第19話「ミミは不意打ち出来ない」
メガネさんが出てきて、にゃー師匠と受付の猫さんに話しかけている。
よし。メガネさんが話している間に近づこう。
そっと獲物を狙うように歩み寄る。
「働かないなら、その分を給料から引いても良いのですよ?」
「そんなことをされたら、給料がなくなるみゃ……」
「そんなにサボってるのかよ!」
よし。カウンターの前まで来れた。
でも、乗り越えたら見つかっちゃうだろうし……
回り込めば大丈夫かな?
カウンターに隠れながら、メガネさんが向いている方向とは逆へ移動する。
「働かないと食べられにゃいのは、何処も一緒にゃ。諦めるにゃ」
「そうなのかみゃ? だとしたら、メガネは天使かみゃ?」
よし。気づいていないみたい。
今なら……
カウンター内に入り、メガネさんへ向かって飛んだ。
捕まえて修行を達成……と思ったのだけど。
あれ……?
私はメガネさんの手に捕まった。
その手が私の脇を支え、持ち上げられていた。
「カウンター内には入らないでくださいね」
そのままカウンターの外へと運ばれる。
「は、はい。ごめんなさい」
「謝れて偉いですね」
床に降ろされて頭を撫でてくれた。
優しくも穏やかな表情をしている。
安らぎを覚え、私は顔を綻ばせた。
「ロリコンみゃ」
「ロリコンにゃ」
同時に発せられた言葉に、メガネだけが赤く染まった。
「あ?」
メガネさんの低い声が頭の中に響くようで、私は一歩下がった。
その様子が、人外のように見えて体が震える。
体の奥から来るガタガタとした震えがおさまらない。
「やばいミャ!」
「逃げるにゃ!」
二人が同時に飛び出す。
「みゃーだけは逃がしませんよ!」
あっという間に受付の猫さんが捕まった。
「みゃーはみゃーみゃ。違うみゃ!」
メガネさんに捕まっている受付の猫さんは、首を振ってこっちの方を指さしている。
「ミミ、早く逃げるみゃ!」
にゃー師匠(?)に手を握られて、外へと向かう。
「みゃー!」
メガネさんの怒声に、にゃー師匠(?)が飛び跳ねた。
「みゃ!? 空蝉がばれたみゃ!?」
いつの間にかメガネさんのところに、にゃー師匠(?)が捕まっていた。
「な、なんみゃ!? 今、腕が伸びなかったかみゃ!?」
「ひどい目にあったにゃ……。変な語尾になったにゃ……」
隣にはにゃー師匠がいつの間にか立っていた。
おでこが赤くなっているのを見て、私はにゃー師匠の服を引っ張り屈ませた。
赤くなっているところへ優しく触れる。
痛みが無くなるように祈りながら、魔力を送り込んだ。
「うにゃぁ……。気持ち良いにゃぁ……」
目を細めたにゃー師匠は、喉をゴロゴロと鳴らしている。
「頑張ったな。あのメガネは相手が悪かった」
お姉さんの手が、私の頬を撫でる。
少しくすぐったい。
「じゃ、帰るか」
フーラさんの合図で、私たちはギルドを出て行く。
受付の猫さんは傷を負ってないと良いなぁ、と願いつつ、師匠たちを追っていく。
足音を立てずに歩く。
それが徐々に自然にできるようになり、歩きも早くなっている気がした。
少しだけだけど、前に進んでいるのを感じ、頬が緩む。
夕日が沈むなか、家へと帰っていった。
そして数日が経過し、いつもの森で、いつものゴブリンを発見した。
まだ遠く、こちらには気づいていない。
師匠たち全員の顔を見てお互いに頷くと、ゴブリンへ向けて歩き始めた。
慎重に……地面から足を離すように歩く。
落ちている小枝や葉っぱ、石ころを避けて進む。
常にゴブリンの背後を取りながら、一歩、また一歩と近づいていく。
あと少しというところで、ゴブリンが顔を上げて鼻を鳴らした。
そして、ゴブリンと目が合った。
「死ねにゃぁぁ!」
慌ててメイスを振り上げる。
狙いが顎からずれて、ゴブリンのこん棒を振り上げる肘を跳ね上げた。
こん棒が宙に舞い、私も重いメイスの勢いに、体が宙へと浮き上がる。
そのまま回転し、メイスを振り下ろす。
「死ねえぇぇ!」
ゴブリンの頭を砕き、飛び散る緑色の血がメイスに吸収された。
「ミミ。よくやったにゃ。見つかったけどにゃ」
「私は逃げる術を教えたかっただけなんだが……
それに死ね、とか物騒じゃない?」
「そ、そうですか? すみません」
「気合に殺気もこもるから、問題ないにゃ」
「いや、教育上、よくないというか……アイツに怒られそうだな」
「それより、ゴブリンはミミの匂いに反応してなかったか?」
そんなに臭いのかな?
くんくんと自分の匂いを嗅いでみても、よく分からなかった。
「ミミは甘いからにゃー」
「は?」
お姉さんの低い声に、にゃー師匠は目を丸くした。
「そういえば、耳を舐められたことが……」
「お前は何をして!」
相変わらずの無表情で、にゃー師匠へ詰め寄る。
「耳か。魔力のせいなのか? でも、魔力は味がするのか?」
「舐めてみればわかるにゃ」
にゃー師匠が私をじっと見つめた。
私は耳を手で隠しながら後ずさりする。
「ぃゃぁ……」
呟いた声は恐ろしく力が入っていなかった。
にゃー師匠の顔が近づいてくる。
その口に、フーラさんの指が入れられた。
「……しょっぱいにゃ」
「まったく、何をしようとしてんだ! 嫌がってるだろうが!」
「ごめんにゃ……フーはあまり美味しくなかったにゃ」
フーラさんの動きが止まった。
「何をやってるんだ……」
お姉さんが、にゃー師匠から隠すように私を抱いた。
とても温かくて、お母さんみたいな……
あれ、お母さん……
私のお母さんって?
頭の中に靄がかかり、家族のことを思い出せなかった。
ソールさんたちと一緒に暮らしていたときは思い出せるのに。
「じゃあ、次は姿を消すよ」
お姉さんの声に、思考の渦から引き戻された。
「は、はい!」
消す?




