雫から生まれたのじゃろ。いわば、世界樹の精霊じゃな」
私が……精霊?
『私は人でもなく、魔物でもない?』
「説明は難しいが、人も魔物も、死ぬと世界樹で浄化され、また生まれ変わる。精霊は世界樹から直接生まれた存在、かのぉ」
みんなも真剣な表情で考えていた。
『なら、無駄っていうのは? 私たち、天辺に行けば元の姿に戻れるかもって聞いて……』
「それは、ここから西のウル・ド・フィール、北のレイシア、東のスィラーク、この三国にあるダンジョンを踏破した者だけが、上に行く資格を得られるからじゃ」
そう、なんだ……
すぐには元に戻れない。
ロリーさんたちは良くても、この姿で人に混じって暮らすのは難しいよね……
だからここに来たわけだし。
「元の姿に戻るだけなら、いいローブがあるが?」
私は伏せていた顔を上げる。
ピコさんは優しそうに微笑んでいた。




