第36話「ミミは怒りに燃ゆ」
妖精さんに顔を近づけると、にやりと笑った。
「早く言えにゃ」
早く促すように、にゃー師匠が握る力を強めたり弱めたりする。
「いたい、痛いって! 解放してよ!」
「そ、そうだ。そうだ!」
妖精さんが目を痛そうに閉じながら叫んだ。
「わかったにゃ。だから言えにゃ」
妖精さんが、にやりと笑って指さす。
言われた通りに罠を壊しながら進む。
口元だけ笑う妖精さんの笑みが、頭から離れなかった。
大丈夫……だよね?
ソールさん。
ロリーさん。
アネットさん。
ツムギさん。
徐々に駆け足になっていく。
格子状の通路を、にゃー師匠を先頭にあちこちを曲がる。
もうどこを曲がったのか分からない。
「いつ着くにゃ?」
そのとき、カチッと何かがはまった音が聞こえた。
「決められたルートを通るのか?」
「これは知らないと無理だろ」
お姉さんとフーラさんが何かを考えている。
低音が響く。
私はここに来たときのことを思い出した。
低い唸りを上げる魔法陣。
それが今、目の前にある。
「行くにゃ!」
通路の中央にある魔法陣へと飛び込んだ。
暗い洞窟に出口から光が差し込む。
フーラさんがくると、洞窟が明るくなった。
「そこから出て、近くの洞窟に入るのよぉ」
「もういいだろ? 早く解放しろ!」
妖精さんたちが声を上げ、にゃー師匠の手を叩いて抜けようとする。
「まだダメにゃ。もし、嘘だったら……知り合いの変猫に食べさせるにゃ」
にゃー師匠が妖精たちを食べるふりをすると、妖精さんの動きが止まった。
「……ひぇ」
よく見ると小刻みに震えている。
信用するには、私もあの笑みが気になって、信用しきれなかった。
にゃー師匠も同じことを気にしていて、ほっとした。
守られているだけだったら、ただ言われたことを信用していたはずだけど……
メイスで叩くようになって、少し考え方が変わったかもしれない。
良いのか、悪いのかはわからない。
けれど……
今は。
洞窟から出る。
一瞬視界が白くなったあと、川が目に飛び込んできた。
「渓谷の下の方か」
レイナードさんが上を見上げている。
川の幅は広く、光が反射してキラキラと輝いていた。
「早く来るにゃー」
私たちはにゃー師匠を追って、駆け足で別の洞窟へと呑まれていった。
また低い音が聞こえる。
奥には魔法陣が唸りを上げていた。
「ここよ。ここに入ると、さっきの下に行けるわよ」
全員の目つきが鋭くなる。
戦う人の目だ。
魔物のようにぎらついている。
私はメイスを握る。
ソールさんたちには守られてばかりだった。
だけど、今は――
息を呑みこみ、私は震える足を魔法陣へと踏み出した。
入ってからも低い音が鳴り響いている。
なんだろう……
どこか懐かしいような感覚。
初めてのはずなのに。
「甘ったるい匂いが凄いにゃ!」
私が胸に手を当てていると、にゃー師匠が鼻を鳴らした。
「甘ったるいか?」
お姉さんも鼻を鳴らす。
私もクンクンと嗅いでみたけれど、ひんやりとした空気しか分からなかった。
「これは、魔力溜まりだな。どこかから地上にも漏れてるんじゃないか?」
「ああ、だから、ここに近づくにつれて、魔物が大きくなってたのか」
フーラさんが近くに流れている川のようなものを調べ、レイナードさんが頷く。
私には難しくて分からない。
でも、みんなは真剣に話している。
私も分かるようになりたい。
そこそこ戦えるようになったと思う。
けれど……
知識は全然なんだ。
唇を噛みしめると、血の味が口に広がった。
川のようなものを辿っていく。
にゃー師匠の耳がピクリと動いた。
手で止められる。
こちらを見るにゃー師匠は、指を口の前に立てていた。
私は口を手で押さえる。
通路を慎重に歩いていくと、みんなが目を見開いて驚いている。
私もそっと覗く。
岩のようなものが動いている。
よく見れば足がついていた。
視線を上に動かしていくと、手が見える。
首が痛くなるほど見上げると、頭を振って息を鳴らしていた。
視界の端に捉えた。
視線をずらしていく。
そこには、巨大な物体が壁に突き刺さり、動いていなかった。
なにかと戦ったのかな……
怖くなり、足が震えた。
声が漏れ出そうになる口を必死に押さえ、後ろに下がる。
レイナードさんの合図で魔法陣近くまで戻った。
ようやく息ができて、みんな呼吸を荒くしている。
「お前ら、騙したにゃ?」
にゃー師匠が妖精をにらむ。
「騙してないわよ」
「嫌なら帰ればいいだろ!」
魔法陣は一定の音を鳴らし続けている。
でも、まだ確認していないのに帰るわけには。
「あれは、倒せると思うか?」
「無理にゃ」
レイナードさんの問いに、にゃー師匠が即答した。
「あれって、ドラゴンだろ? 腹にも口がついていたけど」
有名なのかな。
私って、本当に何も知らなかったんだなぁ。
悔しさに、メイスを握りしめた。
「ドラゴン……大きさだけなら可能性はあるが、腹に口があるドラゴンは知らないしな」
「他の魔物が大きくなったのではないか?」
淡々と話すお姉さんに、みんなが頷いた。
「なら、倒せる……のか?」
フーラさんが首を傾げている。
みんなが行かなくても、私は行きたい……
握りしめたメイスが、私に応えるようにうっすらと輝いた。
「なら俺が耐えているから、その間に急いで捜索してくれ」
全員が頷く。
「お前らは行っていいにゃ」
「やったわ!」
「やった、やったー」
解放された妖精が元気よく飛び回り、魔法陣へと飛んでいく。
「あの水は特別だから気をつけなさいよ!」
「特に……そこの甘い女の子はさ!」
それって……
私?
「気をつけるって……」
聞こうとしたときには、すでにいなくなっていた。
「あの水に入らないように気をつけるとして……行くぞ?」
レイナードさんの合図で私たちは巨大生物の元へと向かった。
広場の入り口に、先ほどはなかった紙を見つけた。
「ミミにゃ……?」
ミミとびっしり書いてある。
「これは、ロリコンの字か?」
え……
心臓が跳ねた。
見つからないように、そっと広場を覗いてみる。
左の方で、天井が崩落していた。
体が震える。
潰れたぬいぐるみのようなものが、転がっていた。
アネットさん……?
落ちて?
巨大な物体と戦った?
それともアレと?
色々な考えが頭の中を駆け巡る。
そのどれもが最悪な考えだった。
視界が白く染まっていく。
そのとき――赤く燃えるものが、思考の陰にチラついた。
体が軋む。
心臓が焼けるようだった。




