第35話「ミミと謎の声。にゃー師匠を添えて」
魔法陣へ足を踏み入れた瞬間、景色が切り替わる。
そこは、神聖な空気で満ち、殺風景な部屋だった。
「ここからは戻れないようだな」
薄い魔法陣が描かれているだけ……
ここから戻れなくて、困っているのかな。
拳を握りしめて前を向いたとき、にゃー師匠が声を上げた。
「なんだか……臭うにゃ」
「お、俺はしてないぞ!?」
通路へ出て行くにゃー師匠が鼻をつまみ、フーラさんは自分のお尻を押さえる。
「フーは、なにを言ってるにゃ?」
首を傾げるにゃー師匠が、グローブをはめながら進む。
私も通路へ出ると、左右も前の方も、尻尾のようなものが見え隠れしていた。
「おい、むやみに歩くな!」
「そこにゃー!」
レイナードさんが止めたときには、殴りかかる寸前だった。
尻尾を狙って飛び出すのかと思ったけれど、壁を殴る。
鈍い音とともに、壁が崩れ落ちた。
なにかの袋を、にゃー師匠が持っている。
「それは?」
「原因の臭いにゃ!」
レイラお姉さんの疑問に、にゃー師匠が声を上げた。
その瞬間……
周囲から不気味な叫びが響く。
「お、おい! また、にゃーがやらかしたのか!?」
あちこちで揺れていた尻尾が引っ込む。
代わりに、下半身が蛇の人が現れ、こちらへ迫ってきた。
正面だけではない。
通路の右からも。
左からも来る。
「部屋に戻れ!」
レイナードさんの叫びに、私たちは急いで部屋へと入った。
部屋の外では、群がる蛇人を相手に、レイナードさんと、にゃー師匠が戦っている。
「それ、多分ゴーレムだな。一つある目が核だ!」
フーラさんの叫びに、二人が目を狙い始めた。
「なんだか、美味しそうな匂いがするわねぇ?」
「そうそう、魔物が好きそうな匂い」
え……?
突然聞こえた男女の声に、鼓動が速くなる。
キョロキョロと周囲を見ても、誰もいない。
レイラお姉さんと、フーラさんと目が合った。
「どうした?」
二人とも首を傾げて、私の顔を覗き込む。
絶対に違う。
二人ではない。
確かに、男女の声が聞こえたような……
「あははっ! こっちだよ!」
再び声が聞こえ、右の壁から人の顔が浮かび上がった。
女の人……?
メイスを握りしめる。
「こっち、こっち!」
反対側からは男の人が浮き上がった。
私は地面を蹴った。
一息に肉薄する。
男の顔を、メイスで思いっきり叩く。
壁が削れる音がして、手がしびれた。
ただの硬い感触に、手を振る。
「残念、ただの壁でした」
「あははっ。あなたも面白いわね!」
馬鹿にして……
ん……
あなた……も?
「ミミ……?」
レイラお姉さんが、優しく私の肩に手を置く。
「おい、何かいたのか?」
飛び跳ねたフーラさんが着地すると、私に駆け寄った。
聞こえてないの……?
「すみません。今、変な声が聞こえて……」
レイラお姉さんと、フーラさんが周囲を警戒する。
「ねぇ、あなたもって、前に誰かと話したの?」
胸が締めつけられて、苦しい。
ソールさんたちかもしれない。
やっと見つけたかもしれない手がかり。
それを手放したくなくて、聞いてみた。
「鉄鍋とお玉を持っていた人に遊んでもらったのよ。アレは楽しかったわね」
「ね~」
鉄鍋とお玉……
違うのかな。
「そう……なんだ。その人はどうなったの?」
「今頃はきっと……」
沈黙が訪れた。
きっと……の先は、なんだろう?
息を呑み、次の言葉を待った。
「そうそう。お楽しみ会をしてぇ」
お楽しみ会?
「ぺしゃんこかしらねぇ。あははっ!」
心臓が跳ね上がった。
そんな危険な場所にみんなが……
「わぁ、良い顔するわね!」
「うん、するね!」
ヒュンっと、風の音がした。
同時に、「ぐげっ」と、苦しげな声が聞こえる。
「捕まえたにゃー!」
ゴーレムを倒した二人が部屋の中に入って来ていた。
にゃー師匠の手の中で、小さな何かが蠢いている。
「離しなさいよ、馬鹿猫!」
「そうだ、そうだ!」
「なんにゃと!」
にゃー師匠が握る手を強めた。
「まって、待って……苦しっ!」
緩めると、息を大きく吐き出す音がする。
にゃー師匠が握る手の中には、羽を生やした生き物が二匹いた。
「なんだそれ。妖精か?」
「ミミが変だったのは、これのせいか?」
フーラさんと、レイラお姉さんが妖精を覗きこむ。
耳元で囁いていたってこと?
「それで、ミミに何をしてたにゃ?」
「お話。そう、お話をしてたのよ!」
「そう、そう。ただ遊んでもらってただけ」
全員の視線が向けられ、私は頷いて答えた。
「はい。鉄鍋とお玉を持った人がどうとか……」
「何だそれ?」
「料理人が、なぜ?」
フーラさんと、お姉さんが同時に首を傾げた。
「それで、どこに行ったんだ?」
妖精が腕を出し、指さした。
「あっちよ」
右へ曲がり、罠と思わしきものを、にゃー師匠が全て破壊して進む。
「パワープレイ過ぎだろ!」
にゃー師匠の目は力強く、少し焦っているようにも見えた。
先に進むと、部屋の入口が見えた。
「ここにゃ?」
「そこで暫くお楽しみしてから出てきて……」
お楽しみ?
「こっちに、血がついた矢が落ちてるな。ここで罠にかかったと……」
「すぐに治したみたいだな」
血はその場所にしかなかった。
その後も言われた通りに進み、部屋を左に曲がる。
そして……
さっき言っていた、ぺしゃんこって……これ…………
崩れた場所を見た瞬間、胸が苦しくなり、手で押さえた。
呼吸が浅くなる。
背中をさすられるけど、目の焦点が合わない。
「死ねにゃー!」
壁を吹き飛ばす音が聞こえる。
土煙が立ち込め、姿を現していく。
その先は……
巨大な穴が開いていた。
見た瞬間、力が抜けた。
「ミミ、しっかりしろ」
私はお姉さんに抱えられていた。
「これは、下りられそうにないな……」
レイナードさんが、大穴を覗き込む。
「ツムギ……」
にゃー師匠が呟いた。
「この下に行きたいなら、方法はあるわよ?」
「その代わり……わかるよね?」
「なんにゃ!?」
握る力を強めた、にゃー師匠が叫んだ。
「いたい、痛いっ。しぬ、死んじゃう!」
下を見に行く……
私も妖精さんに顔を近づけた。




