第44話「卒業した日」
ロリーさんは防戦一方だった。
レイラさんがいないから、きっと飛び込むに飛び込めないんだ。
ううん。
もしかしたら、今は役割に専念しているのかもしれない。
『ロリーさん、お待たせしました』
飛び回る円板を凌ぐので精一杯みたい。
剣で受け止め、身体を動かして避けていた。
今度こそ……
円板の動きも合わせて、様子を見る。
蜂自身は何もしていない。
攻撃手段が、もうあの円板だけなのかな?
羽から少しずつ増やしていっている。
あれを止めないと。
周りに生えている木の頂点に乗った。
蜂を見る。
羽の付け根から円板が出ていた。
きっと、そこを斬れば。
高く。
高く、跳躍した。
重力に引かれて落ちていく。
狙いは一点。
羽の付け根!
髪が手足のように自在に動く。
そのまま鋭い剣のように、髪で蜂の羽を弾く。
羽の付け根を爪で斬り裂き、蜂を地面に叩き落とした。
音を立て、土煙が舞う。
ヤった……のかな?
離れて様子を見ていると、土煙が風に吹き飛ばされ、蜂が浮き上がった。
先ほどまでの羽とは違った羽を纏っている。
鋭い刃のように光が煌めく。
私たちも構えたとき、空から声が降ってきた。
「見つけた、にゃー!」
浮き上がる蜂の頭を、にゃー師匠の踵が叩き落とした。
勢いよく落ちていく蜂が地面に叩きつけられる。
にゃー師匠が一回転し、全体重を乗せた踵落としの追撃が、蜂の頭を潰した。
ついでのように、腰にぶら下げた爪装備を引き抜くと、蜂を八つ裂きにする。
緑色の血が辺りに飛び散り、にゃー師匠が白い牙を見せて笑った。
また敵と認識されたら。
そんなことを思い、息を呑む。
「とどめは、こう刺すにゃ!」
「お、おい。待て、待ってくれ」
私を庇うように、ロリーさんが前に立ち、両手を広げ、大の字で立ち塞がった。
「待つにゃ」
にゃー師匠の言葉に、気が抜けたロリーさんは腕を下ろした。
「こんな姿だけど、ミミちゃんだ。間違いない! だから……」
「わかってるにゃ」
え……
「……え」
ロリーさんの動きが止まった。
「にゃーと同じ踏み込み、体の捻り。いいパンチだったにゃ!」
にゃー師匠……
『ご、ごめんなさい。殴り返しちゃって』
にゃー師匠がゆっくりと歩いてくる。
そして、頭をなでてくれた。
「もう、泣くにゃ」
「なんだ、にゃーさんも気づいてたのかぁ」
気が抜けたように、ロリーさんがその場に腰を落とした。
「みんなが心配性で抜け出せなかったにゃ……
にゃーは匂いでわかったけど、おみゃーらはよく居場所がわかったにゃ?」
「俺たちは目撃情報があった北に行ってさ、オークがいなくなってたから、そこの村に住んでるのかと思ったんだよな。
結局いなくて、ピンクの風を筋肉から聞いて、この森に来た」
そう、だったんだ。
最初に街へ行ったことも。
オークを助けたことも。
筋肉さんを助けたことも。
私の行動は無駄ではなかったのかな……?
でも。
こんな全身ピンク色で、髪を自在に動かして、剣のように斬ることができる。
魔物みたいな姿。
改めて自分の身体を見ていくと……
私は座り込み、涙を隠すように顔を伏せた。
「大丈夫か? ミミ」
「ミミちゃん?」
「どこか痛いのかにゃ?」
こんな姿なのに。
それぞれが気にかけてくれて、それがとても温かくて。
涙が止まらなくなりそう。
『何でもないです……』
「今日でミミも卒業だにゃ」
え?
思わず、顔を上げた。
「……涙」
『あ……』
レイラお姉さんが優しく拭き取ってくれた。
「今日からは、にゃーで良いにゃ!」
にゃー師匠が満面の笑顔を浮かべた。
私もつられて笑うと、『はい、にゃーさん』と答えた。
言葉が通じていなくても、気持ちが通じたのか、みんなが笑ってくれる。
それが嬉しくて、なんだか、前に戻ったみたいで。
とても……
とても。
「ミミは泣き虫だにゃ……」
三人が抱きしめてくれて、しばらくそのまま過ごした。
やがて、落ち着いたころ、レイラお姉さんが話を切りだした。
「元に戻れるかもしれない話があるけど、聞くか?」
元に……
私は頷いていた。
「え、そんな方法があるのか?」
「なんにゃ?」
ロリーさんと、にゃーさんが首を傾げていた。
「世界樹の天辺には女神がいて、願いを叶えてくれるという話だ」
「そんなの、聞いたことないぞ?」
「まあ、ギルドは素材を集めて安定供給を目指し、街を豊かにする組織だからな」
ほえ……
知らないことばかりで、口を開けたまま聞いていると、にゃーさんも口を開けて、じっと二人を見つめていた。
「よし、じゃ、冒険だな!」
「行くか」
「わかったにゃー」
ロリーさんの言葉に私は頷き、にゃーさんは首を傾げていた。
そして、支度をするために、三人は街へと戻っていった。
私は一人、この場所で待つ。
夜になり、月が雲の間から顔を覗かせていた。
今日は狼の遠吠えが聞こえない。
空気を読んでくれたのだろうか。
静かな夜。
世界樹へ行って、天辺まで登って。
それから、みんなの元へ戻って。
いっぱい甘えて……
そのとき、がさりと草が揺れた。
ピクリと身体が反応した。
意識を音の方へ向けると、荷物を担いだロリーさんがいた。
『あれ、集合は明日では……』
「ああ、驚かせてごめん。ミミちゃんが寂しいと思ってさ」
相変わらず、私が視線を合わせると、ロリーさんは視線をそらした。
お互いに笑い合い、夜が更けていく。
こういう、何気ない時間が何よりも大切で。
大事に胸の奥にしまっておこう。




