第29話「ミミは、まだまだ強くなりたい」
「ほら、お前ら行くぞ!」
そう言ったのは、少しソールさんに雰囲気が似ている男の人。
その人は大盾を持ち、私たちに声をかけると、にゃー師匠の背筋と尻尾が伸びた。
「は、はいにゃ! 先輩、よろしくにゃ」
「ミミも早く行くぞ!」
にゃー師匠とフーラさんがテキパキと動いている。
というより、動きが少し硬くなってる?
私もお姉さんに手を引かれて走っていくと、にゃー師匠がなにかに気づいて離れていく。
「そっちは任せたにゃー」
「お、おい!」
レイナードさんが立ち止まり、にゃー師匠に手を伸ばした。
「アイツがいたから、お縄にするにゃー!」
にゃー師匠の姿が、あっという間に見えなくなり、
「……ちっ」
レイナードさんの舌打ちに、思わず背筋が伸びる。
「まあいい。行くぞ!」
「はい!」
いつもにゃー師匠に助けられていたけれど、大丈夫かな……
私は不安に押しつぶされそうになりながらも、懸命に足を動かした。
私たちが門に辿り着くと、すでに戦っている人がいた。
門を守ってくれている人だ。
狼に噛まれそうな門番さんを、レイナードさんが庇う。
大盾で受け止め、跳ね上げた。
そのまま剣を抜き放つ。
体から赤い靄が立ち込め、落ちてくる狼を真っ二つにした。
私は、目が釘づけになっていた。
でも……
魔物の低く唸る声にはっと我に返り、辺りを見る。
そこには、森で戦ったゴブリン先輩や狼、あの大きい猪まで集まっていた。
息を呑む。
あまりの多さに、手足が震える。
それでも、目をそらさずに前へ一歩進む。
レイナードさんが正面にいるから、私は左を……
にゃー師匠はいないけれど、お姉さんがいる。
レイナードさんもいる。
きっと、フーラさんがまとめて倒してくれる。
メイスを握りしめ、もう一人の門番さんが戦っているところへ駆けた。
「死ねにゃぁぁぁっ!」
気合を込め、殺意を込めた、全身全霊の一撃がゴブリンの頭を吹き飛ばした。
門番さんは、頭が吹き飛んだゴブリンと私を交互に何度も見る。
「紅の、裁きの焔天を焼き……」
「おい、炎魔法は止めろよ?」
ちらりとフーラさんを見ると、肩を落としながら地面へ着地するところだった。
「…………」
フーラさんが何かをぶつぶつと呟いている。
「眠れる大地、天を突き抜け障壁よ、不動の心そびえ立て……」
聞き取れた、その詠唱を最後に……声が聞こえなくなっていった。
レイナードさんは猪を軽々と受け止め、周囲から襲いかかる狼を斬り伏せ、ゴブリンを蹴り飛ばす。
私も負けじと、動きの速い狼を門番さんと一緒に弾き返す。それにお姉さんがとどめを刺していた。
狼が私と門番さんを囲む。
じりじりと近づきながら様子を見ている。
お姉さんが一匹の喉をかき斬ったとき、一斉に私へ飛びかかってきた。
息を吸って止める。
「こんのぉぉっ!」
メイスを握りしめ、叫び声と同時に飛び上がりながら振りぬいた。
狼の一匹を打ち上げ……
空中で体勢を変え、狼を蹴り飛ばす。
メイスを振り、もう一頭を叩き落とした。
横から来る狼を、門番さんが刺し貫き……
別の方からくる狼を、お姉さんが落ちてきて首へ短剣を刺すと、そのまま地面へと押しつぶす。
にゃー師匠ならここからもう一回くらい……
体を捻り、体勢を変える。
けれど、腕に鋭い痛みが走った。
体ごと持っていかれる。
狼が顔を振るたびに、腕が千切れそうだ。
顔を歪める私に、別の狼がのしかかろうと飛び込んでくる。
剣が狼の胴を貫き飛んでいく。
私に噛みついている狼の頭が胴から離れる。
狼から血が噴きあがり、私の全身が鮮血に染まる。
「ミミ、すまない。守るから、その腕を治療して」
震えるお姉さんの声……
門番さんが心配そうな顔をしている。
「は、はい……」
痛みを堪え、狼の顔を腕から外す。
左腕が動かなかった。
震えている場合じゃない。
すぐに右手で傷口へ触れる。
温かな光が心地よさを生み、波が引くように痛みが消えていった。
傷口も塞がっていく。
あの剣って……
レイナードさんを見ると、大盾一つで魔物たちと渡り合っていた。
やっぱり、こっちを気にしながら戦っていたんだ……
悔しい……
歯を食いしばり、メイスを握ると、立ち上がって構えた。
そのとき、魔物たちの視線が私から外れた。
視線の先にはレイナードさんがいる。
赤い。
レイナードさんの全身が深紅に染まり、オーラが天に広がる。
そして、戦場全体へと広がった。
魔物たちがレイナードさんに向かって一直線に走っていく。
「おい、みんな下がれ!」
レイナードさんの叫びに、私たちは門のそばまで下がる。
地響きがする。
岩壁がせり上がって塞がれ、景色が見えなくなった。
魔法の大盾を設置したレイナードさんが、魔物たちから離れるように飛び退いた。
直後、炎が噴きあがった。
「あいつ、炎は止めろと……熱いんだよ!」
全敵の足元から炎の柱が噴きあがった。
肌が焼けるような熱気に、息が詰まり、薄目を開ける。
お姉さんが庇うように抱いてくれる。
その匂いが熱気に混ざり、私の鼻をかすめて肺へと入ってくる。
体の中も熱くなってくるけど、その凄まじい光景からは目が離せなかった。
あんなにいた魔物たちが炎の中で灰へと変わる。
「気持ちいい~」
そんな楽しそうな声とともに、フーラさんが落ちてくる。
地面にぶつかる。
そう思ったとき、フーラさんの足元から風が巻き起こった。
熱気を吹き飛ばすような冷たい風が肌をなで、息をするのを思い出した。
冷ややかな空気を大きく吸い、吐き出す。
それだけのことなのに、生きた心地がする。
ふわりとフーラさんが着地した。
「炎は止めろと言ったよな?」
低い声が響く。
「い、いや……燃え広がらないようにしたし……」
フーラさんの声が小さくなっていき、最後には口だけ動かしていた。
「はぁ……。それで、全部やったのか?」
ため息をつくレイナードさんに、フーラさんは口をとがらせながら頷いた。
「とりあえず、ここは終わりだな。一旦戻るぞ」
「はい!」
にゃー師匠はどこへ行ったのだろう?
私はまだ守られてばかりで……
今も、レイナードさんがいなかったら危なかった。
唇を噛みしめ、拳を握り、涙が頬を伝う。
お姉さんに優しく背中をさすられながら、震えが止まらない体を動かし続けた。




