第33話「ミミとレイナード」
私を抱えたレイナードさんが、鳥と話しているメガネさんへと近づいていく。
「連絡があったのか? クライス」
「誰にゃ? それはメガネにゃ」
首を傾げるにゃー師匠が指差すと、メガネさんの鋭い目がこちらへ向けられた。
「うまいみゃ。貢物はうまいみゃ!」
メガネさんがクライスさん?
え……
鳥?
貢物?
「えぇ。ソールさんたちが本格的にダンジョンへ潜るみたいですよ」
心臓が跳ねた。
ソールさん、ロリーさん、アネットさん、ツムギさん……
どうか、ご無事で……
私は胸を押さえ、ソールさんたちのことを想った。
「そうか、何事もなければいいな」
次は受付猫さんへ近づき、レイナードさんがその頭をなでる。
「お前は仕事しろよ?」
「食べてるみゃ」
「食べるのは仕事じゃねぇだろ!?」
我慢できないというように、フーラさんが跳ねながら叫んだ。
「いつになったら、お前はまともな給料をもらえるようになるんだよ……」
呟くレイナードさんがギルドを出て行く。
そのときに見たギルド内の人はみんな、受付猫さんを気遣うような優しい目をしていた。
外へ出ると、声をかけられた。
「ミミ、そろそろ歩けるか?」
「は、はい」
温かな腕の中が名残惜しいけれど、地面に下ろされた。
まだ少し、足がガクガクする。
大きな背中が去っていく……
伸ばそうとする手を我慢して下ろした。
「どこに行くにゃ?」
「店に頼みに行かないとな」
お店?
「焼肉にゃ!?」
瞳を輝かせるにゃー師匠を見たレイナードさんがため息をついた。
「来るなよ? 来ても食べられないからな?」
「わかったにゃー」
元気よく、にゃー師匠が返事をする。
「フー頼むぞ?」
ふいに、フーラさんに振る。
目をそらしたフーラさんは最後に、「あ、ああ。わかった……」と小声でつけ足した。
頭をかきながらレイナードさんが去っていった。
「よし……」
キラキラした目をしたにゃー師匠が動き出す。
「ついて行くのか?」
お姉さんがにゃー師匠を見つめる。
「行くにゃ! ミミ」
「はい」
私も足音を立てないように、にゃー師匠について行くと、二人も追ってきた。
「にゃー、止めておけよ?」
「たまたま行く先が同じだけにゃ」
フーラさんがため息をつく。
もう、にゃー師匠の行動には諦め気味なのかな?
レイナードさんは色々なお店を回っていた。
ちらりとこちらを見るレイナードさんと目が合った。
なんだか、悪いことをしている気分になり、思わず目をそらす。
声が聞こえないほど距離があるのに……
レイナードさんは街の人たちにも話しかけていた。
屋根を修理している人にも。
一通り回ると、家の中へと消えていった。
「ここが先輩の家にゃ?」
大きな家。
豪邸?
ソールさんの家が三つくらい入りそう。
にゃー師匠のお腹の音とともに、私たちは家へと帰った。
翌日、木人君の元で訓練をしたあと、私はお店の一つへ来ていた。
「今日は食べるにゃー!」
にゃー師匠の声に、お店の中にいる人たちから歓声が上がった。
思わず耳を塞ぎ、しゃがみこむ。
ギルドの人や、街の人で満席。
きっと他のお店も。
「ミミ、一通り楽しんだら俺のところに来い」
それだけ言うと、レイナードさんは席へついた。
私は、にゃー師匠たちの元へと向かった。
網目の上で火に炙られ、ジュゥジュゥと音が響く。
白い煙が立ち上り、上空にある球体へと吸われている。
「ミミもしっかり食べろ」
焼かれたお肉が乗った小皿を、お姉さんが渡してくれた。
食べた瞬間に頬が緩む。
「美味しい!」
「お、おい。俺の肉!」
「早いもの勝ちにゃ!」
「それは、まだ生じゃないか?」
フーラさんがお肉を網に乗せるたびに、にゃー師匠がそれを口に運んでいた。
ソールさんたちとも一緒に食べたかったなぁ。
胸がチクリと痛んだ。
「少し席を外しますね」
お腹いっぱいになった私は立ち上がった。
「どこに行く?」
「後で来るようにレイナードさんに言われたので」
お姉さんに返事をすると、私はレイナードさんの元へと向かった。
「お、来たか」
「はい」
レイナードさんが微笑む。
「今からミミは周回して、座ってる人がしてほしいことをしてくるんだ」
私は首を傾げていた。
してほしいことって、何だろう?
「例えばあそこ」
レイナードさんが指さす方を見ると、空のコップを振っている人がいた。
「あれは、飲み物を飲もうとしたらなかったってことだ。そういうやつには飲み物を注ぐ」
なるほど……
「酒を飲みすぎだと思ったやつには水を注いでやれ」
「はい、わかりました!」
「くれぐれも、ぶつからずにな!」
周囲を見ながら歩いていると、前傾姿勢になり、手をテーブルにつけている人がいた。
私はその人から離れて待つと、そのまま立ち上がり、ふらふらと歩いていった。
コップを持つ人には飲み物を注ぎ、ぐでんぐでんの人には、お水を注ぐ。
「手伝ってくれて助かるわ」
お店の人が頭をなでてくれたり。
空のお皿を下げて、お肉が乗ったお皿と交換したり。
結構体力と集中力が削られていく。
レイナードさんの言いたいことが、なんとなくだけどわかった気がする。
立ち上がる人々を避ける。
座っている人の視線や動作の一つ一つが、考えや次の行動を決めている。
全力でそれらに応えていく。
やがて、宴が終わり、みんなが夜道を歩いていく。
「お疲れ。どうだった?」
「はい。どんな小さなことでも、何かしら予備動作があるのだと……」
声が小さくなっていく。
これが正解なのかは分からない。
だけど……
私の頭に、大きな手が置かれて撫でられた。
「自信を持て」
優しい声が頭の中に直接響くようで、心がふわっと軽くなった。
「はい!」
「ミミー、帰るにゃー」
「おい、酒飲んでないのに、何でフラフラしてるんだよ!」
顔を赤らめてふらふらと歩くにゃー師匠を、フーラさんが支えようとしている。
「抱っこといい、その手といい……こいつもロリコンか?」
顔が赤いお姉さんが小さく呟いた。
「は?」
レイナードさんが目を丸くして手を離す。
あ……
私は心地よさの残る頭を、手で押さえた。
また、ソールさんにも撫でてもらいたい。
また、アネットさんに抱っこしてもらいたい。
また、ロリーさんと視線の鬼ごっこをしたい。
そう思いながら、暗い道をみんなと歩いて帰った。
また手が増えて、私を水面へと押し上げてくれている。
私は手をかき、足をばたつかせた。力を振り絞り、水面へと上がっていく。
もうすぐ。
もうすぐで……
それから二日後。
メガネさんに話を聞いたとき、心臓が跳ね……
心が押しつぶされそうになった。




