第39話【アネット視点】「アネットはミミちゃんを甘やかしたい」
ソールが落としたお玉が、役目を終えたというように、崩れて塵になった。
ミミちゃんは、虚ろな表情をしている。
私たちのことが分からないみたい。
やっと会えたのに。
涙で視界が滲む。
どうして、ミミちゃんがこんな目に……
心が張り裂けそう。
「……とりあえず、帰るぞ」
「……はい」
レイナードさんの言葉に返事をしたけれど、声が上ずってしまった。
少し恥ずかしい。
だけど……
ミミちゃんを抱っこしてわかる。
温かな感触はミミちゃんのもので……
たとえ喋れなくても……
涙が頬を伝う。
辺りは暗くなっていた。
ライティングを使える人が二人いると、明かりには困らない。
渓谷を歩いていく。
この辺りは詳しくないけれど、上る道があるらしい。
相変わらず、ロリーはミミちゃんを、じっと見ている。
少しだけ、ロリーがミミちゃんを見る目が変わっている気がした。
「ミミちゃん、どうしたの?」
ミミちゃんは言葉を忘れてしまったかのように喋らず、洞窟の方へ手を伸ばしていた。
後ろにいるソールに手を伸ばしているのかしら?
今まではそんな事はなかったけれど……
「ねぇ、ミミちゃんはソールに抱っこしてほしいのかな?」
ちょっと寂しいけれど、ソールに渡そうとした。
けれど……
「いや、俺じゃないな」
ソールが横に来て、ミミちゃんの頭をなでる。
けれど、いまだに洞窟の方へ手を伸ばしていた。
あそこに何かあるの?
「メイスが無いから、それかもにゃー」
メイス、かぁ……
忘れ物……取りに行くのは難しいわよね。
「腹の中かもしれないな」
フーさんが呟いた。
なおさら、倒さないと無理ね……
「ごめんね、ミミちゃん。メイスは無理かも……」
心が苦しい。
ミミちゃんがそんなに大切にしていた物はなかったと思う。
いつも、私たちの顔をうかがっていた。
守られるたびに、嬉しそうな顔をして、ほんの少し悲しい顔をする。
なぜだか分からないけれど……
もっと、甘えさせてあげたくなった。
「確か、ソールがミミちゃんを見つけてきたのよね」
外で倒れて、魔物に襲われそうだったって……
渓谷を上り、橋を渡るとテントで一晩眠ることにした。
あまり寝ていなかったせいで疲れていたのか、あっという間に眠ってしまった。
「あれ、俺の剣がないぞ?」
そんな言葉に目を覚ました。
ミミちゃんは静かに横にいた。
眠ったのか、眠っていないのかはわからない。
瞬きもせずにただ一点だけを見つめていた。
胸が締めつけられ、思わず抱きしめる。
涙が滲み、床へ零れ落ちた。
「ああ、忘れたのかと思って持っていったが、お玉で戦ってたから渡しそびれてたな」
「なんでお玉なんだよ! しかもあの大きいのを押し倒したよな!?」
「ああ、それは、ツムギさんの補助と、ミミを想う力が成すところかもな……」
テントの外で、男性陣が大きな声で話していた。
「……おはよう。朝から騒がしいわね」
私がミミちゃんをつれて外へ出ると、三人が、すまん、と申し訳なさそうに頭を下げた。
「おはようございます……」
ツムギさんが重そうな声をしていた。
おはよう、と挨拶をするために振り向くと、猫がツムギさんに抱きつき、足を引きずられながらツムギさんが歩いていた。
にゃーさんだ。
すりすりと頬をツムギさんの体に擦りつけていた。
まるで、行方不明だった子供を抱きしめる母親のようだった。
「にゃーさん、重いですよ……自分で歩いてください」
ツムギさんがにゃーさんをなでるのを、フーさんが羨ましそうに、口に手を当てて見ていた。
いいなぁ、と聞こえそうだったけれど、言葉にはしていない。
「報告はしておきましたので、早く帰りましょう? ミミちゃんも心配ですしね」
回復魔法は効かない。怪我をしているわけではない。
今のミミちゃんの状況は、原因がわからない。
私たちは荷物をまとめ、テントを撤去すると、スィラークへと帰っていった。
襲いかかる魔物は、みんなによって、あっという間に処理されていた。
そして、真っ暗闇になり、ようやくスィラークへ着いた。
「ミミ、またにゃー」
にゃーさん、ツムギさん、フーさんがミミちゃんに手を振ると、一緒に去っていった。
私たちはミミちゃんと一緒に見送った。
「じゃ、俺も帰るか。困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。ミミのことは俺も調べてみるよ」
レイナードさんは歩きながら手を上げて去っていった。
「おい、レイラは何も言わずに行くのか?」
「あぁ、そういうのは苦手なんだ」
ロリーがレイラさんを呼び止めた。
「まぁ、また困ってたら見に行く。ロリーもいつでも来い」
そのまま、レイラさんは姿を消した。
「……俺たちも帰るか」
私たちはソールの家へと帰っていった。
帰って来てから数日が経った。
いまだにミミちゃんは、よくなる兆しが見えない。
大好きなお芋を揚げても、甘辛く煮ても、ピクリとも反応しない。
まるで、魂が抜けてしまったようだった。
お風呂で洗っても、布団で一緒に眠っても、あの洞窟に向けて動いたっきりで、まったく動く気配はない。
ソールもレイナードさんもギルドも書物を漁ってくれている。
にゃーさん、ツムギさん、フーさんはちょこちょこ様子を見に来てくれる。
レイラさんはお店に戻ったのだろうか。
ただ、ミミちゃんがこんな状態だというのに、ロリーはしばらく抜ける、と言い、どこかへ行ってしまった。
まったくもう……
まったくもう!
そのとき、けたたましい鐘の音が鳴った。
カンッ、カンカンッ、とリズムよく鳴る。
これは、見知らぬ魔物が現れた合図だった。
私はミミちゃんを守るために、この家に留まることにした。




