第37話「ミミは怒りに消ゆ」
涙が溢れたはずなのに、出た瞬間に乾いていく。
「お、おい!」
「ちっ! 気づかれた!」
「ミミ、しっかり!」
フーラさんの声。
レイナードさんの焦り。
お姉さんが私を揺する。
どれも聞こえているけれど……
それでも、抑えられない。
「うあぁぁぁっ!」
私の叫びに体が反応し、巨大生物に向かって飛び出した。
いつもより速く。
いつもより力がみなぎる。
――これなら。
メイスを斜めに下げ、巨大生物の脛を狙う。
脛を叩く。
そのはずだったのに……
横から来る尻尾に、左腕が嫌な音を立てる。
世界が回る。
回転しながら岩肌に突っ込んだ。
わたし……
力が抜けていく。
壁に私の痕がつき、そのまま落ちていく。
ゆっくりとした時間。
アネットさんのローブ。
ロリーさんのベルト。
ソールさんの部屋とぬいぐるみ。
みんなの思い出が駆け巡り、私は魔力溜まりへと音を立てて落ちた。
体に染み込んでくるようで……
痛みが無くなる。
なにかが私の中に入ってくるようで。
嫌な感じはしない。
左腕が元に戻った。
なんだか、お母さんに包み込まれているような。
赤い視界が澄み渡っていく。
メイスだけは、先ほどまでの怒りを象徴するように赤く輝いている。
水の中なのに、人の手が見える。
私を救うような手。
一本に背中を押された気がする。
二つの手が私を救いあげた。
「ごほ、ごほっ……」
私が咳き込むと、背中をさすってくれる。
「大丈夫か?」
お姉さんだ。
魔力溜まりの水を吐き出し、気が楽になった。
今、手が三つあったような……
なにかは分からない。
けれど、妙に心が安らいだ。
巨大生物とみんなが戦っている。
にゃー師匠がフーラさんを抱えて逃げ、フーラさんは詠唱している。
レイナードさんが、にゃー師匠を助けるように、大盾で巨大生物の攻撃を防いでいた。
私も……
自分の足で立とうとした。
足がふらつく。
尻餅をついた。
「……あれ?」
まだ力が入らなかった。
「無理をするな」
お姉さんは、そう言ってくれるけれど、今無理をしなきゃ……そんな気がする。
あいつを倒せないにしても……
ううん。
それは、ただのわがままかもしれない。
傷ついたときに、そばに行けるだけの力を残しておかないと。
「はい……」
そのとき、巨大生物の顔がこちらをむいた。
その瞳は、私が余裕で入るほど大きく。
その牙は、触れるだけで引き裂かれてしまいそうなほど鋭い。
顔をそらしそうになるのを我慢し、じっと見据える。
巨大生物が大きな口を開いて鳴いた。
大気が揺れる。
耳鳴りがし、クラクラしそうなほどの声に、両手で耳を塞いだ。
巨大生物の背後が、青白く明滅している。
きっと、何かをしてくる予兆だ。
逃げないと。
足が震えて、まだ力が入らなかった。
「ミミ!」
お姉さんに抱えられたとき、熱を感じた。
巨大生物の口の中が青白く輝く。
そして……
その口から熱線が放たれた。
「させないにゃ! フー、ぶっ放せにゃー!」
人影が割り込む。
にゃー師匠が両手で持つフーラさんから、四色の光線が放たれた。
四色がねじれるように、青白い熱線とぶつかる。
――押し合う。
「早く逃げろ!」
フーラさんの苦悶に満ちた叫びが響く。
私を抱えたお姉さんがその場所から離れた。
また私は……
悔しい。
なんで、私はこんなにも弱いの……
涙が視界を滲ませる。
泣いたって何にもならない。
何度も指で拭い、腕で拭う。
「いいぞ!」
お姉さんの合図に、にゃー師匠が横へ飛ぶ。
徐々に押し負けていた四色の光線が消え、青白い熱線が射線上を焼き焦がした。
岩に青い炎が残っている。
肌を焦がすような熱が、強制的に私の涙を乾かす。
ギロリとした大きな瞳が私を捉える。
やっぱり、私が狙われているの?
怖い。
でも――
よろけながらも立ち上がった。
きっと、私が引きつけるのが一番の選択だ。
「お姉さん、瓦礫を!」
短くなってしまった。
ソールさんたちを捜して、と言いたかったのに。
けれど……
「わかった」
意図を察してくれたように、お姉さんが短い返事とともに瓦礫の方へ駆け出す。
巨大生物が私を追いかけるように、向きを変える。
その足を剣で斬りつけているレイナードさんが吠えた。
「こっちを……向けぇ!」
スィラークでの戦いと同じように、レイナードさんの体から赤いオーラが広がる。
一瞬だけ、巨大生物が気を取られ、レイナードさんを見る。
けれど、興味が無いというように、すぐに私を見据えた。
「死ねにゃー!」
フーラさんを置いたにゃー師匠が、巨大生物目がけて駆けた。
どうやって戦うのかを見なくてはいけない気がする。
巨大生物が尻尾を振る。
「それは見たにゃ!」
にゃー師匠が不敵に笑った。
「――スプラッシュ!」
にゃー師匠の足元から水流が昇る。
跳ね上がったにゃー師匠が、腰にぶら下げていた爪をはめた。
「足場が必要だろ! 後先考えろ!」
レイナードさんが腕を振ると、上空に大きな盾がいくつも配置された。
巨大生物が手で払う。
逆さまになり、上空にある大盾を足場にして、にゃー師匠が蹴った。
巨大生物の手が大盾を砕いていく。
しかし、勢いをつけたにゃー師匠が両手を突き出し、回転しながら巨大生物に肉薄する。
「これが、にゃーの……本気にゃー!」
腕で払われるよりも早く。
高速で回転するにゃー師匠が、巨大生物の喉元へ突き刺さった。
そのまま、勢いに押されて、巨大生物が上体をそらす。
地面へ叩きつけたとき、勢いが止まった。
フーラさんや、レイナードさんと連携して……
仲間を信頼して、信頼されて……
初めて、最大限に力を発揮できるのかな。
レイナードさんが全ての敵を引きつけて、フーラさんが焼いたように。
確か、オークのときもそんな感じだった。
なにか、つかめた気がするけれど……
あれ?
なにか、地面に違和感があった。
「やったかにゃ?」
にゃー師匠が覗き込む。
お腹から何かが伸びて……
突然、景色が逆さまになった。
足を触手のようなものに掴まれている。
そんなの、予想外すぎる。
赤いメイスを握りしめ、触手に叩きつける。
壁に何度も叩きつけられ、意識が薄くなっていく。
それでも……
諦めたくない。
ソールさんたちを見つけて……
一緒に帰りたい。
赤いメイスを離さず、力が無くなりながらも、叩き続ける。
もう、何も考えられない……
「ミミ!」
にゃー師匠の叫びとともに、壁が壊れる音がした。
暗いよ……
前が見えない……
私は……
腹にある口の中へと、引きずり込まれていった。
赤い光が白く変わる。
そこで、意識が闇の中に溶けていった。




